タイミングが悪かったようだ
グン=ジン・ダマシー将軍は、先刻より代官達悪人どもの不正の証拠を読み上げている。その都度、群衆からは大きなどよめきが沸き起こっていた。
代官、商会長、聖堂長の悪党3人組は、俺が風魔法で作ったロープでぐるぐる巻きにされ、上空に吊し上げられたまま、ダマシー将軍の言葉を聞いている。というか、吊し上げてるの俺なんだけど。
ついでに風のロープを使って猿ぐつわを作ったんだが…… なんか商会長ヤツ、顔を真っ赤にして、何やらモゾモゾしてるぞ。安心しろ。一通り証拠の読み上げが終われば、ちゃんと反論の機会は設けてやるつもりだから。
そうこうしているうちに…… どうやらダマシー将軍の証拠の読み上げが終わったようだ。
「市民諸君! 私はこれでこの3人の罪は確定したと思う。しかし、ここにおられる魔導士殿による特別なる慈悲の心に免じ、この悪党達にも反論の機会を与えたいと思う。異存は無いな!」
民衆からは肯定の声が上がるものの、どうやら心から同意しての反応ではないようだ。殺気に満ちている。本音は『今すぐ殺せ!』といったところなのだろう。
うわー…… 特別なる慈悲の心を持つ魔導士って、やっぱり俺のことだよな。なんか俺、余計なことしてるっぽい雰囲気なんですけど…… でも、約束は約束だからな。俺は風魔法で作った猿ぐつわを解除する。
「じゃあ、あの…… なんか周りの雰囲気、すっごく悪くて恐縮いたしますが…… とにかく反論があるんなら言ってくだ——」
「私は命令されただけなのですゥゥゥゥゥゥ!!!」
俺の言葉を遮っていきなり叫び出したヤツがいる。えっと…… どうやら一番小物っぽい聖堂長のようだ。
「私はここにいる商会長に、無理矢理協力させられただけなのです!!!」
うわ…… 聖堂長のヤツ何言ってんだ? 流石にこれはヒクぞ。
「何を言うんだ! お前、自分の罪を俺になすりつけるつもりか! この金に目が眩んだ俗物め! これまで行ってきたお前の不正な蓄財が、いったいどれぐらいになると思ってるんだ!」
今度は商会長が怒鳴り返す。
確かに俺が聖堂長室で見た豪華な調度品の数は尋常なものではなく、とても聖職者の部屋だとは思えない異常さであった。恐らく、以前から商会長と手を組んで、様々な不正に手を染めて来たのだろう。
「私は他国に戦闘を仕掛けるなど、反対だったのです! 私は大金をせしめて、もっと大きな街の聖堂長に栄転するだけで十分だったんだ! それを欲に目が眩んだ商会長のせいで——」
聖堂長は自分の発言を最後まで続けることが出来なかった。周囲を取り囲む市民から、一斉に非難の声が上がったからだ。
しかし…… この聖堂長はバカなのか? 本音を全力で叫んでどうすんだよ? ある意味裏表が無い人間だとも言えるが…… 物欲や権力欲には貪欲なくせに、変なとこだけピュアなようだ。聖職者って変人が多いな。あっ、でも、アイシューはとても良い娘さんだと思ってるぞ。
「それにしても…… おい、聖堂長、オマエうるさ過ぎだ! 議事の進行の妨げになるからちょっと黙ってろよ!」
俺は再び聖堂長のオッサンの口もとにウインドロープを巻き付けた。さあ、次だ!
「市民の諸君、静粛に! では商会長に問う。何か反論はあるか?」
ダマシー将軍は市民の声を抑えつつ、商会長に発言を促した。どうやら将軍には議長の才能もあるようだ。いやぁ、人は見かけによらないものだ。パっと見は、どでかい筋肉の塊なんだけどね。
「俺は………… 罪を認める。でも、これだけは信じて欲しい! 俺は決して最初からダマシー将軍達を騙そうと思ってた訳じゃないんだ! 俺は代官の罪を暴こうとしただけなんだ。でも、俺の力じゃあ、代官の背後にいるクローニン侯爵になんて太刀打ちできねえ! だからヒトスジー家を頼ったんだ。だが…… その後は、ヒトスジー伯爵の言いなりだった…… 住民のみんなや将軍には悪いことをしたと思ってるよ…… 済まなかった」
ひょっとすると、悪党3人の中では、この商会長が一番まともなのかも知れない…… あれっ? いや、そんなことはないか。冒険者を弾除けにしようとしてたからな。危ない、俺としたことが雰囲気に流されるところだった。流石は演技派だな。
「ウンウン。オレっちも商会長は、そんなに悪い人じゃないって思ってたゾ」
……俺はそんなミミーも嫌いじゃないぞ? でも後でちゃんと教えてやるからな?
