翼。
「何これ?」
ある朝のこと。美奈子が新聞を取りに玄関口に出ると、郵便受けの足元に茶色の何かが落ちていた。
「ひっ…!」
拾おうと伸ばしていた手を慌てて引っ込めた。落ちていたのは、小さな翼だったからだ。色からして、スズメのそれであろう。直接触れることは抵抗があったので、割り箸を使って拾い上げ、せめてもの気持ちで庭の片隅に埋めた。
「猫にでも襲われたのかな…。」
美奈子は手を合わせてつぶやく。
「美奈子さん、変わらず優しいね。」
遠くから一部始終を見ていた人物が、手を合わせる美奈子の後ろ姿につぶやいた。
「庭で何やってたの?」
トーストにバターを塗りながら智が聞く。平日にもかかわらず、いつもの時間になってもコーヒーの香りがしてこないから、待ちきれずに起きてきたら美奈子が庭にで手を合わせているところだったのだ。
「実はね…。」
食事中の話題にはどうかと思いながら説明すると、智も美奈子と同じ、神妙な表情を浮かべた。
「…猫、かな。」
猫であってほしい、自然の一環の出来事であってほしいと、智の中で、気の触れた人間の仕業かもしれないという不安が湧き上がる。
「今日は帰りは、遅くなるの?」
「多分いつもの時間で帰れると思う。」
美奈子はショッピングモールのジュエリーショップでパートをしているのだ。接客業だが、繁忙期以外は平日だけのシフトでOKなので、気に入っている。
「そうか…。遅くならないようにしろよ。」
「うん…。智は、早く帰れそうなの?」
「いや、そうでもない。俺もいつも通りだと思う。」
茶色の小さな翼は、智に言いようのない不安をかきたてる。
美奈子が仕事を終えて着替えているとLINEが着信を告げる。バッグからスマホを取り出して見る。
『仕事、終わった?』
『終わった。着替えて買い物してから帰る。』
『了解。家に着いたら連絡して。』
「変なの。いつも、こんなLINEしてこないのに。」
買い物を済ませて帰宅して、夕食の支度をしていると、スマホが鳴った。智からの電話だ。
「今、どこにいる?」
「家だけど?」
「家に着いたら連絡しろとLINEしただろう?」
「あ。そうだったね。ところでどうしたの?」
「なんでもないけど、安否確認!」
「何それ?忙しいから切るよ。」
美奈子が急いで電話を切った後、智はスマホを見つめ、ため息をつく。
「人の気も知らないで…。」
夢を見た時は、あんなに怯える割には危機感を持っていないようで、それが尚更、不安をかきたてるのだ。
残業の間も上の空で、いつもの時間になり、家路につくが、気が気でない。今の智には、ジョギングしている人まで不審者に見えてしまう。
「もうすぐ、君の役目も終わりだよ…。」
辺りを警戒しながら歩く智の姿につぶやく人物がいた。