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初夏千秋  作者: 鳴海 千織
2/16

誰が手に主役は輝く

 ――5月14日(土) 午前7時7分 神宮寺高校・玄関――

 

「ところでさ」

 下駄箱で中履きに履き替えながら、千早に声をかける。


「はい」

「今度の舞台、配役はもう決まってるの?」

「一応、ですけれど」

 千早は中履きの踵をトントンと整えながら、やや沈んだトーンで答える。

 

「なんだ、決まってるなら早く発表しちゃえばいいのに」

 靴を仕舞いながら、千早に提案する。

 

「それは……」

 珍しく千早が口ごもる。

 

「まだ、もう少し考えてからの方が良いかと思って」

 千早の返事は煮え切らない。

 

藤間ふじま先輩も新人くん達も、みんな気になってるみたいだよ。しゅ・や・く」

 長い廊下を並んで歩きながら、配役戦争の機運を見せ始めた部員の様子をそれとなく伝えてみる。

 

「だからこそ、言いにくいんですよ」

「なんでさ?」

 

 千早が立ち止まり、ふ、と一つ息を吐いた。

 ボクはそれに気づいて後ろを振り返る。


 と、千早は何か覚悟したような表情で。

「今度の舞台、主役は秋良で考えています」


「は?」


 唐突だった。

 一時、時間が止まった。


(シュヤク ハ アキラ デ カンガエテ イマス ……??)


 ややあって、千早の言葉の意味が追いついてくる。

「……え?」

 

「今度の舞台の主役は秋良、あなたです」

「いや聞こえたよ」

 ボクが聞き漏らしたと思ったのだろうか、千早が言葉を重ねてくる。

 

「でもさ、主役って女の子でしょ? 他の子にした方が良いって」

「いいえ。秋良が良いんです。秋良じゃなきゃ、駄目なんです」

 千早にしては強い口調で、畳み掛けるように言葉が続く。

 

「今回って男役無いんだっけ? メインじゃなくたって、村人Aでも道具屋の店員でも……」

 何とか男役を貰うべく、カバンの中から作りかけの仮台本を取り出そうとする、が。

「主役は秋良。これはもう決まりです。」

 確認する前に千早に一蹴されてしまった。

 

「ボクに姫騎士の役なんて無理だって」

 そうだ。

 今回の主役は戦争に明け暮れる世界の、その大国の王の一人娘。

 ボクのイメージでは、姫なんてとても似合わない。

 

「無理じゃないですよ。今回の台本、主役はずっと、秋良のイメージで書いていたんですから」

「主役って、たしか衣装も……その、鎧はともかく、ドレスなんて着れないよ」


 劇の前半は戦のシーンがメインとなるため、自然、鎧を着ることになる。

 しかし後半は、隣国との和平が成立し、平和になった世界が舞台だ。

 従って、リボンやフリルの付いた可愛らしい服や、舞踏会用のドレスなど、女性を感じさせる服装が多く登場する。


「ボクには無理だ。似合わないって」

 本当に、心からそう思った。

 

「姫騎士もまさにその気持ちなんです。『自分には綺麗なドレスなんて着れない。ずっと戦いに身を投じてきた自分には、鎧の無骨さの方が似合っている』って。今の秋良と同じです。だからこそ、秋良に演じてほしいんです! この姫騎士を!!」

 

 会話するうちに千早の弁にも熱が入る。

(これはもう、諦めるしかないかもしれない)と、脳裏に諦めの色が浮かんだその次に。


「それにですね、主役だけはもう衣装も発注してあるんですよ。もちろん秋良の採寸で」と千早がダメ押しをかけた。


「はぁ……」恐れ入った。

「こう」と決めた時の千早は考えを曲げないのみならず、その行動も迅速だった。

(腹を括るしかなさそうだ……)


「……どうしてもやらなきゃ駄目?」

 千早の答えはわかっている。

 それでも聞かなければいけない時がある。

 (今がその時だ!)


「だ・め♪」

 ボクの決意は、はたして千早の放ったたった二文字で玉砕された。


「わかった。主役はありがたく戴くよ。……気乗りしないけど」

「そう言ってくれると思ってましたよ、秋良♪」


 舌戦を制した千早はとても満足気な様子で、ボクに満面の笑みを向けていた。

 一方のボクは、部員たちへの配役発表と、どうしても主役が欲しい少女たちへの説明をどうしたものかとしばし思案し、そして、頭の奥の方に鈍い痛みを感じたので、一旦考えるのを止めた。


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