ホニー登場①
俺達がミズーノの街を出てから5日ほど過ぎたある日のこと。ここはもう、ヒトスジー伯爵領、そう、あのミズーノの商会長や聖堂長と裏で取引していた、ヒトスジー伯爵の治める領地なのだ。ただ、いくらヒトスジー伯爵領に入ったからといっても、所詮この辺りは中心部から遥かに離れた僻地である。そんなに警戒する必要もないだろう。
俺は今、コッキョーノの山脈沿いの森の中で、野営の準備をしている。もちろん獣人族の少女ミミーと、元水の聖女アイシューも一緒だ。
俺としては、今日も街道沿いの村にて安らかな睡眠を希望したいところだったが、アイシューが冒険者らしい体験がしてみたいと言ったため、大人である俺が折れてやったのだ。と言うわけで、アイシューにとって人生初の野営がこれから始まろうとしていたのだ。
少女二人がキャッキャと楽しそうに寝床の準備をしている隣で、俺は先ほど仕留めた野獣の肉と森で採れたキノコなどを焼いている。うーむ…… これでは冒険者の野営というより、日本でよく見られる親子連れのキャンプのようだ。緊張感がまるでない。まあ、ミミーもアイシューも、子ども同士で一緒遊んだ経験なんてほとんどないだろうから、これはこれで二人にとっていい経験なのかも知れない。
俺は今、ユニークスキル『広域索敵』をオンの状態にしてるので、野獣や盗賊が近付けば直ぐにわかる。今日のところは娘さん二人に楽しんでもらうことにしようかな。
『広域索敵』と言えば…… 数時間前、南から北へと進む俺達とは反対の方向から、こちらに向かって来る2人の人間族が観測された。俺はその2名を確認するため、風魔法で飛翔して、こっそりと2人の姿を確認。両名とも俺がよく知る人物だったため、特に何もせず引き返してきたのだが……
「ムムっ! オニーサン、いい匂いがしてきたゾ!」
「ああ。そろそろ肉が焼けてきた…… のはいいんだが」
肉が焼ける匂いにつられたのか、先ほど確認した2人の人間族が俺達のキャンプ場? に近づいて来ているようだ。
「ムムっ! オニーサン!、誰かコッチに近づいて来るゾ!」
「やっと気づいたか、ミミー。肉の匂いに夢中だったから、気付かないかと思ったぞ」
「ムムムゥゥっ! オレっち、そんなに食いしん坊じゃないゾ!」
うーん…… でも明らかに反応が遅れた気がするが。まあなんだ、今日のところは大目に見てやろう。あれ? 俺、なんだか娘を溺愛するダメな父親みたいになってきてないか? まあ、それはさておきこれからのことだが…… とりあえず、成り行きに任せてみますか。
「こっちに近づいて来る二人に敵意はないようだ。肉の匂いにつられて来ただけだと思うんで攻撃しちゃダメだぞ」
「カイセイさんって、そんなことまでわかるの?!」
驚いているアイシューには悪いが、それはさっきこっそり確認して来たからわかるだけなんだよね。
「そんなことって、オマエがどんな想像をしてるかわからないが——」
俺がアイシューに説明しようとした時、ついにお客さんが到着したようだ。
「チョット、アンタ達! なんでこんなとこでキャンプしてんのヨ! 非常識にも程があるでしょ!」
この高飛車な物言いをする少女のことを俺はよく知っている。中級火魔法を操るこの国有数の魔導士だ。火魔法の使い手であることに加え、赤いストレートの髪を肩の下まで伸ばし、燃えるような真っ赤な瞳を持つことから、ついた二つ名は炎の令嬢。ヒトスジー伯爵家の第2子、ホホニナ=ミダ・ヒトスジー嬢—— 通称ホニーの登場である。
ついでに言うと、コイツは装備まで赤を基調に揃えている。意外と自分の二つ名を気に入っているようだ。
このホニーと俺は前回のターンで出会っている。対魔人族戦役において約2年間、所属部隊は別であったが、行動を共にしてきたのだ。アイシューと同様、俺にとってはホニーと会うのは数日振りということになるのだが……
うーん、やっぱり若い、というより幼いな。時間が5年巻き戻ったんだから当然と言えば当然なんだけど、5年前のホニーって、こんなにも子どもっぽかったんだな……
もう一人の人物、シツジデス=チャン・セバスーさん——もちろんセバスーさんとも一緒に戦った間柄だ——は、まだ到着していないようだ。案外、肉の匂いに釣られて、意地汚くもホニーだけ、一人でダッシュして来たのかも知れない。
「キャンプってどういうことですか? 私達は野営の準備をしてるだけですけど」
おっ、アイシューがちょっと不機嫌そうに反論した。基本俺以外の人間には温厚なアイシューも、ホニーの高慢チキな物言いにカチンときたようだ。
「ハア? 野営ですって? こんなに山盛りの肉をジュウジュウ焼いちゃって、これのどこが野営なのヨ!」
『あれ? これっておかしいことなの?』みたいな顔で俺を見つめるアイシュー。アイシューにとってはこれが初めての野営なんで、冒険者の常識なんてものは全く持ち合わせていない。もう少し二人のやり取りを見てたかったんだが仕方ない。俺が代わりに話をしよう。
