ため息製造機
俺は相変わらずセイレーン卿を抱えて、風魔法を使い大空を飛行中。
風魔法を身に纏う『風魔装』を覚えたミミーは、俺の隣で空中遊泳を楽しんでいるようだ。
まあ、ちゃんと俺について来ているので問題ない。
そんなミミーが、
「オニーサンがどこに向かって飛んでるのか、オレっち全然わからないゾ」
と好奇心旺盛な目をして、俺に尋ねてきた。
俺たちが『北西郡』に向かっていることを伝えると、ミミーがなぜかキョトンとした顔をするではないか。
そうか、ミミーはこの前の会議に参加していなかったんだ。
だいたい、こんなちびっ子を、長時間に及ぶ会議に参加させる訳にはいかないしな。
ミミーは『北西郡』の怪しい動向について何も知らないし、そもそも『北西郡』なんて言葉じたい聞いたことがないのだ。
だから俺は、これから向かう『北西郡』について、ミミーにわかりやすく説明してやることにした。
「いいか、ミミー。ナカノ国は元々、東西南北の4郡に分けられていたんだ。そして数年前、ナカノ国は北西にあった小国群、通称ナンバーズ諸国のうちの肆ノ国と伍ノ国を併合し、ナカノ国が一方的に『北西郡』という名前の郡を設置したんだ」
「ムムっ!? その話は、前にアイシューから聞いたから、省いてもいいゾ?」
「なんだよ、人が一生懸命、説明してやってるのに…… まあ、ミミーは可愛いから許してやるけど……」
セイレーン卿が、『この親バカ、大丈夫か?』みたいな顔で俺を見ているが、ここは放っておくことにしよう。
それじゃあ、次に北西郡統治の特殊性についてでも、話してやることにするか。
旧ナカノ国には以前から『代官』という役職があったが、これは政治部門の代表する役職であり、軍事に関する権限は持っていなかった。
しかし、占領まもない北西郡においては、いついかなる時に反乱が起こるかわからないため、迅速に問題に対処出来るよう、政治・軍事を含めた強力な権限をもつ『北西郡統括代官』という役職が創設されたのだ。
いちいち中央にお伺いをたてたり、大勢の人間で相談して物事を決めたりしていると、迅速性に欠けてしまうからな。
ただし、一人の人物に権力を集中させてしまうと、その人物が敵に回った時、とても困ったことになる。
それがまさに今、という訳だ。
確か北西郡統括代官は、俺たちが作った新王朝に従わないだけではなく、北西郡の有力者たちが、俺たちがいる王都に行かないよう妨害工作を行なっているという話だったからな。
「まあ、だいたいこんな感じだ。わかったか、ミミー?」
「オウっ! よくわかったゾ! だからオニーサンはこれから、その統括代官をブッ飛ばしに行くんだゾ!」
「ちょっと待て。先走り過ぎだ、ミミー。俺としては、別にこの地域の人々が俺たちの国に属すことを拒んで、例えば独立なんてことをしたとしても、一向に構わないと思っている。
ただ、もし住民の意思に反して、北西部統括代官だけが、自分の利益のために独立を画策している…… えっと、まあなんと言うか、もし統括代官が悪い人だったら、その人には辞めてもらって、セイレーン卿に新しい統括代官になってもらうつもりなんだよ」
「……私は王都に残りたいのですが」
とても不満な様子のセイレーン卿が話に割り込んできた。
「オウっっっ! セーレーンキョーが、初めて意味のある言葉を喋ったゾ! オレっち、セイレーンキョーの口からは、ため息しか出ないのかと思ってたゾ!」
「ほれ見ろ。みんなはセイレーン卿のことを、ため息製造機ぐらいにしか思ってないぞ」
俺の言葉を聞いたセイレーン卿が、少しムッとした顔で反論を試みる。
「美を愛でるのは貴族として当然のことであり、私が漏らしていたのはため息ではなく感嘆の吐息でして——」
