第5話 同志
「あぁ、どうすりゃいいんだ。二人以上って言われてもな……」
肩を落としながら途方に暮れる曜に、
「仲間を募集されてみてはどうですか?」
ついさっき切れたばかりのお姉さんが、そこは仕事だからなのか切り替え早く、営業スマイルを取り戻して曜にそう助言する。
「仲間かー。それって案外簡単に集まるもんなのか?」
と曜がお姉さんに問うたその時――
「私はモテたいんですっ! モテるためにはダンジョンに潜らないといけないんです! 一攫千金、夢のハーレム生活っ! だから行かせてくださいっ!」
――どこかで聞いたことがあるような押し問答が聞こえてきた。
条件反射的にパッとその方向を振り向くと、
「私は男たちにちやほやされたいんです! かしずかれたいんです! たくさんの男性をひざまづかせたいのです!」
――どこかで見覚えのある少女がいて、
「だからお願いしますっ! 一人で行かせてください!」
――と真剣な眼差しで受付のお姉さんに訴えかけていた。
曜は思わず、
「おいっ! そこの少女っ! そうだ、そこのお前っ」
少女に声をかけ、
「お前の願いは?」
質問を投げかける。それに振り向いた少女は、
「モテルこと!」
「そのために必要なのは?」
「お金っ!」
「金さえあれば?」
「愛も買えるっ‼」
「――――」
「――――」
「「同志よっ‼」」
問答をしながらお互い歩みより、ガシッと熱い握手を交わす。
いつの間にか周りの喧騒は止んでおり、急に大声で問答を始めた二人に皆が注目し、そして蔑視の眼差しを送っていたのは言うまでもない。
そして。
握手をしたまま、少女は、
「これからよろしくお願いしますねっ!」
というと、曜もそれに応えて、
「ああ、よろしくなっ!」
ニヤっと笑みをつく――
「オエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェッ!」
少女が残った片方の手を口にあてがい盛大に吐き出した。比喩ではなく、物理的に吐き出したのだった。
「えっ?」
突然の少女の奇行にはてな顔を浮かべる曜だが、
「ゲボオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!」
「はっ?」
二度目の嘔吐。続けて三度目――と思ったがそんなことはなく、
「はあはあはあはあはあはあ、なんなんですか、その悪意極まりない笑みは……思い出しただけでも――オエエエエエエエエエエ」
――そんなことはあった。
落ち着いた少女は、はあはあはあと肩で息をしている。つらそうな少女に曜は、
「大丈夫か? さっきからどうしたんだよ? 俺の笑みがなんだって?」
「え、気づいていないんですか……? ……い、いえ、気づいてないなら……、な、なんでもありませんよ?」
何かを察したような少女は、何かを隠すように言葉を濁らせるのだった。
♢
晴れて仲間になった二人。
チーム名はまだ決まっていない。急造のチームなのだからそれも当然だろう。
チームのメンバーは、曜と、森のなかで行き倒れていた少女。
この度、二人の目的――欲望――が合致し、ダンジョンに潜るためにチームを組むことになったのだ。
とりあえず、一旦お互いの自己紹介をする運びとなった。
受付スペースの歯向かいにある飲みスペースもとい憩いの場にて。
いまだに周りの喧騒は止みならず、喧々囂々としている中。
一組の男女が、丸テーブル越しに、木製の丸椅子に座り、向かい合っている。
片方は、モテタイ欲求が抑えられない曜。
もう一方は、モテるためなら何もいとわないとする少女。
二人は、実は仲間になる以前に、顔見知りでもあった。
先に口火を切ったのは、笑みを作ると気持ち悪いと評判――本人は知らないが――の曜である。
「俺は曜だ。久しぶりっていうほど前のことじゃないが、久しぶりだな。改めてよろしく頼むぜ」
ごくごく普通のあいさつに対し少女は、
「ヨウ? さんですか。あの時はどうもありがとうございました。でも、本当に死んだ私の身体になにもしていないんでしょうね? 聞いた話によると、私骨だって言ってましたね? 私の骨で何かしてないでしょうねっ?」
しかし、少女の方は普通のあいさつで終わらせるつもりはないようで、
「私の骨のことです。きっと滑らかで繊細で色つやも素晴らしい、極上にそそる骨だったに違いありません。と、すれば、私の骨を見たあなたは胸の奥に秘める衝動を――」
「ちょっとまてーーーーーーいっ! 言わせておけばなんとやらだなお前は! 骨なんかに欲情するわけないだろうがっ⁉ お前のその考えが逆に怖いよ! そしてなんでそこまで自信満々なんだよっ?」
