コヤクニーン改めセッカチー
俺はパーティメンバーのミミーとアイシュー、そして行きがかり上、なんとなく付いてきたホニーと一緒に、コッキョーノ山脈の東側上空を飛翔している。もちろん、娘さん達の体には触れていない。ココ、とても重要。
俺はユニークスキル『広域索敵』で西側にある国境付近を眺めてみたところ…… 悪い予感が当たったようで、クローニン侯爵軍と思われる一団が、国境付近の峠の辺りに集結している。ただ、目立った動きはないようなので、おそらくヒトスジー伯爵軍の出方をうかがっているといったところだろう。
まだ時間的に余裕があるようだ。ならば先に用事を済まそう。
俺はユニークスキル『広域索敵』と『人物鑑定』を使いながら、眼下に広がる森林を眺めていた時、一人の男を見つけたのだ。
「アイツ…… なんでこんなところにいやがるんだ」
俺のつぶやきに反応したアイシューが口を開く。
「どうしたの? 何か見つけたの?」
「いや、ちょっとな」
俺が見つけたのは、ミズーノの街でアイシューをさらおうとしていた男。名前はコヤクニーン。ナカノ国の特殊工作部隊の隊長だ。
アイツめ…… ミズーノで見逃してやった恩を忘れて、今度はヒトスジー領で悪事をはたらくつもりか?
うーむ…… これはお仕置きが必要だな。ここで情けをかけたら、また同じことをするだろう。
「おい、みんな。一度ここで下に降りよう。俺はちょっと用事を済ませてくるから、みんなはここで待機しておいてくれ」
「チョット、カイセイ! アンタ、私達を置いて行くつもり?」
ホニーは不満そうだ。別に置いていくつもりじゃないんだけど……
「まあまあ、ホニー。カイセイさんの顔見て? ちょっと悪い顔してるでしょ? あれは何か黒いことを考えてるのよ。きっとミミーちゃんに見せたくないようなことでもするつもりなんだと思うわ」
ドキっ! 図星だよアイシュー。
「ま、まあそんな黒いことをなんて考えてないけど、やっぱり情操教育はとても大切だからな」
「オウっ! オニーサンは時々ムズカシイこと言うけど、オレっち、ここで待ってるゾ!」
「じゃあ、そういうことで。後で迎えに来るからな!」
俺はそう言うと、一路コヤクニーンの元へと飛翔した。
♢♢♢♢♢♢
「こ、これは! いんちき魔導士様!!!」
突然空から現れた俺を見て驚くコヤクニーン。そう言えば、『いんちき』の意味を説明しそびれたんだったな。まあいいや。
「おい、なんでお前がここにいるんだ? というより、なんで国境線を超えて、ヒガシノ国のヒトスジー伯爵領に向かってるんだ? また悪さするつもりなんじゃねえだろうな? テメー、ホントいい加減にしないと——」
「ひ、ひえぇぇぇ! ち、違います、先日受けた恩を忘れてなんていませんよ! 話を聞いて下さい!」
「本当だろうな? 前回のミズーノの街に引き続き、今度はヒトスジー領で良からぬことを企んでるなら、流石に許すわけにはいかないぞ」
俺の言葉を聞くや否や、コヤクニーンは——
「すんません!!!」
そう言いながら、右膝と左の拳を地面につけ、右の手のひらで左の胸の辺りを押さえた。これは騎士が行う最上級の敬礼みたいなものだと記憶しているのだが…… ひょっとすると、これは日本で言うところの土下座に近い意味合いで使ってるのか? つまり、めいっぱい謝っているということでいいのかな?
