一枚上手のアクトク=ゼニ・マミーレ
「お待ち下さい、将軍! 私は国軍が出動するなど聞いておりませんぞ!」
ミズーノの街の代官、ハラノ=ナカ・マックローが非難の声をあげる。
「ええい、黙れ! キサマがこの街の腹黒代官だな。よいか、水の聖女は中級魔法を使える魔導士なのだぞ。中級魔法の使い手は、国軍3千の兵力に匹敵すると言われている。我が国最強を誇る人間兵器を他国へ売るとはもっての他。私利私欲のために国を売ったこの痴れ者め、恥を知れ!」
ダマシー将軍が一喝するが……
おい、人間最強兵器ってなんだよ。代官も代官で商会長も商会長だが、コイツも大概だな。
「そのようなこと、私は決して——」
青ざめた顔をしながらも代官は抗議を試みる。しかしその試みも将軍の大声によってかき消される。
「黙れ。お前の詮議は後だ! これより我々ヒガシノ国国軍は直ちに聖女の奪還に向かう。ナカノ国側も、当然国境付近の山岳地帯に兵を出していることが予想される。それ故、本日只今をもってこの街はナカノ国と交戦状態に入ったと認定し、国の法に則り、この街の衛兵は私の麾下に入るものとする!」
俺はユニークスキル『広域索敵』を使い、国境付近——コッキョウノ山脈の頂上辺り——を調べてみるが…… ナカノ国の兵団なんて見当たらないぞ? まあ、国境付近に敵がいなくても、もう少し本国寄りに兵を配置しているかも知れないけれど……
ひょっとしてこの将軍、水の聖女をダシにして、ナカノ国に攻め込むつもりなのか? 今のところなんとも言えないが、ちょっと疑わしい気がしてきた。
将軍は付近にいた衛兵達に簡単な指示を出すと、急ぎコッキョウノ山脈に向けて馬を走らせた。
後に残されたのは、急展開した状況に今ひとつついて行けずにポカーンとした表情を浮かべた市民達と、『あれ? この展開ヤバくね?』みたいな表情をしている、飲み屋へ向かいかけていた冒険者達であった。
「冒険者諸君に告げる!」
周囲の困惑した雰囲気を打ち破ったのは商会長マミーレであった。商会長は発言を続ける。
「冒険者諸君、私は諸君らの依頼主、商工会議所所長アクトク=ゼニ・マミーレである! 諸君らは既に依頼料の前金を受け取っている」
そうだよな。冒険者はみんなウハウハしてたよな。
「国軍は土地不案内ゆえ、聖女探索の依頼を受けた冒険者たちに国軍の先導を命じる。少々状況が変わったが、聖女を探し出すという目的は変わっていない。冒険者各位の奮闘を期待する!」
……ひでぇ。それって金で雇った冒険者を弾除けに使うってことじゃねえか。この世界に鉄砲はないから弓除けか?
商会長は更に発言を続ける。
「もし今、依頼を断った場合莫大な違約金が発生し、依頼不履行の罰として、冒険者ギルドから重い制裁が下ることは諸君もご存知のことだろう。まあ、そんな者はいないと私は確信しているがね。さあ、諸君、国軍や衛兵と共に聖女様救出に向かおうではないか!」
……ああ、そういうことか。冒険者を弾除けにして殺しちまえば、成功報酬は払わなくてもいいからな。上手くすると、死んだ冒険者のムクロから前金まで回収できたりして。依頼主の商会長もやっぱりクズだな。
悲壮感を漂わせながら冒険者たちが、コッキョーノ山脈を目指し国軍や衛兵と共に城門へと向かって行く。あっ、あれは、さっき俺の隣でハシャイでいたダサンテキー氏じゃないか。目が死んでるよ…… きっと今、ヤツの脳内にはドナドナがBGMとして流れていることだろう。やっぱり人間、打算的ではなく信念をもって行動しないといけないな、うんうん。
出発する冒険者達を見送っていると、不意に上着の袖を引っ張られたのでそちらに視線を移すと……
「……オニーサン。オニーサンは行かないのカ?」
不安な表情を浮かべたミミーの顔があった。
「どうしたミミー? そんな泣きそうな顔して」
「……人のことを悪く言ってはイケナイって係長から教わったけど…… でもオレっち、あのオジサン達、なんだか信用できないゾ」
「ああ、係長はいいこと言うな。そうだ、ミミー。あのおっさん達は、明らかに悪い人だと俺も思うぞ。聖女様のことを人間最強兵器なんて言っちゃあ、いけないよな」
「オウっ! 流石はオニーサンだゾ! あのわずかな発言の中から、あのオジサン達の本質を見破るとは!」
「いや、あのおっさん達、結構いっぱい喋ってたと思うが…… まあ、いいや。とにかく急いで聖女様を探しに行こう。パーティ登録は後回しだ」
