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〜チュートリアル〜

「とうちゃ~っく!」


 ドサッ!

 吸い込まれたサイズと同じサイズの扉から「ペッ」と吐き出されたように俺の体は地面に叩きつけられた。

「いてっ!テテテ……なんなんだよ、もう……」

 思いっきりぶつけた尻を擦りながら、顔をあげるとそこは先ほどとは打って変わって広々とした草原だった。後ろを振り返ると先ほどの扉はいつの間にか消えて、代わりに一軒の山小屋が不自然にポツンと建っている。いかにもだ。いかにも過ぎる。


「な~んか、よくあるよな、こういうスタート。だいたいここで話聞いて、なんか集めたり退治する依頼を受けるんだろ?」

「よくご存じで!」

 アルプスの少女なんちゃらに出て来そうな山小屋の周囲にはそこそこに広い畑があり、見たこともない花が沢山咲いていた。

「これ、なんだ?」

 花の根元に綺麗な丸い1cmにも満たない小石のようなものが落ちており、俺は興味本位にそれを数粒拾ってみた。小石だろうか? 無意識にそれをポケットに突っ込むと徐に立ち上がり周りを見渡してみる。畑と山小屋の間には農機具を収納するような小ぶりの物置、その横には水瓶のようなものと木箱がいくつか並んでいる。俺は周辺をとりあえず見て回り、その中で一見して他のとは違い、簡易の留め具がついた木箱に手を伸ばした。

「お、こういうわざわざ置かれたツボとか箱の中に武器や薬草が……」

「うりゃ!」

 ボカッ!

「いってぇぇぇ!」


 外に目立つように置かれたその木箱の蓋を開け、中を覗き込んだ瞬間、何かで思いっきり頭を殴られた。

「何すんだよっ! いきなりっ!」

 頭を抱えながら振り返ると14~5歳ぐらいの少女がこちらを目一杯睨んでいる。栗色の肩を少し超える長さの髪は両サイドだけ細い三つ編みで目の色はエメラルドグリーン、ミルクチョコレート色のワンピースのスカートはふわりと膨らんでおり、サーモンピンクのメイドエプロンを纏った愛らしい少女の手には不織布で出来たベージュの袋。

 見た目だけなら可愛いのに!

「それはこっちのセリフよっ! この泥棒!」

「泥棒だぁ~!? 」

 言い返そうとしてハタと我に返った。確かにこの状況、不法侵入に盗難未遂……。

「おいっ、これ体験アトラクションのチュートリアルだよな?」

「ですよ」

 小声でタルトに確認する。

「俺、なんか間違えた?」

「ええ、基本的にチュートリアルは『受け身』でお願いします」

「そういうことね……」

 どうやら勝手に動き回らずに、相手の出方を待てと、そういうことらしい。突如大人しくなった俺に少女は呆れたように言い放った。

「普通よそ様の家に無断で入って物色しないでしょぉ? いくら体感アトラクションとはいえもうちょっと良識持って行動して欲しいわ。いるのよね~説明も聞かず説明書も読まずとりあえずやってみちゃえ~って奴」

「ぐっ……」

当たっているだけに言い返せない俺は変わりの質問を投げかけた。

「あの、つかぬ事をお伺いしますが、その袋の中身は……?」

「これ? ああ、じゃがいもよ」

「じゃが……」

なるほど、じゃがいもの入った袋を思いっきり頭の上に振り下ろしてくれたのか。どうりでこの小柄な少女が放った一撃にしてはなかなかの衝撃だったわけだ。突然じゃがいも入りの袋を振り下ろすのは良識的な行動なのかと一瞬言い返しそうになったが、どう考えても自分の方に分が無いのは明らかなので俺はその言葉を飲み込んだ。


「で、この人が今回の新人勇者ね。」

 クルリっとタルトの方に向き直って彼女は尋ねた。

「そだよー、よろしくね。彼女はシャルロット、この世界のヘルパーだよ。わからないことは彼女が説明してくれるから、ちゃんと聞くように(じゃなきゃ、またジャガイモ攻撃食らうよ)」

