第一章 ~俺、完璧ですっ!~
こういった系統の話は初挑戦ですが、よろしくお願いします。
「どうぞ~」
自宅の最寄り駅、改札へ向かうまでのわずかな距離数か所で、きれいなお姉さんがチラシやティッシュを配っている。俺はその中でティッシュだけを受け取ると急いでホームへと向かった。発車まであと1分のところでなんとか階段を駆け上がり飛び乗った電車の手すりを掴んだ俺は、やっと一息ついた。
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
「ふわぁぁぁ~」
大きくひとつ欠伸をして、俺は見るともなしに窓の外の景色を見ていた。月曜の朝は何故こんなに憂鬱なのか。右を見ても左を見ても座席に座っている人を見ても、どことなく疲労の色を抱えているように見える。気が付くと大学生活も既に1年と数か月が過ぎ
、まだ早い気もするが進路の話題がポツポツと聞こえるようになってきた。
(進路たってなぁ……)
な~んも考えてねー……と、いうのが正直なところで、特に何になりたいもなく、興味がある事もなく、ただなんとなく大学に通っている身としては本当に毎日が無駄に過ぎて行っている気がしてならない。
(なんか人生観変わる事ね―かな……金があったら海外旅行でも行けば……)
突如窓に映った自分の姿。電車がトンネルに入ったらしい。
(あれ? 俺の顔……)
小さな違和感を抱えながらその違和感の正体を探ろうとしたが、すぐに明るくなった景色と到着のアナウンスに、俺の意識は逸れた。
「どうぞー」
大学へ続く最寄りの駅を出た所でも、何かの制服かコスプレかといった格好で、小柄な女の人がボールペンを配っていた。
一人暮らしの大学生にとって、こういう無料で貰えるティッシュや試供品って結構有り難かったりする。興味ない振りしながらも、内心『今日はラッキー』なんて思いつつ、差し出されたボールペンをリュックのポケットに突っ込んで俺は大学へと向かった。
「まじかよ……今日取ってたのこの講義だけなのに」
片道1時間以上かけて来てんだぞ、時間と交通費返せ。定期だけど。
掲示板に貼り出された達筆な漢字二文字を見つめて、俺は呆然とした。
「ラウンジでも行ってコーヒーでも飲むか」
1日休みになったのだから喜ぶべきところなのかもしれないが、早起きが苦手な自分としてはゆっくり寝坊出来た時間が台無しになった事が少々悔しい。
「なあ、知ってる? 新しく出来たビルの地下1階に期間限定で新しい体験アトラクションが出来たって話!」
「知ってる知ってる! でもさ、いつ行っても満員か今日は終了しましたって看板出てるんだろ? 俺の友達も何人か行ったけどみんな撃沈だと」
『休講』の文字を目の端に入れながら、偶然後ろを通りかかった学生の話声を聞くともなしに聞いていた俺は、突如思い立って本日の予定を変更した。行き先をラウンジから駅前に新しく出来たビルの地下1階へと。
10時開店のそのビルに到着したのは10時を僅か15分過ぎた程度。なのに地下へ続く階段から上がって来た数人とすれ違う度にその口から漏れ聞える言葉は『残念』『またか』『いつになったら入れるんだろうな』といった嘆息混じりのものばかりだった。
(こっちも無駄足かよ……)
どうやら察するに、新しく出来た体験アトラクションは今から向かった所で入場出来ないという事らしい。とはいえ、ここまで来たのに階段途中で回れ右するのもなんだか癪で、俺は外観だけでも見てみるかとそのまま地下へと足を進めた。
地下に降りるとすぐに『期間限定! 最新体験型アトラクション →』と、看板が設置されている。その矢印に従って右へ行き、左へ行き…と、素直に歩を進めていた俺は、突如足を止めた。
「なめてんのか」
目の前に出ている看板を見て、俺はその看板に向かってポツリと呟いた。
『期間限定! 最新体験型アトラクション ← ↑ →』
