お代官様ハラノ=ナカ・マックロー
冒険者ギルド入口付近でのイザコザはまだ続いている。かれこれ小一時間ぐらい続いているだろうか。ミミーのヤツは大人たちの罵り合いを見飽きたようで、さっきから俺の隣でウツラウツラと舟を漕いでいる。どこかの広場へでも行って、おれも昼寝しようかな、と考えていたところ——
「おーい、兄ちゃん!」
と、声を掛けられた。ああ、さっき城門の前で出くわした、えっと…… そうだ、ダサンテキー氏だ。うーむ…… あまり関わり合いになりたくない。適当にやり過ごそう。
「よう、兄ちゃん。前金はもらったか?」
「それがご覧の通り、冒険者ギルドの前に人だかりが出来ていて、ギルドの中に入れなかったんですよ」
「なんだと! そんなもん人混みかき分けてでも、中に入ればいいじゃねえかよ?」
「まあ、それはそうなんでしょうけど……」
「ムムっ! オニーサンはそんなことしなくても大金持ち…… ムグっ?!」
俺は慌ててミミーの口を押さえる。お前、いつのまに目覚めたんだ? いいか、ミミーよ。打算的な人にはそれなりの付き合い方というものだあるのだ。うーむ…… これは魔法の訓練よりも、人間関係の経験積ませることを優先するべきか?
そんなことを考えていたところ、突然大きな叫び声が周囲に響き渡った。
「商工会議所所長、アクトク=ゼニ・マミーレさんが来られたぞ!」
「ミズーノ市代官、ハラノ=ナカ・マックロー様、ご来所!」
ふぅ…… 両方とも間違いなくクズだな。そういうことですよね、自動翻訳機能さん。
「あーあ、兄ちゃん、時間切れのようだぜ。マックロー代官様のお出ましだ。きっと、聖女様の探索などまかりならん! とか言うんだぜ。それにしても、俺たちの雇い主、商会長マミーレさんは、ちょっと来るのが遅かったな」
この人、好き勝手言ってるけど、本当にそう上手く行くもんですかねぇ。まあ、とりあえず、状況を見守ることにしましょうか。
さあ、両クズ氏、ギルド前の人だかりの中に颯爽と登場だ。おっと、まずは先手必勝とばかりに、商工会議所所長、略して商会長『悪徳銭まみれ』氏が口を開いた。
「おいっ、代官、これはどういうことだ! なぜ聖女様を探さない! 聖女様はミズーノの街の最も有益な観光資源だろうが! 彼女がいなくなったら、この街がどれ程の経済的損失を被るか、わからぬお前ではないだろうに!」
やっぱりコイツ、クズだな。観光資源って何だよ? こんなことを平然と言うヤツがこの街の財界のトップなのか。俺が聖女様なら、こんな街、出て行きたくなるぞ。
「いい加減にして下さい、商会長殿。何度も言ったでしょう。聖女様はご自分の意志で隣国、ナカノ国に向かわれたのです。これは私以外にも、複数の者が聖女様から直接お言葉をうかがっております」
コイツがこの街の行政の長、お代官様であらせられる『腹の中真っ黒』氏だね。うーん、聖女様が代官側の人間にだけサヨナラを告げたってことか? 商会長の関係者は誰も聞いてないってことだろ? それはちょっとおかしいだろう。野次馬達も『ないわー、絶対ないわー』みたいな顔してるし。
「ムムっ! オニーサン、オレっちは代官のオジサンが嘘をついてると思うゾ! ふふっ、みんなは騙せても、オレっちは騙されないゾ!」
いや、みんな気づいてるだろ…… 周りをよく見ろよ。でも言わないでおこう。やはり情操教育は大事だ、うんうん。
「黙れ、この腹黒代官め! 大方、隣国の領主と密談の上、聖女様を騙して金で売り払ったんだろうが!」
あっ、商会長、言っちゃったよ。疑惑の核心ついちゃったよ。どうする代官?