初めて会ったときのように、ぶっ飛んだことを言い始める少女に対して、憤然と鼻息を荒くする曜。
なぜか、この少女は曜のことを性欲魔人か何かと勘違いしているようだった。
確かに、……確かにこの少女は平均以下なんて言葉が似あう容姿などしていないのだが、
「いや、だって私ってこう見えて美少女じゃないですか? あれ? こう見えなくても美少女ですねっ! そうです、私は美少女なのになぜモテないんですかっ⁉」
どこか頭のネジの一本が――いや一本どころではなく何本も抜け落ちてしまっているように、奇天烈なことをいう少女であり、
「まあ、それもしょうがないですねっ! 私の故郷には男性が少なかったですし、世の中の男性の目が節穴なだけですよね。私が可愛くないなんてことありませんもん」
妙に自信過剰で、
「そしてお金さえあれば、そんなこと関係ないくらいモテますよね! 世の中の男性なんてちょろいんですからっ‼」
と。
大そう口が悪いのだ。
――モテないのはその性格と口の悪さのせいだろ、と曜は口にしたかったが、せっかく仲間を手に入れたんだからっと口をグッと噤む。
ここで、言い返してしまえば、目の前で暴言を吐き続ける少女を怒らせてしまうのは目に見えている。だって、プライドが高くて、短慮なのだから。そして頭がおかしい。
三拍子揃った少女相手にむきになってはいけない。ここは我慢我慢と、自分に言い聞かせ、
「その通りだ! お前は美少女だ! 金さえあれば世の中の男の愛なんていくらでもお前のものだろうさっ!」
ここは一先ず少女の発言をよいしょした。
また、少女の考えと言動も一部事実で、二つほど共感できるものもあった。
一部の事実は少女が美少女だということ。
だが、どうやら彼女はモテないらしかった。
なぜ? こんな美少女が世の男性からほっとかれるの? と思ったが、話していて分かった。
この少女は性格と言動が破綻している。というよりはおかしい。
ああそうか、と曜自身も納得した。
こりゃあ、俺でも勘弁だわ。話している中で曜自身思ったのだ。
例え彼女が美少女に見えてしまったとしても、こんなはた迷惑極まりない性格をしている少女はごめんであった。
これが一部の事実。
次に共感できる点だが、モテタイ。
そうこわ高々に叫ぶ少女に、曜は感動した。
ここまでも、モテルことに対して貪欲な者など今までの人生の中で一人も会ったことなどなかった。せいぜい、モテタイな~、と頭の片隅で考えているぐらいの人物しか曜が会った中ではいなかった。
だから、そのためか、曜は彼女の抑えるつもりのない心のうちから叫んでいる欲求を目の当たりにして、衝撃を受けたのだ。
自分と同じようにモテルことに人生を捧げようとするやつがこの世の中にいたのか、と。
であるから、目の前の少女に声をかけ、勧誘し、仲間となったわけである。
そして次に、お金が必要だということ。
これもまた、共感するポイント、というか、目的の一致だな。
モテるためには金が必要。金さえあれば愛も買えちゃう。
彼女の言は、世の中でどうだかは分からないが、曜の中では真実であった。
そういう理由もあって、彼女と仲間になったのだ。
それはそうと、曜のよいしょに、ふんふんと鼻息を荒くし、興奮する少女に、
「お前の名前は?」
同志よっ! と言ってから大分たっているのに――いや、初めて会ってから大分以上経っているのに、今なお知ることの無かった少女の名を問うた。
ああ、そういえば、と言った具合にきょとんとした顔をしながら、
「私の名前ですか? モイモイですよ。かわいいでしょ」
ここにきてやっと自分の名を口する。
「もい、もい?」
「いえいえ、モイモイ、です」
――カーンッ!
少女の名前を聞いた瞬間、曜の脳天に衝撃が走った。
が。
なんのことはない。
――ようよう、みたいだな。
と思っただけである。ただただ、自分の名前と少し似ていたから親近感が沸いただけの話である。
間違えないでくださいよー、と言う少女に対して、
「モイモイか。改めてよろしく頼む」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いしますね! あ、あと、間違っても私に惚れたりしないでくださいね! モテタイのはやまやまなんですけどヨウさんは私のタイプじゃないので!」
やはり、ただでは終わらない少女であるようだ。
「それだけねえよ」
そんなモイモイに、真剣に言い返すのはもちろん曜であった。
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