「わ、わかった」

小声でアドバイスしてくるタルトに、被害者が俺だけではない事を暗に知る。とりあえずこの少女には逆らわないでおこう……ってか、俺って客じゃなかったっけ?でも、そういや入場料も払ってないし、イマイチここのシステムがわからん。

「聞いてるー?」

「え! あ、いや……すんません、考え事してました……」

「全く!お遊びだと思ってテキトーに聞いてたら怪我するよっ! いい? 最初からいくよ? ここは始まりの村。君には1つのミッションをクリアして貰うよ。この小瓶に『女神の雫』を入れて来て欲しいんだ。うちは代々『祈りの種』を栽培している家系なんだけど、『祈りの種』を育てるには『女神の雫』が必要なの。それが切れちゃって。本当なら自分で行きたいんだけど、そこに行くまでの道中に最近魔物が現れるようになったんだ。そこで、君にその魔物を倒し、『女神の雫』を持って帰って貰いたいというわけ」

 なるほど、この畑に咲いている花がどうやら『祈りの種』になるらしい。

「女神の雫って……どこに行けば手に入るんだ?」

「この先の森を抜けると湖があるわ。その湖のほとりに真珠色に輝く花が咲いているの。その花に溜まった雫が『女神の雫』よ。道中危険だから回復薬と幻影の守りを渡しておくわね。回復薬はまんま、飲めば体力や傷が回復する薬、幻影の守りは敵に向かって投げると暫くの間君たちの幻影が現れて魔物の注意を引いてくれるの。その隙に逃げる事が出来るわ」

「よっしゃ、じゃあいっちょ行ってくるか」

「お待ちなさいっ!」

 ボカッ!

「……いってぇぇ! なんで殴るんだよっ」

「人の話は最後まで聞かないと怪我するわよっ」

「魔物にやられる前にお前にやられるわっ!」

 再び振り下ろされたじゃがいもに俺は涙目で訴えた。なんとなく情けない。

「素手で魔物と戦いたいなら止めはしないけどぉ?」

「いやっ、それは……」

「あ~お手柔らかにお願いしますよ、シャルロット。ただでさえ、このチュートリアルクリア後の勇者は再訪率が悪いんですから」

 言い返せない俺を気の毒に思ったのかタルトが助け舟を出してきた。しかし、その口から出た内容に、俺は会ったこともない他の体験者に同調と同情をせざるを得ない。わかるぞ、その気持ち!

「とにかく、道中危険だからこの銃をあげるわ。まあ、最初は気休め程度の威力しかないけれど、レベルが上がれば威力も増してくるから。弾の補充はしなくても無制限に出るからその点は安心してね」

 そういって渡された銃を手にすると、急に本当に自分が勇者になった気がしてくるから不思議だ。こうして俺はシャルロットに見送られ、『女神の雫』を手にすべく始まりの村を後にした。



 15分ほど歩いただろうか、俺は話に聞いていた森に平和に到着し、湖のほとりに何事もなく立っていた。真珠色に輝く花をいとも簡単に見つけ、その花に溜まった雫を小瓶に移す。

「なあ、こんなもんでいいのか? チュートリアルって」

 ふと頭に過った疑問をタルトにぶつけてみた。

「おかしいですねぇ? 本来ならばここに到着するまでに3体の魔物が出現するはずで、女神の雫を手にする前に、チュートリアルのボスが出現するはずなんですが……」

 タルトも不思議だとばかりに腕組みし首を捻っている。こんなにもつつがなく平和に物事が運ぶチュートリアルなどあるわけがない。とりあえず一度ぐらいは武器だの魔法だの使うシーンがあってもいいはずだ。

 

ビーッビーッビーッ……!!