「確かに少人数のパーティで、こんな目立つ行動を取るヤツなんていないだろうな。でも複数の冒険者パーティが合同で野営をする時なんかは安全性が高いんで、結構派手めの夕食をとることだってあるんだぞ?」
「チョット、アンタ! 自分が言ってること、おかしいのに気付いてないの?!」
「ああ、言い方が悪かったな。 要は安全が確保されてるんで、別に目立った行動をしても問題ないってことだよ」
「……アンタ頭は大丈夫? アンタたちの居場所、今、アタシが気付いてるワケ。わ・か・る? もしアタシが盗賊だったらどうするつもりだったのかしら?」
なんだろ、イラっとくるな、この物言い。確かに前回のターンでも、ホニーの話し方はこんな感じだった。しかし俺が知っているホニーは16〜7歳のホニーだ。こんな小学生に毛が生えたようなガキが言うと、なんだかイラッとくると同時に、ちょっと滑稽に見えてくる。
俺はイラっときた気持ちのまま、ホニーに言ってやった。
「おい、お前こそ相手の力量を確認する前に調子コイた物言いしてると、大怪我をすることになるぞ」
「ハン! アンタって、どうやら世間を知らない田舎者のようね。いいわ、アタシの実力をほんのチョットだけ見せてあげるわ。泣いて謝ったって許してやらないんだからね!」
「……ほう。俺が泣いて謝るだって? いいだろう! オマエこそ俺の魔法を見てチビるんじゃねえぞ!」
「もう! カイセイさん、やめなさいよ! こんな子ども相手に本気を出すなんて大人気ないわよ!」
常識人のアイシューが止めに入ったが……
「誰が子どもヨ! アンタの方が子どもでしょ! ガキはすっこんでなさいヨ!」
「誰がガキですって? 悪いけど、絵に描いたようなガキのあなたにだけは言われたくない台詞だわ」
娘さん二人のトークバトルが始まった。
「……ふう。まったくヤレヤレだわ。まだこの国に、アタシのことを知らない世間知らずがこんなに沢山いるなんて」
大人ぶった態度で余裕を見せるホニー。
「……世間知らずはどっちかしら? あなた、いったい誰の前に立っているのかわかってるの?」
あっ、その決め台詞は俺がミズーノの街で引用した、俺の先輩冒険者、オトコノフェロ=モン・デマクリーさんの決め台詞じゃないか!
ちなみにこの人、この『誰の前に立ってるんだ』って台詞があまりにもカッコ良すぎて、名前と台詞がゴッチャになった愛称『ダレノマエニ・タチマクリー』って呼ばれてた伝説の人なのだ。
なんだよ、アイシューのヤツめ。やっぱりオマエもカッコイイと思ってたのか。そうならそうと言えばいいのに! まったく、この照れ屋さんめ。
俺の中でアイシューへの親近感が爆上がりしているのとは裏腹に、アイシューとホニーの関係は一触即発って状況になってる。ついでに言うと、それを横で見ているミミーがアワアワした状態になっている。
あっ! ホニーのヤツ、火魔法の詠唱を始めやがった!!!
俺は慌てて水魔法ウォーターディスチャージ(弱め)をホニーに放つ。
バッシャッァァァ!!!
俺の水魔法がホニーに直撃。でも大丈夫だ。威力は最小限に抑えてある。
全身に水を浴びたホニーが、大きく目を見開きながらつぶやく。
「む、無詠唱ですって……」
お約束ありがとう、なんて思ってたら、今度は詠唱を終えたアイシューが、ウォーターディスチャージ(ちょっと強め)をホニーに向けて放った。
「ゴボゴボゴボ…… チョ、チョットやめなさいよ! 溺れるでしょ。なんで山で溺れなきゃなんないのよ!」
「おい、アイシュー! 何やってんだよ?! オレはコイツの詠唱をやめさせるつもりで魔法を使っただけだぞ!」
「あら? 私もそのつもりだけど? カイセイさんったら、私が魔法を発動させる前に、さっさと終わらせちゃうんだもん。私、途中で魔法の発動止められないから、ちょっとだけ彼女に水がかかっちゃった。てへ」
……嘘だ。コイツ嘘をついている。元聖女のくせに嘘をついている。そして怖い。目が笑ってない。そうだ、アイシューは意外と腹黒いんだった…… オレも発言には気をつけよう……
「キィィィィ! アンタ達、二対一なんて卑怯よ!」
アイシューの水魔法から逃れたホニーが、憎々しげな表情を浮かべ、オレ達に向かって叫び声をあげる。
「ちょっと待て。別にオマエと戦うつもりなんてないよ。ただ、オマエが火魔法の詠唱を始めたから、それを阻止しただけだ」
「アンタ、アタシを誰だと思ってんの! ちゃんと威力は抑えるつもりだったわヨ!」
「バカ。山で火魔法なんか使っちゃダメに決まってるだろ? 枯れ葉に燃え移ったらどうすんだよ。あっという間に山火事の出来上がりだ」
「ぐぬぬぬ…………」
悔しそうにホニーがうめき声をあげていたちょうどその時——
もう一人のお客さん、セバスーさんが到着した。
