「無題」
あるところに、小さな王国がありました。
領地や富はありませんが、人々は活気に溢れ、平和です。
今日は年に一度の大きなお祭りの日。通りはパレードで賑わい、周りでは人々が歌い踊る。争いとは無縁で、民たちは喧嘩一つ起こしません。
ですが、一人だけ。現状に退屈しているものがおりました。
「退屈、退屈、退屈! なんて退屈なの!」
パレードの中央、馬に引かれる大きな馬車の上から聞こえる大きな声の主はこの国のお姫様であるレイリア。民に向ける作り笑顔に疲れたのか、だらしなく背中を預けながら愚痴をこぼしています。
たいへん美しい姫として知られていますが、退屈嫌いでお城での生活に飽き飽きしていました。
「これこれ、そんなことを言わずに。あの踊りを見てごらん。とても面白いではないか」
「毎年同じもの見てもつまらない。お父様、もっと刺激的なものはない?」
「刺激なんて恐ろしい。いつも通りでいいのだ」
父である国王の言葉に、お姫様は呆れた顔を浮かべます。だからと言って、母に相談しても返ってくるのは父と同じと知っているレイリアは、どうにかしてこの退屈な日常を変えられないか、と知恵を巡らせ始めました。
―馬を繋いでいる馬車の留め具を外すのはどうかしら? でも、お父様が怪我するのは嫌だし……―
色んな考えが浮かびますが、どれも突飛なことばかり。世間知らずのお姫様には、常識的な考えなど出てきません。
ですが、一つだけ。お姫様の中に良い考えが浮かんだようです。
「お父様。別のドレスを着たい」
「おお、そうか。着てくると良い」
国王は娘の願いならば、と馬車を一旦止め。着替えを持ってくるよう、近衛兵に伝えます。しかし、期を見ていたと言わんばかりに、レイリアは父親の目を盗んで馬車から飛び降り、民衆の中へと紛れるように駆け出しました。
民衆の中を歩き続けてしばらく、少し広い路地に出た彼女は、今まで見たことのない景色に目を輝かせていました。
露店に並ぶ豚の串焼き、甘味を売る移動屋台、お城では食べられないような料理が鼻をくすぐり。大道芸人の玉乗り、動物たちのサーカスに気分が高まります。
「これは退屈しないで済むかも!」
何から食べよう、何を見よう。心臓が飛び出そうな程弾む胸。しかし、ドレスのままでは姫だと見つかってしまうかもしれない。そう考えたレイリアは、誰か服を交換してくれないかと辺りを見渡します。すると、街の外れの細道で一人寂しく物を売る年の近そうな少女を見つけました。
「ねえ」
「はい? え、ちょっ、ちょっと」
金髪に青い瞳、自分と似た容姿を持つ彼女なら代わりを務めてくれる。
お姫様は相手のことなどお構いなしに人気の少ない路地に連れ込みました。
「なんですか……?」
「ねえ、その服とこのドレス交換しない?」
「こ、こんなボロボロの服と……?」
「そう! それで、私の代わりを務めてくれない?」
「は、はあ……」
有無も言わせず、半ば強制的に納得させたレイリアは、見事服を交換することに成功します。そして、少女から何かを買ったりするのにはお金が必要だと聞いた彼女は、少女から聞いた質店で、身に着けていた宝石を全てお金に変えました。
これで楽しめる。レイリアは、ドレスやティアラを名も知らない少女に預け、遊び始めました。
日が暮れ、お祭りが終わる頃。遊び疲れたレイリアは、そろそろお姫様に戻ろうと、先程の少女を探していました。ですが、どこを探しても見つかりません。
あんな目立つドレスを着ていたらすぐに見つかるはずなのに。少し不安になりながらも、人通りの多いところに行けば分かるだろうと、表通りのパレードを見に行ったレイリアは、衝撃的な光景を目にしました。
なんと、あの少女が父親と一緒に馬車の上から手を振っているではありませんか。状況を呑み込めない彼女は、ボロボロの服のまま、馬車に近寄ります。
「ちょっと! どうして貴方がそんなところに!」
怒気を込めながら叫ぶと、ドレスを着た少女は満足そうにこう言いました。
「代わりを務めてほしいと言ったのは、そっちでしょ?」
その瞬間、レイリアは気付きました。代わりが変わりになってしまっていることに。ですが、レイリアも納得いきません。父親なら気付いてくれると、馬車の前に立ちふさがります。
「お父様!」
「な、なんだ! 娘に怪我があったらどうする!」
娘、という言葉を聞いて安心したレイリアは、国王に駆け寄ろうとします。しかし、近衛兵に追い飛ばされてしまいました。
「パレードを邪魔しおって、どういうつもりじゃ!」
「お、お父様何を言っておられるのですか! 邪魔しているのはそこの女です!」
「貴様! 姫であるレイリアに向かってそのような口の利き方をするとは何事だ! 者ども、捕らえよ!」
理解が追いつきません。娘は自分なのに、どうして。どうして追われることになるのだろう。娘は自分なのに、何で気付かないのだろう。
レイリアは、行く先も分からぬまま、逃げることしか出来ませんでした。
こうして、レイリアは一日にして、一文無しのみすぼれた少女になってしまいました。
さて。皆さまはこの物語を聞いてどう思いましたでしょうか?
悪いのは娘の変化にすら気付かぬくらい、変化を嫌う国王だったのでしょうか?
それとも、出来心で国全体を困らせたレイリアに対する罰だったのでしょうか?
真相は定かではありません。
しかし、こうも言えるかもしれません。国王は娘を見ていたのではなく、その形だけを見ていて、中身は見ていなかった、と。