「オウっ! 聖女様はオレっち達が見つけ出すゾ!」
♢♢♢♢♢♢
俺とミミーは上空からコッキョーノ山脈へと向かう。俺の風魔法を使えば、自分とミミーの体を浮かせて、地上から遥か上空を悠々と飛行することなど実に容易いことである。ちなみに、俺はこれまでの教訓を活かし、ミミーには『ノータッチ』である。ふふ、これで衛兵さんに通報される心配はないだろう。
「オゥゥゥーーー、オニーサン、高いゾ! 速いぞ! 国軍の人達、豆粒みたいだゾォー!」
さっきからミミーはご機嫌だ。
冒険者や国軍とのトラブルは出来るだけ避けたいので、山道を歩く彼らからは気付かれない高度で、しかも高速で飛んでいる。ミミーが楽しそうで何よりだ。
コッキョーノ山脈中腹に聖女様の反応あり! と言っても、俺のユニークスキル『広域索敵』のお陰で、最初から聖女様の居場所はわかってたんだけどね。 とりあえず、目標の近くに降りてみるか。
「ムムっ? オニーサン、直接、聖女様の所に行かないのカ?」
「ミミーも索敵が得意なんだからわかるだろ?」
「オウっ! この先に、聖女様かどうかわからないけど、人が……5、6、7! ウン! 7人いるゾ!」
「正解だミミー。水の聖女アイシューと、他に人間族の男が6人いるな。人間族のリーダーと思われるヤツのレベルが22なんで、ちょっと注意だ。他5人はレベル15前後だから街の衛兵レベルだな。俺やミミーからするとたいしたことないが、一応警戒しておこう」
「オウっ! 『ザックリ言って、レベル20を超えたヤツはチョット注意』、だったゾ!」
「俺が言ったこと覚えてるんだな。エライぞミミー!」
「オウっ! オレっち、ザックリ覚えるの得意だゾ!これでもオレっちは——」
「ちょっと待て」
前方の木々の茂みから、初級水魔法ウォーターボール(と俺は呼んでいる)が飛んできたので、俺は風魔法ウインドウォール(これも俺が勝手に名付けた)で防御する。ちなみにこの世界では個々の魔法に固有の名称がついているわけではない。魔法の使い手が勝手に名前をつけているので、俺もその慣習に従っている。
「俺達はそちらに危害を加えるつもりはないっ! 聖女様と話がしたいだけだ! 姿を見せてくれないか?!」
俺は前方の茂みに向かって話しかける。すると目の前に一人の少女が姿を現した。
「申し訳ありません。その…… 悪い追っ手の方と勘違いしまして」
短く肩のあたりで切り揃えられた青い髪と澄んだ水色の瞳。服は白を基調として所々に青いラインと模様が入った清楚な聖堂服。いかにも水の聖女を思わせる風貌と出で立ちをした少女が、俺たちの前でとても申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ムムっ! オレっち達がここにいるのを見破るとは、かなりの使い手とみたゾ!」
「いえ、あの、あんなに大声でお話しされていたら、誰でもわかるかと……」
「……おいミミー、お前ちょっとだけ黙ってられるか?」
「オウっ! オレっち、ちょっとだけ黙るゾ!」
うん、ミミーは今日も笑顔で元気だ。さてと。
「驚かせて申し訳ない。俺は冒険者のキシ・カイセイ。こっちは同じく冒険者のミミーだ」
「私はミズーノの街にある聖堂会で日々のお勤めをさせていただいております、アイシューと申します。先程のご無礼、重ねてお詫び致します」
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと加減してくれてたみたいだし。もし当たったとしても、水に濡れるだけで、ダメージはなかっただろうからね」
「どうしてそこまでのことが…… いえ、あのっ、あなたはいったい何者ですか? 先程あなたが使われた風魔法。発動の際、詠唱をされていないように見えたのですが?」
「無詠唱だけど…… まあ、もし無詠唱とか風魔法とかに興味があるんなら、後からゆっくり話をするとして、まずは状況を整理したいんだ。君はナカノ国の兵士に無理矢理さらわれたの? それともヒガシノ国が嫌になって自分の意思で出国するの?」
「えっ? どちらでもありませんが……」
困惑した表情を浮かべる少女。その時、茂みの更に後方から一人の男が姿を現した。
「危険です、聖女様! お戻り下さい!」
なんだか怪しげなおにいさんの登場だ。