「ムムっっっ!!! お仕事をしない人は、お給料をもらったらダメなんだゾ? セーレーンキョーは、大人のクセにそんなことも知らないのカ? そういうのを、税金の不正使用って言うんだゾ!」
8歳のミミーに怒られる、34歳セイレーン卿。
みっともないことこの上ない。
ちびっ子ミミーに諭されたセイレーン卿、流石に頭を冷やしたようだ。
「確かに、私はここのところ全く仕事をしていませんでした。深く反省しております…… ここは潔く、陛下が先ほどおっしゃられた『人事異動』にも従います。でも、私はしがない下級貴族ですよ? そんな大役が私に務まるとは思えないのですが」
「クックック、突然偉い人になった俺の苦労が少しはわかるだろうよ」
「オウ…… オニーサンが悪い顔で笑ってるゾ……」
「というのは冗談だよ。なあ、セイレーン卿。アンタが有能な人材だってことはわかってるんだ。だから俺は、その実力に見合った仕事をして欲しいんだよ」
前回のターンでは、セイレーン卿は、おじいさん貴族のケッパーク卿と共に、クローニン侯爵の側近として後方支援を担当していた。
クローニン侯爵ほどの知名度はなかったが、それでも俺は、この二人の名前をよく聞いていたのだ。
「オウっ! オレっちもセーレーンキョーなら、絶対やってくれると思うゾ!」
「……知り合ってから、まだそんなに日が経ってないじゃないですか。なんだか親子…… じゃなくて、師弟揃って調子のいいことを言っているような——」
「ムムっ!!! オニーサンがセーレーンキョーは有能だって言ったんだから、間違いなく有能なんだゾ!!!」
「そうだ!!! それにミミーは世界一優しい少女なんだから、心からセイレーン卿を応援してくれてるんだぞ!!!」
「……お二人が似た者師弟だということが、改めてよくわかりましたよ。でも、そんな簡単に物事が運ぶのでしょうか?」
「ムムっ? オニーサンがいつもみたいに、ド派手な超級魔法を一発ブッ放したら、それでみんなは言うことを聞くと思うゾ?」
おいおい、ひょっとしてミミーは俺が超級魔法を使って、無理やりみんなに言うことを聞かせているとか、思ってないだろうな。
これは直ちに誤りを訂正する必要があるぞ。
「いいか、ミミー。俺は超級魔法を使って無理やり言うことを聞かせたことなんて…… ほんのちょっとしかないと思うんだけど…… ほら、誰かの命が危ない時とか、誰かを守らないといけない場面とか、そう言う場合は、止むに止まれず非常手段として使うというかなんと言うか……」
「お父さん、ファイト!」
「ウッセーな! セイレーン卿、ちゃちゃ入れないでくれよ!」
「こ、これは申し訳ありません、陛下。なんだか娘の情操教育に悩む若いお父さんのように思えてしまい、つい応援してしまいました」
「それはどうも、応援ありがとうございますってんだ。よし、いいかミミー、この案件については王都に帰ってからじっくり話し合うぞ。そうだ、アイシューも交えて話し合うことにしよう」
きっとアイシューなら、ミミーに上手いこと説明してくれるだろう。
それにしても、小さな子どもに、物事の良し悪しを教えるのって本当に難しいな……
「お父さん、どんまい!」
「ウッセーんだよ、セイレーン卿! ちゃちゃ入れるなって言っただろ!」
「も、申し訳ありません。娘の教育方針を家族で相談したいのに、嫁に逃げられてしまったため、困ったあげく長女の力を頼ろうとしている無力な父親のように思えてしまい、つい——」
「俺は独身だよ! 結婚したことないから、嫁に逃げられた経験もないんだよ! 悪かったな、モテない男で!!!」
「オニーサン、どんまいだゾ!!!」
ほら見ろ、ミミーが真似しちゃったじゃないか……