これはどう捉えるべきだ? 入り口が3ヶ所あるというのか、ふざけているのか。とにかく見えない入り口へと続く通路に目を向けるが、何故か何処にも人影がない。ましてや物音一つ聞こえないとはどういう事だろう。
「しゃーねーな、とにかくこっちに行ってみるか」
たかが外観を一目見るだけなのに、なんでこんなに手間取っているんだろうと思いながらも百メートルほど進んだ頃だろうか、角を曲がった瞬間、突然そいつは現れた。
「おっめでとうございまーす!」
「うわっ!」
「ようこそ! 最新体験型アトラクションへ!」
「へ? ここ入口?」
「はーい、ここがたったひとつ、当アトラクションへと続く入口でございまーす! 申し遅れました、私、当アトラクション初参加の方のナビを務めさせていただきます、タルトと申します、以後お見知りおきを~!」
テンション高い『タルト』と名乗るそいつは、朝方ボールペンを配っていたその女だった。
「ささ、それではどうぞ、この扉の中へ!」
タルトは腕を扉に向かってサッと伸ばし、俺が扉を開けるのを待った。
「え?」
「え? ……どしました?」
「なんで?」
「なにがです?」
「いや、だって満員なんじゃ……」
「誰がそんな事言いました?」
「誰がって、ここから戻って来てすれ違って行った奴が……入れなかったみたいだし」
「ああ、ハズレの方!」
「ハズレ?」
「です!」
……意味が分からん。眉間に皺を寄せて微動だにしない俺に、タルトは「ああ!」と何か納得したように頷いて説明を始めた。
「えとですね、このアトラクションは『あたり』のクジを持った方しかもともと入れないんですよ。あたりのクジをお持ちの方にはこのアトラクションへと続く看板が、お持ちでない方には『満員』の文字が書かれた看板が見える様になっているんです」
「でも、俺あたりクジなんて」
「お持ちじゃないですか、そこに」
「え? どこ?」
「そこ、そのリュックのポケット」
「リュックのポケ……まさか、このボールペン?」
俺は、今朝無料配布されていたボールペンを手に取って見せた。
「そうです、そのボールペンに書いてあるでしょう?『ATARI』って」
よくよく見てみると、確かにボールペンには小さな文字で『ATARI』と刻まれていた。
(メーカーの名前かと思ってた……)
「ご納得いただけましたか? では、気を取り直して今一度、さあどうぞ!」
「ちょい待って! もう一つだけ! もう一つだけ聞いてもいいか?」
「もう、なんですかぁ?」
明らかに面倒くさいといった表情を浮かべながらタルトは質問を待った。
「ここに来る直前に矢印が三つ書かれた看板があったけど、他の二つを選んだらどうなってたんだ?」
「全部ここに繋がってまーす!」
ブチッ。
俺の中で何かが切れた音がした。
なんにしても、多分なかなか入る事すら困難だろうアトラクションに入れるのはラッキーとしか言いようがない。講義が突然休講になったのも神様の思し召しだ。このチャンスを楽しまなくてどうする。そう自分に言い聞かせ、俺は小さく深呼吸するとアトラクションへと続く扉に手を掛けた。
数歩中に入ると後ろで扉が閉まる音がして、辺りは真っ暗になった。ポウッとオレンジ色の明かりが目の前に浮かび上がったかと思うと、その先に重厚な扉の存在が確認出来た。
「奥にある扉へと進んでくださーい」
どこからともなくタルトの声が聞こえた。俺は足元に気を付けながらでかく重そうなその扉を開けた。
「これは……!」
突然目の前が明るくなったかと思うと、円筒型の巨大な劇場ロビーのような広い空間と、その中央に円形に囲まれた受付のような場所。何階建てなのか室内であるにも関わらず天井が見えなくて予測がつかない。不思議なのは然程人の姿がないというのに、あちこちからザワザワと人の気配がする事だ。ここまで人数が少なくて広い空間となると少々の音でも響きそうなもので、自分の声ですらも潜めてしまいそうになるのだが、そんな気遣いは不要に思える。ふと視線を上げると、あちこちに小ぶりな扉や本やDVD、パソコンのモニターのようなものが浮かんでいた。
