写真。
「庭くらい、大丈夫よね。」
美奈子はお気に入りの、自作のマグカップを片手に庭に出る。アールグレイの香りが優しく包み込む。
「…っ…!」
ウッドデッキを椅子に腰かけ、マグカップをテーブルに置こうとした瞬間、声にならない声を出し、マグカップを置き損ねて倒してしまった。テーブルに猫の前脚が置かれていたのだ。
アールグレイがテーブルの上で水たまりになって、ウッドデッキにしたたり落ちる。雫の落ちる音が静かな空間に小さく響く。何かの間違いであってほしい、と目を凝らすと、写真が目に付いた。写真の上に猫の前脚が、ペーパーウエイトのように置かれていたのだ。
恐る恐る血の付いた写真を見つめると、そこに写っていたのは、シーツにくるまって笑う高校生の美奈子だった。
「洋司だったんだ…。まだ持っていたなんて…!」
この写真を撮った日のことは覚えている。当時付き合っていた、一つ年下の彼。青野洋司の部屋で撮られたのだ。セックスをするようになって少し経った頃、洋司が撮ったものなのだ。美奈子は、別れた時に処分していた写真だ。
お互いに初めてで、ほとんど抱き合っているだけのセックスも、洋司の強い独占欲もあの時はたまらなく幸せだった。洋司の独占欲に疲れてしまうまでは。
「洋司…。どうして今になって…?」
そう。もう別れてから10年近くになる。美奈子が高校を卒業して間もない頃、美奈子から別れを切り出した。大学生になって、新生活が始まった美奈子に対し、洋司は不安になり、ますます小うるさくなっていた。それこそ、受験勉強も手につかなくなるくらいに。開放感あふれる大学生活とは裏腹に、洋司とのことが窮屈になって別れたのだ。
「美奈子!美奈子!庭に出るなと言っただろう?」
振り返ると智が怒った顔で立っていた。部長に話をつけて、しばらくは自宅で仕事をするように手はずを整えて、早い時間に帰ってきたのだ。
「あ…。」
…どうしよう。写真を見られたくない!
思わず写真を猫の前脚の下から引き抜いて、後ろに隠す。その瞬間、前脚は美奈子の足元に落ちた。
「なんだよ、これ。」
智が、落ちた猫の前脚を見つめる。そして、美奈子が片手を後ろに隠していることに気づく。
「何を隠しているの?」