「お前は誰だ?」。
「…お前は、誰だ?…何が目的だ?」
門柱に置かれたカラスの翼を前に、智が怒りに震えた。数日前の鳩の一件以来、新聞を取りに行くのは、智の役目になった。この高さだと、美奈子の視界に入る確率は低い。智が出てくることを知っていてこの高さに置いたのだろう。
ちりとりでそっと黒い翼を門柱から下ろして、門柱の上に付いた血を洗い流す。
「くそっ!誰だ!」
もう、ただのいたずらではないことは確かだ。
「…コーヒー、飲まないの?」
「エ?…あ、ああ…。」
美奈子の声にはっとする。気がつくと立ちのぼっていたコーヒーの湯気が消えている。朝食も手つかずで、新聞も開いているだけで読み進んでいない。
「何か、あった?」
美奈子が不安げに聞く。少し迷ってから智が口を開いた。
「カラスの翼が、置いてあったんだ。」
「え…?」
「心当たりは、ないの?」
言葉を失った美奈子は無言で首を振る。
「仕事を辞めてくれないか。しばらく外出も控えてくれ。買い物も俺が行くから。」
「そんな…!そこまでしなくても。」
「いつ、どんな奴が目の前に現れるか、わからないんだ!現れてからでは遅いんだぞ!」
智は頭を抱え込む。美奈子を守るには、どうしたら良いのか?犯人の狙いは何なのか?狙いは美奈子なのか?智なのか?
「…体調不良ってことで、同級生の医者に頼んで診断書を書いてもらうから。とにかく今日は、家の電話にも、インターホンに出ることもやめてくれ。早く帰るようにするから。」
智は玄関で見送る美奈子を抱きしめる。無事でいてくれと祈るように。
「智ったら、もう!苦しいよ。大丈夫だよ。」
苦笑する美奈子の顔を見て、思わず照れ隠しをする。
「約束だぞ?破ったら、今夜は…。」
「今夜は?」
「なんでもない!行ってきます!そうだ!に、庭にも出るなよ!」
あたりをキョロキョロと見回しながら智は足早に駅へと向かう。
「ククク…。今日もご苦労さん。」
智とすれ違った直後に、アタッシュケースにスーツ姿の男が呟いた。