「これは聞き捨てなりませんね。証拠はあるのですか?」
「何が証拠だ! ああ、もう、お前と話す必要はない。俺が直接聖女様と話す。道を封鎖している衛兵を退かせろ! 早く冒険者を通らせろ!」
代官のヤツ、衛兵を使って捜索の妨害してたのか。
「おっ、流石腹黒代官だ。手回しがいいねえ。こりゃ、早く飲みに行かねえと、どこの店も満員になって席が無くなっちまうかも知れねえなあ、ハハハ!」
どうやら、ダサンテキー氏は自分の勝利を確信したようだ。
「ムムっ! それは大変だゾ! オニーサン、オレっち達も急いだ方がいいゾ!」
「ミミー、お前、雰囲気に流されすぎだ…… 大人になった時、変な勧誘に引っかからないかとても心配だ……」
ミミーが何やら反論しているがちょっと待て。代官と商会長の話はまだ続いているのだ。えっと、次は代官が発言する番だな。
「冒険者を通すわけにはいきません。聖女様から後を追わないようにとのお言葉を承っておりますので」
「なんだと! 別に無理矢理連れ戻すって言ってるんじゃないだろうが! 直接聖女様の口から、一言聞きたいだけなんだよ! 早くそこをどきやがれ!!!」
うーむ…… ガラが悪いのは商会長だけど、明らかに怪しいのは代官の方だよな。野次馬達もわかってるんだろう。周囲には代官に対する非難の声が溢れている。ただ——
「代官のオジサンずるいゾォォォ!!! ムムムムっ! オレっちはわかってるんだゾォォォ!!!」
一番野次を飛ばしてるの、ウチのミミーかも知れないけど……
代官は周囲の非難の声をかき消すかのように大声で叫ぶ。
「仕方ありませんね。これ以上騒ぎ立てるなら、私はこの街の行政を預かる者として断固たる決断をせねばなりません! 今後、この場に残る者は、故意に治安を乱す者として検挙します! さあ、皆さん、早く自分の家や職場に帰って下さい!」
「マックロー、汚いぞ!!!」
商会長マミーレ氏が雄叫びをあげる。しかし、それに続く者は誰もいなかった。先刻、冒険者ダサンテキー氏が予測した通りの結末になったのだ。そりゃそうだろう。おカミにタテついたら、後が怖いもんね。
「話はついたようだな。じゃあ、飲みに行くとするか。いやー、兄ちゃんと一緒に飲めるなんて、俺は嬉しいぜ!」
おい、ちょっと待てよ、ダサンテキー。お前、俺の話聞いてなかったのか? 俺、前金もらってないって言ったよな? お前、今前金ふんだくってウハウハなんだろ? それでもお前は俺にたかるつもりなのか?
情操教育はとても大切なので、ミミーには見えないようにコッソリ2〜3発、コイツをぶん殴ってやろうかと考えていたところ——
何やら城門の方が騒がしい。よく目を凝らしてみると、馬に乗った人間が、数人こちらにやって来るようだ。しばらくすると——
軍服を着た恰幅のいいおっさんが部下を引き連れ、颯爽と登場した。どうやら、新キャラの登場のようだ。
「私はヒガシノ国西部方面将軍、グン=ジン・ダマシーである!!! ミズーノ市商工会議所所長、アクトク=ゼニ・マミーレ氏の要請により参上した! 水の聖女は無事か!!!」
どうやら国軍のお出ましのようだ。商会長のヤツめ、抜け目ないな。こんな切り札を用意してたとは。さて、商工会議所側の形勢逆転って感じだが、いったいどうなるんだろう?
「ありえねえ……」
つぶやいたのはダサンテキー。ダサンテキー氏のウハウハ前金持ち逃げ計画の前途に暗雲が立ち込めた瞬間であった。そんな大層なもんでもないか。