「重力を無視してるな」
一体どういう仕掛けになっているんだ? と、感心していると、どこからともなくアナウンスが流れてきた。
『ようこそ、ここは勇者登録所でございます。まずは皆様方のナビゲーションに従ってチュートリアルを完了してください』
「勇者登録所?」
「ようこそお越しくださいました。本日は初めてのご来場でしょうか?」
アナウンスに戸惑っている俺に、目の前の受付で作業していたうちの一人が声を掛けて来た。
「あ、はい」
「ではこちらの用紙にあなた様のお名前、ご使用になりたい武器、職業、特殊能力を2つご記入ください。オリジナルの武器を使用したい場合には簡単でも結構ですのでデザイン画もお願い致します。ただし、どんなに素晴らしい武器、能力に関しましても最初はレベル1からのスタートとなりますのでご了承ください。なお、高度な技や能力に関しましてはこちらにてランダムにイベントをご用意し、それをクリアして後にのみ付帯させていただきます。初心者の方には既存の武器をおススメしておりますが強制ではございません。条件付きではございますが登録後も変更は可能です。こちらに登録された内容であなた様には勇者としてミッションをクリアしていただきます。ご記入にはお手持ちのボールペンをお使いください。ご登録終了後、まずは簡単なチュートリアルをクリアしていただき、その後はここに登録されている他の方とパーティを組んでお好きなミッションに参加していただけます。詳しい説明はこの世界に慣れてから随時付け加えさせていただきます」
「へえ……そういうアトラクションなんだ」
結構面白そうだけどなかなか面倒くさそうだな、時間もかかりそうだし。今日は登録とチュートリアルだけで様子見だな。俺は用紙に必要事項を記入しながらそんなことを考えていた。
「では、お預かりしますね。武器は銃タイプですね。職業は大学生、特殊能力は治癒と瞬間移動ですね」
カタカタと慣れた素早さでキーボードを叩きながら受付の人は俺の情報を入力していく。
「こちら……完璧でよろしいですか?」
「完璧です」
「……完璧なんですか?」
「完璧ですよ」
「自信満々だねー。登録済んだ~? 終わったならチュートリアルに出発だよー」
横からヒョコっとタルトが顔を覗き込んできた。
「別に自信満々じゃねーよ、もうすぐじゃねーかな?」
「……本名である必要はありませんが、本当にこのままでよろしいですか?」
「いや、だから」
明らかに戸惑う受付に、他の手の空いたスタッフが寄ってきて用紙を覗き込んだ。
「どうかしたの……あら~! お客様凄い自信ですね! 『完璧任せて』なんて!」
「いや、だから俺っ、完璧ですっ!」
ひときわ大きな二人の声に、ざわついた空間が一瞬シン……と静まり、別の意味でざわつき始めた。
「(凄い自信ね)」
「(レベル高いのかな)」
「(自分の事を完璧ってどんだけの自信だよ)」
「いやぁ、君と出かけるのが楽しみ! 期待してるよ~、ミスターパーフェクト!」
「いや、だからそうじゃなくて……」
どこまでも楽しそうなタルトのにこやかさと、周囲の冷めた視線のギャップが痛くて居たたまれない。
「では、登録は完了です。それではミスターパーフェクト、チュートリアルへ行ってらっしゃい!」
「誰がミスターパー……」
「よっしゃー!いっくよー!」
最後まで言わせろよ! ……というこちらの気分はお構いなしに、登録完了の声と共にタルトが俺の手首を掴むと俺の体は宙に浮いた。
「へ? ふぇ!? な、何!?」
水中を不格好に泳ぐように、空中で身体をバタつかせる俺に刺さる失笑の視線。
今までこの名前でずっと揶揄われてきたが、今日ほど先祖と親を恨んだ日はないかもしれない。
『 完 璧 任 乙 』
そして、何より俺自身の字の汚さを……。
何処でもいいからこの場から消えたい。そう思うと同時に俺の体は1つの小さな扉の中に吸い込まれていった。