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始まりの書

「どうしましたっ!シャルロット……!」


裏庭に広がる畑に向かうと、畑の真ん中に麻袋片手に座り込んでいるシャルロットと、皮布の鎧を着たでかいトカゲのような生き物が睨み合っていた。


「モンスターかっ!」

「LV13のリザーガーです!シャルロット、逃げてくださいっ!」

「逃げろったって……」

気の強さは天下一品といったシャルロットも、流石に今回ばかりは怯えて動けないらしい。

「くそっ!」


ありったけのパワーを込め……たつもりになりながら銃弾を浴びせるも、リザーガーはポリポリと蚊にでも刺されたかのように銃弾が当たった場所を掻くだけで、一向に効き目がない。しかし、シャルロットから意識を逸らすには充分だったようで、細い目を更に細くし、横目で睨んで来たリザーガーは、次の瞬間20センチはあろうかという尖った爪を大きく振りかざし、こちらへと向かって来た。

「速いっ!」

(やられる……っ!)


ごめん、親父、お袋……せっかく大学まで行かせて貰ったのに、卒業も出来ずに俺は逝きます……最後の思い出が訳のわからないアトラクションで女の子にジャガイモで殴られて、訳のわからないモンスターにやられるといった後悔にまみれたものだったけど、親父やお袋の子供に生まれて幸せだったよ……親孝行出来なくてごめんな……今度もし親父達の子供として生まれ変われたなら、その時は別の名前にしてくれよ……



「おい」

「頼んだぜ……」

「おいっ」


ペシペシッと、誰かが頰を叩く。

ん?……と、閉じていた片目をゆっくりと開けると、プラチナブロンドの男が視界に飛び込んできた。

「大丈夫か? ミスターパーフェクト」

「ふぇっ?」

なんとも情け無い、声にもならない声を漏らし、俺はゆっくりと周囲を見渡した。

シュウシュウと焦げ臭い蒸気を立て、倒れているのは俺ではなくリザーガーだ。

「ど、どうなって……」

「あぁ〜! 助かりました、リュートさん!」

「リュート……?」

「よお! 久しぶりだな、マカロン…だっけか?」

「もー、またぁ! タルトですよ、タルト!」

「あ、そうだったそうだった、まあ冗談だ。しかし、厄介な事になったな」

「一体何が起こっているんでしょう……それにしてもどうしてリュートさん程の方がこのチュートリアルに?」

「その事なんだが……」


バサッ!

リュートが言葉を続けようとした矢先、任乙(ひでと)達の上に突如大きな影が覆い被さった。竜だ。

「な、な……」

任乙は最早声も出ない。

ゆっくり下降してくる竜に向かってリュートは声を掛けた。突如として竜は人へ姿を変え、リュート達の前に歩み寄った。

「遅かったな、蘇芳(すおう)

蘇芳と呼ばれた長い黒髪の女性は髪をサラリとたなびかせると、小さく不平を漏らした。

「参ったよ、突然呼び出されるんだもん。もう少しでラスボスの城に攻め込むとこだったのにさ」

「そう言うなよ、俺だって漸く伝説の祠見つけだして、探索してたところを強制召喚されたんだ」

「このお二人は当アトラクションでも手練れで名が通っているんですよ」

呆然としている俺にタルトはそっと耳打ちした。


「とにかく、話は中で。お茶でもいれますわ」

既に平静を取り戻していたシャルロットが部屋へと全員を招き入れた。




「自己紹介は後だ、まずは状況説明からいく。今、このブロックに原因、正体共に不明のエネルギー反応が確認された。当初はミスターパーフェクト始めシャルロット達が戻るのを待って…との判断だったが、あまりに強い力で磁場の歪みが漏れ出し、他の世界にも危害を与え兼ねないと言う事で、このブロックは外から隔離閉鎖された」