「おやおや、お嬢様、ずぶ濡れではありませんか」
あきれ顔でつぶやくヒトスジー家の老執事、シツジデス=チャン・セバスーさん。この人はホニーが幼い頃から、ずっとこのじゃじゃ馬の面倒を見てきた人である。昔から多種多様なお転婆に付き合わされてきたのだろう。このぐらいのことでは驚かないようだ。むしろ『また何かやらかしたのですか』とでも言いたげな顔をしている。
オレはこれまでの経緯をセバスーさんに説明した。
「それはそれは…… うちのお嬢様がご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」
セバスーさんが礼儀正しくお辞儀される。
「いえいえ、こちらこそ。うちのアイシューだって、ちょっとやり過ぎでしたから。こちらこそ申し訳ありませんでした」
「なんと、今、アイシューと申されましたか? ……左様でしたか。ふふっ、お嬢様、今回は相手が悪かったようですね。こちらはミズーノの街で水の聖女と呼ばれているお方のようです。お嬢様と同様、この国で中級魔法を使える3人の中のお一人ですよ。お嬢様、これに懲りて、誰彼かまわず喧嘩を吹っかけるような真似はお慎み下さい」
「なにヨ! 私も中級魔法を使えるんだから、一対一なら負けないわヨ!」
「……オジョウサマ…………」
出た! セバスーさんの必殺技、低音での脅し声! セバスーさんがめちゃくちゃ低い声で一言『オジョウサマ』とつぶやく時、周囲にいる人間がチビってしまうほど、恐怖が辺りを支配する。それほどスゴみのある一言なのだ。今ではとても温厚な老紳士におなりのようだが、いったい若い頃は何をしていたのか…… 前回のターンでは怖すぎて誰も聞くことができなかった。
おっと、チビってしまうで思い出したが、ミミーのヤツ、今回は耐えきれただろうか?オレはコッソリ、ミミーに話し掛ける。
「おい、ミミー、チビってないか?」
ミミーが小声で答える。
「ムムっ…… さっきオシッコ行っといてよかったゾ……」
よかった。大丈夫なようだ。
さて、お嬢様の方はというと——
「わ、わかってるわヨ、セバスー! 今言ったのはチョットした冗談ヨ。ホント、セバスーは冗談が通じないんだから」
……嘘だ。コイツは嘘をついている。伯爵令嬢のくせに嘘をついている。そしてビビっている。目が笑ってない。そうだ、それほどセバスーさんは恐ろしい人だった…… オレも発言には気をつけよう……
「それじゃあ誤解も解けたようだし、髪と服を乾かしてやるよ」
オレはホニーに向けて、お馴染みの混合魔法ドライヤーを使ってやった。
「チョ、チョット! アンタはいったい何者なのヨ! これ…… これ何魔法なの? しかも無詠唱だし!」
なんだ、オレのことが知りたいのか? じゃあ、とっておきの一言で答えてやろう。
「オレか? オレは通りすがりの、ちりめん問屋の隠居だが」
「チョットォー! アンタ…… アンタ日本人なの!!!」
そう、俺は知っているのだ。ホニーが大の日本好きだということを。前回のターンでも、ホニーは俺達日本から来た転生者のことを、『異邦人』ではなく『日本人』と呼んでいた。
なんでもホニーが幼い頃、珍しいもの好きの父親が日本から来た転生者を、しばらく自分の屋敷に居候させていた時期があったそうだ。その時、ホニーはその日本人から日本のことを学び、大いに日本文化に興味を持ったという話だ。
ホニーがとても喜んでくれたのは嬉しいのだが…… なぜだろう?
ホニーの背中から光が溢れ出してきたじゃないか!!!
これは、これは女神様からもらった転生者特典の一つ、パーティに勧誘すれば100%成功するというサインだと思うんだけど。女神様が言うところ『あなたにおススメ、パーティメンバー発見特典』だよな? どうでもいいけど、このネーミングセンス、ホント、ありえないと思う。
うーむ…… 前回のターンでは、アイシュー同様、ホニーからもこのサインは見られなかったんだが…… まあ、アイシューの例もあることだし、今回は違う法則がはたらいているということなんだろう。それにしても…… なんでこのタイミングでサインが出るんだよ?
このサインが出る大前提として、まず対象者が『俺のパーティに入りたい』と思うことが必要である。
オレが日本人だとわかったから、オレのパーティに入りたいと思ったってことでいいのか? おいおい、安直過ぎやしないか? 日本人だって中には悪いヤツだっていると思うぞ? 将来ホニーが悪い日本人に騙されないか不安だ……
下記作品に、おまけの短編「ホニーの師匠、田所文蔵氏(56歳)の苦悩」を付け加えました。こちらもご一読いただけると、とても嬉しいです。
ホホニ ナミダ・ヒトスジー伯爵令嬢は日本文化を誤解しているようです〜迷惑するのはいつも転生者〜
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