「な、何?」

 突如鳴り響く警報音に俺は体を強張らせた。

『エマージェンシー! エマージェンシー! A-3ブロックチュートリアルにおいて原因不明のトラブルが発生しました。ご利用中の勇者様は今すぐお戻りください! 繰り返します……』

「Aー3ブロックって……」

「嫌な予感って当たるもんですよ」

「やっぱりここか!」

「何が起こったんですかね……とにかく急いで戻りましょう」


本来出てくるはずの魔物と遭遇する事もなくチュートリアルをクリア出来たことを考えても、きっとプログラミングに問題でも発生したのだろう。取るに足りないバグだろうが、アトラクションのハラハラドキドキといった胸踊る世界観を楽しむどころか、ただキャストにジャガイモで殴られて終わりなどクレームものだ。

兎にも角にも俺とタルトは元来た道を戻る事にした。

あと少しで森を抜ける。草木の数が疎らになり、少し奥に小高い丘へと続く道が見えて来た時に俺は口を開いた。

「なあ、こういう事って結構あるのか?」

「とんでもない、初めてですよ!当社のアトラクションに限ってこんな!」

「こんな事が起きてるよな?実際」

「ぐっ……!」

返す言葉もないと口をつぐんだタルトだったが、突然大声をあげた。

「来ますっ!」

「え……な……?」

『何が?』と最後まで聞き返す言葉を吐き出す前に、俺の身体は衝撃で横に吹っ飛んだ。タルトが突き飛ばしたのだ。

「いってぇ……ったく、今日何回目だよ……ってか急に何すんだよっ」

「何じゃないですよ、感謝して欲しいですね。お出ましですよ」

「え……?お出まし……うわっ!」

目の前には直径1メートル程の赤く丸い物体がブヨンブヨンと小刻みに震えている。

「もしかして、モンスター?」

「もしかしなくてもそうです。レッドブヨン、ゼリー状の体液を飛ばしてきます」

「弱そ〜……」

「見た目で判断してはいけません!」

ビシュッ‼︎


身体すれすれに飛ばされた液体はすぐ後ろの木に当たり、それをいとも簡単に倒壊させた。

「マジ?」

「見た目あんなのですが、なかなかの威力を持っています……ただし」

「うわぁっ、来るな〜!」

俺は必死に武器の拳銃をモンスター目掛けて乱射した。すると、シュウゥゥ……と、いう情けない音と共にモンスターは突然姿を消した。

「……へ?」

「ただし、LV1のモンスターなので、防御力はカス程にしかありません。一撃で倒せます」

「先にそれを言ってくれ……でも、酷いなこの武器、どう見ても威力が弱い。下手すりゃBB弾の方が殺傷能力あるんじゃね?まあ、この程度の敵なら楽勝だけどさ」

全身の疲れが抜けて、俺はその場にしゃがみ込んだ。

「そうですね、ですが……」

「なんだよ、まだ何かあんのか?勿体ぶらずに言う事あるならさっさと言ってくれ」

「今、我々の後方に現れたモンスターはLV15……このチュートリアルに出て来るはずのないモンスターです……到底、ミスターパーフェクトの今の武器では太刀打ち出来ません……」

「だから、その呼び方やめろって……」

タルトの言葉に冷たい汗が一筋背中を流れた。

ガサッと草を踏む気配に、俺はポケットに手を突っ込んだ。

「いちにのさんで、前方に猛ダッシュ行くぞ」

俺の行動の意図をいち早く察し、タルトは頷いた。

「了解です」

「いち…」

「にの…」

「さんっ‼︎」

言い終わると同時に俺はポケットの中で握りしめていた幻影の守りを取り出し、後方のモンスターに投げつけてタルトと共に走り出した。モンスターはどうやら幻影に惑わされているらしく、誰もいない空に向かって攻撃をしかけている。一目散にその場を離れ、全速力で走り続けた俺達は、幸い、そこから先はモンスターに遭遇する事なく無事にシャルロットの小屋まで辿り着いた。


「シャルロット!シャルロット!」

玄関を潜るなり、タルトが大声でシャルロットの名を叫んだ。

「シャルロット!何処ですか⁉︎ チュートリアルは中止です、扉を解放してください!シャルロット!」

「何度も呼ばなくても聞こえてるわよっ、バカタルト!そんな事より早くっ……キャーッ‼︎」

庭の裏手側からシャルロットの叫び声が聞こえ、俺とタルトは目を合わせ、すぐさま庭へと飛び出した。




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