「おい、どういうつもりだ? なんか理由があるんなら聞いてやるから、とりあえず、その騎士の礼はやめてくれよ。落ち着かないんだ」
コヤクニーンは立ち上がり、緊張の面持ちで話し始めた。
「あの日の後、俺、故郷に帰ろうと思ってたんですが、運悪く、道中で我が国の遠征軍と遭遇しまして……」
「あの国境付近の山岳地帯に陣取っているクローニン侯爵軍だな。それで?」
「はい…… 尋問を受けたんで、いんちき魔導士様に教えていただいた通りに答えたのですが……」
「ああ、自然災害が発生して道が塞がっちまったって話だろ。我ながらよく出来た素晴らしい言い訳だと思うが、それがどうしたんだよ?」
「はい。俺はその自然災害のことを火山が噴火したって報告したんですが……」
「ああ。ヒガシノ国のダマシー将軍も、あれは火山の噴火だって思い込んでたから、別におかしくないんじゃないの?」
「コッキョウノ山脈一帯には火山なんか一つもないそうでして……」
「……ダマシー将軍って、バカだったんだな」
「いえ、滅相もない! ヒガシノ国の将軍だけがバカなんじゃなくって、俺もバカで気づかなかったんですから!」
ダマシー将軍がバカなのは、コイツの中では確定してるようだな……
「でもちょっと待てよ。今まで噴火したことがない山でも、突然火山活動が活発になるとか——」
「クローニン侯爵が配下の者に命じて、爆発跡を調べさせたところ、なんでも魔法の痕跡がワンサカ出てきたそうでして……」
「……仕事が早いな、クローニン侯爵」
「それで…… 俺のウソがバレちまって。素直に喋れば、家族の命は助けてやるって言われて…… あの時のこと、全て喋ってしまいました…… ううっ…… ボうジわけ、ありバゼん! うううっっっ」
「いや、別に泣くようなことじゃないし、怒ってもないから。自然災害がどうとかいう話だって、アレはお前らのためを思って言っただけだし——」
「ぐおおおおお!!! ズビばぜん、うううっ」
「なんで更に一層激しく泣いてんだよ。オッサンが泣いても可愛くないぞ。で、俺にどうにかして欲しいことでもあんのか?」
「はい! クローニン侯爵はいんちき魔導士様との面会を望んでおられます。それでいんちき魔導士様と面識のある俺に、いんちき魔導士様を見つけてくるよう、侯爵に命じられたんです!」
「何回インチキって言えば気が済むんだよ…… まあ、その『インチキ』っていう呼び方については後で訂正することとして。ちょっと話が見えないんだけど? なんで侯爵サマなんかが俺に会いたいとか言ってんの? 実は俺もクローニン侯爵に会うためにここまで来たんで、ちょうどいいって言えばいいんだけど」
「おお、なんたる幸運でありましょうか! それでしたら、いんちき魔導士様を見つけた場合、この笛を吹くよう命じられておりますので、直ぐにでもお会いになることが出来ますよ!」
「立ち直り早いな…… お前も感情の起伏が激しいタイプか? きっと女神様と気が合うと思うぞ、って、おい、お前、何勝手に吹いてんだよ! 誰も今すぐ侯爵に会うなんて言ってないだろ! オマエ、どんだけせっかちなんだよ! オマエの名前、コヤクニーンじゃなくて、セッカチーにしたらどうだ!」
「ありがたき幸せ! これより、俺、いや私めは、名をセッカチーと改めます!」
「えっ? そんな簡単に決めていいの? あっ、いや、そういうことじゃなくて……」
なんだか喜んでるみたいだし、まあいいか?
ん? さっきからオンにしたままだったユニークスキル『広域索敵』に反応があるぞ。クローニン侯爵軍の山岳陣地から、3名の人物がこちらに向かって移動している。しかも猛ダッシュで。
『広域索敵』でわかるのは、種族名とレベルのみである。相手を直接視認出来れば、『人物鑑定』を使い、人名とHP・MPの残量まで知ることが出来るのだが、今の段階では誰がこちらに向かっているのか確認することは出来ない。
仕方ない。コヤクニーン改めセッカチー、でいいのかな? に尋ねてみるか。
「なあ。俺、索敵の能力も結構高いんだけど、なんかクローニン侯爵の陣地から、こっちに向かって3人来てるみたいなんが…… そのうちの一人がクローニン侯爵ってことでいいのかな?」
「なんと?! ああ、それでさっきもいんちき魔導士様は俺のいる場所をあっという間に見つけて、まるで風のように姿を現されたんですね! いやー、いんちき魔導士様みたいな嫁をもらったら、浮気なんて出来ないでしょうね、ハッハッハ!」
「オマエの感情の切り替え術は、本当に見事なものだな…… 女神様の側近になることを強くお勧めするよ。まあ、その話はおいといて…… 接近しているのはクローニン侯爵で、尚且つ3人だけで来るってことは、戦う意志が無いと考えていいのか?」
「もちろんです! 恐らく一人は護衛で、もう一人は風魔法を使う魔導士だと思います」
「なるほど。猛ダッシュで来てると思ったら、風魔法を使ってるのか。でも、デタラメに風魔法を使って、山道をダッシュしたら危ないぞ? 木にぶつかって怪我するのがオチだと思うが…… 仕方ない、こちらから迎えに行ってやるか」
「おお!なんと慈悲深い! 流石いんちき魔導士様です!」