いずれにせよ…… 住民や将軍には謝ったのに、なんでアイシューには謝らないんだ? 俺が違和感を感じる中、今度は代官が声を上げた。
「住民の皆さん、騙されないで下さい! 商会長はまるで私が罪人のような言い方をしていますが、そんなもの、全くのデタラメです!」
「ほう。代官よ、お前はこれまでの証拠が全てデタラメだと言うのか?」
冷酷な声色をまとったダマシー将軍の声が街に響く。
「今、将軍が手に持たれている証拠、それは商会長や聖堂長がヒトスジー伯爵との間で取り交わされたものがほとんどではありませんか? 私がクローニン侯爵と裏で取り引きしているという証拠は見つかったのですか?」
代官の言っていることは正しい。俺たちが見つけた証拠は、あくまで聖堂長室で見つけた商会長側の資料のみである。当たり前だが、代官とクローニン侯爵が交わした公文書やその存在を匂わせるような手紙やメモのようなものは、今のところ見つかっていないのだ。
「見苦しいぞ、代官! お前がナカノ国の密偵らしき者と頻繁に会っていたことは、多くの者が目にしている。お前達が交わした話の内容についても聞き及んだ者がいるぞ。その者達が証人だ!」
商会長が憎々しげに代官を睨みつけている。
「証人ですと? あなたの息のかかった者の証言など、証拠になりませんよ! 第一、私が話をしていたのはナカノ国の農民の方々ですよ? 密偵などとは片腹痛い」
代官は余裕の表情を取り戻している。うまく逃げ切れると思っているようだ。
代官は更に続ける。
「ナカノ国の村々が水害に会い困っている。そこで水の聖女様においでいただき、助けていただきたい、そういう話でした。おお! ちょうどそこに聖女様もおられるではありませんか! 聖女様も直接このお話を聞かれましたよね? その上で、ご自身でナカノ国行きをお決めになられたのですよね? どうぞこの被害妄想で凝り固まった商会長に、真実を告げてあげて下さい!」
おっ! やっとのことで、水の聖女様ことアイシューの出番かよ。決してアイシューのこと忘れてた訳じゃないんだけど…… 市民の皆さんの多くも、『あっ、そう言えば、いたなぁ』みたいな顔して、アイシューのこと眺めてるが……
「だから、それはお前がそこの聖女を騙していたんだろうが! この詐欺師め! 聖女が年端もいかないガキであることをいいことに、お前はやりたい放題やってたじゃねえか!」
商会長が代官に向かって悪態をつく。おい、商会長。ここはアイシューにカッコいいことビシッと言わせろよ! そう思った俺は、アイシューに視線を送ってみたが……
ダメだ…… さっきまでプルプルしてたアイシューだが、そのプルプルが更に2倍の速さでプルプルしている…… 何が言いたいかというと、とにかく怒りのあまり、更に一層、アイシューの体が震えまくっているということだ。
「おい、大丈夫かよ、アイシュー? なんなら俺が代わりに——」
「いい加減にしなさい!!! どこまで私をバカにすれば気が済むんですか!!!」
叫んだ! アイシューが叫んだ! ……しかしタイミングが悪かった!!!
お前は誰に怒りをぶつけてるんだ? 多分、騙した代官に怒ったんだと思うが、ひょっとしてガキ扱いした商会長に怒ったのか? あるいはその両方か? どちらにせよ、その怒りはあんまり伝わってないぞ! 市民の皆さんも『えっ、誰が怒られてんの?』みたいな顔して、戸惑い気味だ。
「な、なあ、アイシュー。悪人どもに怒りをぶつけるのは悪いことじゃない。俺はもっとぶつけてやっても良いと思うほどだとも、うんうん。まずは…… そう、まずは悪徳代官の質問に答えてやったらどうだろうか?」
「……そうね」
そう言うと、アイシューは意を決した表情でめいっぱい大声を張り上げた。
「私は先ほどコッキョーノ山脈の森の中で真実を知りました! 私を連れて行こうとしていた者達は農民ではなく、ナカノ国の特殊工作部隊だったのです! 私は本人達の口から直接聞きました! 証人が必要だと言うのなら私が証人です!!!」
「そ、それは聖女様がまだ子どもだから騙されているんです!」
代官のヤローめ…… せっかくアイシューが慣れない大声をあげたっていうのに、台無しになるようなこと言いやがって……
今度こそミミーにバレないように、コッソリ魔法をぶっ放してやろうかと思ったその時——
「申し上げます! 代官の部屋から、ナカノ国のクローニン侯爵と交わした覚書が見つかりました!」
それは将軍の指示で代官所内を捜索していた将軍配下の者の声だった。我々の目の前にある代官所の建物の窓から、将軍配下の者が大声で叫んだのだ。
「うわあああああああんんん!!! 私は…… 私はもう終わりだあああああ!!!」
代官が泣き崩れた。




