元彼。
美奈子はしぶしぶと後ろに隠した写真を差し出す。
「前脚がこの写真の上に置いてあったの…。」
「…どういう、こと?」
写真をまじまじと見つめて、智が声を発した。
「高校生の頃、年下の子と付き合っていたって話したことあるでしょ?その当時の写真なの。」
うつむいて答える。過去のこととはいえ、見られたいものではない。
「確か、俺と同じ高校の奴だったよな?」
美奈子は黙ったまま頷く。智とは社内結婚なのだが、偶然にも、接点はないが洋司と智は同じ高校だったのだ。
「…ずいぶん前のことだったんじゃねーのか!」
写真に動揺して、智は思わず声を荒げる。
「別れてから10年近くになる…。」
「じゃあ、どうして今更?おかしいだろ!」
美奈子も動揺しているが、智はもっと動揺している。美奈子にだって過去があって当然だ。しかし、こんな写真を見せ付けられたら平静な気持ちでいられないのも仕方ない。
「わからないよ…。」
「そいつとは、キチンと別れたんだろ?違うのか?」
智は思わず、美奈子の両肩を揺さぶる。
「別れたよ。ハッキリと。それっきり連絡も取ってない。」
美奈子は涙ぐんで潔白を訴える。
「だったら、どうして!」
「わからないよ!私だって!」
美奈子の大きな目から涙が溢れた。
「…ごめん。一人にさせてくれ。」
溢れる涙を見て、ハッと我に返った智は一人で部屋の中に消えていった。
「…どうして、今更…現れたのよ…。」
倒れたマグカップ。こぼれたアールグレイのシミ。例の写真。そして…。
「…うっ!」
写真に動揺して、忘れていた猫の前脚が視界に入った途端、美奈子は気分が悪くなり、その場に座り込む。
「もうすぐ迎えに行くからね。美奈子。」
庭の様子を一部始終、見ていた男が呟いた。この男こそ、美奈子の元彼、10年前に別れた青野洋司である。