いや、侯爵に怪我なんかさせたら、後で面倒だし。俺はセッカチーを連れて、風魔法を使い、上空からクローニン侯爵の元へと向かうことにした。
少し時間が掛かりそうなので、待機させていたミミー達3人も連れて行くことにするか。俺とセッカチーは旋回し、ちょっと寄り道して娘さん3人衆が待機しているポイントへと向かった。
「チョット! 遅いじゃないのヨ! すっごく暇だったんだからね!」
開口一番がそれかよ。まったく、ホニーの文句は機関銃のようだ。
なんてことを思いながらホニーの顔を見ていたら、あれ? なんだか怒りに震えて顔が真っ赤になってきたぞ? ヤバイ、俺の心を読んだのか? いや、ホニーの視線は俺の隣に立っているセッカチーに向けられている。
「あああああー!!! アンタやっぱり、ナカノ国の特殊工作部隊の頭がイカレた隊長じゃない! よくも私の領地で散々嫌がらせしてくれたわね!!!」
そう言うや否や、ホニーはセッカチーに向かって突進し、胸ぐらを締め上げた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 誤解です! それは俺じゃなくて弟です!」
「アンタ、この期に及んで、なに見え透いたウソついてんのヨ!」
「ほ、本当なんですって! 俺の弟も特殊工作部隊にいるんです! 俺はミズーノの街担当で、弟がヒトスジー領担当なんです。だから人違いですって! ゲホッ、ゲホッ」
「おい、セッカチー。流石にその言い訳は見苦しいぞ。子どもでも、もうちょっとマシな嘘をつくだろうに…… とにかくホニー、そのつかんでる手を離してやれよ。そいつ、結構レベル高いから、本当に死ぬと思ったら反撃してくるぞ」
ホニーはひと睨みし、フンと鼻を鳴らした後、セッカチーを乱暴に突き放した。
「ひい、た、助かりました。恩に着ますぜ」
「おい、勘違いするなよ。お前がもし少しでも怪しい素振りを見せたら、直ぐに攻撃魔法をお見舞いするからな。俺が無詠唱で魔法をぶっ放せるの、知ってるだろ?」
「と、と、とんでもねえ! 山の形をアッサリ変えちまうような人に逆らうわけないでしょう! そうだ、聖女様! 俺、ここのところずっとミズーノの街にいましたよね」
「えっ? 誰のことですか? 私はただの世間知らずの嬢ちゃんですが?」
おっと、アイシューの腹黒コメントが、セッカチーに炸裂だ。
「そういえば、ミズーノの街近くの森林で、コイツにそんなことを言われたな。…… というかアイシュー。お前結構根に持つタイプだな」
「もう! ちょっとした冗談でしょ! 確かにこの人は数週間ほど前からミズーノの街にいたけど…… それ以前のことは知らないわ」
「ホラ見なさい、って言いたいとこだけど…… 5日ほど前、コイツに似た男が、ウチのお屋敷の辺りをうろついてるところが目撃されてるのよね」
忌々《いまいま》しげにホニーがつぶやく。
「そうなんです! 実は、ヒトスジー伯爵領担当の弟が、そりゃあもう、スゴイ戦績をあげてるんですよ。だからアニキである俺も同じような才能があるだろうってことになり、俺まで特殊工作部隊に配属されちまったんです。でも、俺にそんな才能無いってこと、みなさんがよく知ってるでしょ?」
「確かに…… あの演技は酷かったな……」
「そうね…… 大根役者なんて言ったら、大根に失礼な気がするわ……」
「ムムっ! でも、アワアワ言ってたの、かなり面白かったゾ!」
「……そこまで言わなくても。でも、最初の方は、聖女様もダマされてたじゃ…… いえ、なんでも…… ひぃっ! ちょっと聖女様、そんな怖い顔して睨まないで下さいよ!」
あー、たぶんそこは、アイシューの中では、一番触れて欲しくない黒歴史になってるんだろうな。
「でも、なんて言うか…… 聖女様、なんか表情がイキイキしてますね。人を貶めるような物言いも以前と違うと言うか」
「……変わったのは顔つきや物言いだけじゃないのよ。カイセイさんにいろいろ教わって、魔法の使い方も変わったの。一度試してみる?」
「いえいえ、滅相もねえ! 勘弁して下さいよぉ…… でも、聖女様をここまで変えるとは、流石、いんちき魔導士様です!」
「おい、勘違いしてくれるなよ? アイシューはもともと腹黒かったんだ。俺が腹黒くしたみたいに言うなよ、って、あれ、アイシューさん? あの、その顔、俺から見ても怖いんで、やめていただきたいって言うか……」
「ふん、うるさい連中ね。用事が済んだんならサッサと出発するわよ」
……どうやらアイシューさんは、とてもご立腹のようだ。
「はい…… あっ、それからホニー。お前もコイツに聞きたいことがあるだろうが、今、クローニン侯爵がこっちに向かってるんだ。早く合流したいから、コイツから話を聞き出すのは、侯爵との話が終わってからでいいか?」
「ええ、良いわよ。楽しいイベントは後に残しておいた方がいいからね。アンタ、簡単に家に帰れると思ったら大間違いなんだからネ!」
「そんなぁ……」
セッカチーが、助けを求めるような視線を俺に向ける。
「お前、本当に踏んだり蹴ったりだな。いっそのこと名前をフンダリケッタリーに変えるか?」
「……セッカチーでお願いします」
うーむ…… この世界の言語センスがよくわからい。