「閉鎖ですって⁉︎」

「とは言え、増えつつある強力なモンスター反応に、このままではチュートリアル参加者が危険という事で、私達が呼び出されたのさ。あんた達の救助の為にね」

リュートの説明に驚愕して椅子から立ち上がり声を上げたタルトの両肩を、落ち着けとばかりに抑えて、蘇芳が座らせた。

「なら、さっさと戻りましょうよ!どうして閉鎖なんか!」

「この世界に溢れ出した強力なエネルギーは既に膨張を始め、扉がその圧に歪んでしまったんだ。このまま放置すると、この世界が爆発するのは勿論、他の世界まで巻き添えにしてしまう。扉を開けた瞬間抑えつけられたエネルギーが暴発するんだ。だから、本来は救助だけがミッションだったんだが、原因不明と問題解決まで俺達に託されたって訳。せめてエネルギーの圧を弱める事が出来れば扉も開けられるんだが…」

「でも、出来るんですか……?そんな事……。幾ら貴方達が強くても、実質2人ですよ……。ミスターパーフェクトは今日がチュートリアル初参加で戦力にはなりません。私とシャルロットにしても、戦士では無いですし…」

「確かに、今の状況はかなり厳しい。だからこそ早くレベルを上げるんだ、ミスターパーフェクトは勿論、タルトも、シャルロットも」

「私達も……って、それはどういう……?」

「シャルロット、武器と装備のアイテム箱、見てごらん」

戸惑うシャルロットに蘇芳が意味ありげに微笑んで促した。


部屋の片隅にある銅製のアイテム箱を確認したシャルロットは小さく声を上げた。

「これは……魔導師の装備に杖、これは召喚士の装備とロット……まさか」

「本部の受付で勝手にあんた達2人を仲間として登録させて貰ったのさ。今日は参加している勇者達が他にいない上に急を要する事態だったからね。それに、私達はまだここへ来れたけど、扉を閉鎖された今、もう他の勇者を呼び寄せる手段も絶たれたし」

「圧さえ抑えられたなら、扉を開く事も可能だ。それまでをなんとかこの5人で乗り切らなきゃならない、わかるよな?」

「迷っている暇はなさそうですね…」

リュートの問いかけに目に力を込めて、タルトは頷いた。



「よし、当面はここを拠点にこの周辺のモンスターを相手にレベルを上げる事に専念しよう。まあ、心配しなくても俺と蘇芳がいればLV20ぐらいまでなら楽に上がるだろう。ところでミスターパーフェクト……」

「その呼び方、やめて貰えます?…と、いうかどうしてその呼び方……」

「どうしても何も……お前、超有名人だぜ?登録したその日にデッカい声で『俺は完璧だ!』とか宣言したって」

「なんすか、それ……」



噂なんて本当にあてにならない。

いや、なんていうか真実数パーセントに対して尾ひれが数十パーセントで構成されているというのか。

確かに『俺は完璧(という名前)です!』とは言った。言ったさ、確かに。けれど、『勇者として完璧だぜ、任せとけ!』なんてニュアンスを含めたつもりなど、ただの1パーセントだってありはしない。なのに……


はぁ〜……と、わざとらしく肩から大きく溜息をひとつついて、俺は頭を下げた。

「ひでと……って、呼んでください」


こうして、俺たち5人の即席パーティは生まれた。


リュートはレベル61の魔導騎士、魔法と剣術に長けたバランス型だ。蘇芳はレベル59の竜騎士で、龍を使役したり、龍化して戦う事も出来るらしい。シャルロットは魔導師として登録された。主に治癒等の白魔法をメインに覚えていく。タルトは召喚士で、精霊と契約し、その力を借りて戦う。シャルロット同様、後方配置型だ。

「よし、それぞれの役割はわかったな。とにかく何はともあれレベルを上げなきゃここから先は話にならん。行くぞ」

ざっと自己紹介と能力を確認すると、リュートは立ち上がった。


チュートリアルのはずだった。

お遊びのはずだった。

一寸先は闇とは良く言ったものだが、踏み込んで戻れない以上進むしか無いじゃないか。


今この時から、俺の終わりの見えない冒険の書は本格的にスタートしてしまった。


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