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初夏千秋  作者: 鳴海 千織
8/16

冷たい炎が灯るとき

――5月17日(火) 午後22時07分 秋良家・美月の部屋――



――――――――――――――――――――――――――――――

Date:2009/05/17 22:06

――――――――――――――――――――――――――――――

From:藤真 美奈

――――――――――――――――――――――――――――――

Subject:千早と別れてくれる?

――――――――――――――――――――――――――――――


      -END-

――――――――――――――――――――――――――――――



 そのメールは本文を省き、表題のみを記載するというシンプルな物であった。

 単純であるが故に言い知れぬ迫力を秘めたそのメールは、美奈を知っている物であればある程、その効力を発揮するだろう。


 しかし、秋良がこのメールを見て抱いた感情は畏怖ではなく、美奈に対しての深い怒りであった。


「別れる?」


(誰が?誰と?)


 自問自答する秋良。


(ボクと千早が別れる?)


(別れてどうなる?)


「……決まってる」


(美奈が)

 

 秋良の脳裏に、再びあのキスシーンが浮かんだ。


「美奈ちゃんが、千早と」


(付き合う)


 そんなこと。

 決して、断じて、絶対に、全く以て。


 許せないに決まっている。


(嫌だ)


 在りし日、秋良に微笑んだ千早。

 確かに秋良に向けられていた想い人の笑みは、しかし今、秋良がいたはずの場所に突如現れた美奈に対して注がれていた。


(嫌だ)


 美奈に微笑む千早。

 満足そうに笑い返す美奈。

 そんな二人を、遠く、暗い所から呆然と見ている秋良。


(嫌だ)


 そして。

 燃えるような夕焼けに照らされた部屋で、静かに唇を重ねていた二人。


「……嫌だ!!」


 幾度繰り返したかわからないキスシーンが、再び秋良の脳裏に再生された瞬間。

 秋良は、叫んでいた。

 

 それは、意図して吐き出された言葉ではない。

 反射的に紡ぎ出された言葉であり、心からの想いだ。

 秋良自身、初めての経験であり、それは言わば魂の叫びであった。


「はっ……! はっ……!」


 喉に焼けるような、ジリジリとした熱を感じながら、秋良は浅い呼吸を繰り返す。

 部屋の中には、秋良の呼吸音だけが嫌に大きく響いている。


 その響きが鳴り止まないうちに、秋良は携帯電話を手に取ると、自身の想いをキーに叩きつけた。



――――――――――――――――――――――――――――――

Date:2009/05/17 22:10

――――――――――――――――――――――――――――――

From:秋良 美月

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Subject:Re:千早と別れてくれる?

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 千早は渡さないし別れない

 私から千早を奪う気なら美奈ちゃんでも許さない

 


      -END-

――――――――――――――――――――――――――――――



「絶対に、渡さない」


 メールを送信した後、秋良が自分に言い聞かせるように口にした言葉。

 それは湖面のように静かで冷静なトーンであったが、その実、燃えたぎるような怒りを孕んだ声でもあった。


 その日、それ以上美奈からの返信はなく、メールでの衝突は一旦の収束を迎えた。

 窓から覗く月はとても穏やかで、柔らかな夜風は秋良の頬を撫でるように吹いている。

 それはまるで、嵐の前の静けさに似た仮初の安寧を運んできた。

 

 明日、美奈とは直接対決はなしをすることになるだろう。

 普段であれば若干以上の引け目を感じる場面であろうが、生憎と今の秋良には撤退の目はなかった。

 

 いつもの秋良のように考えを口にするだけではなく、かと言って美奈のように矢鱈滅多にがなり散らすのでもない。

 冷静に、静かに。

 唯々、怒るのだ。


 明日、美奈の要求はなしを聞き、その上で。


(正面から叩き潰してやる)


 秋良は、静かに燃えていた。

 青い炎のように、穏やかだが確かな熱を宿して。

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