受け継がれるその精神
夜も更けた市街地。そこでは数十人対1人の激闘が繰り広げられていた。その渦中にいるのは大柄な体躯の人物。
その風貌は異様。黒革のジャケットを着込み、軍で使用される様なズボンを履いている。何よりも頭部の髑髏を模した被り物が存在感を放つ。
何も、異様なのは格好だけでなくその強さ。確かにその腕や脚には筋肉が付いているが、不利なこの状況で周りの攻撃など物ともせずに圧倒的な強さでひれ伏せさせて行く。
数十人だった不良グループは、既に半数以上が壊滅させられており、他の者も戦意を喪っている者が殆どだ。
「これ以上やってられるか! 殺されちまうよ!」
突如、モヒカンヘアーの不良が逃げ出す。それに続いて数多くの者が逃げ出し残されたのは僅か数人。だが、その数人は戦意を喪ってはいなかった。
「逃げた方がいいんじゃないか?」
「いいや、これは俺達が決めた事だ。途中で投げ出してたまるか!」
宣言しきった不良は、一度に猛然と襲い掛かる。だが、それも虚しく何が起きたかも認識出来ないまま地に沈む。
今一瞬で数人を片づけたのは世界最大の犯罪者、デスト。正確には、何代目かのデストになる。しかし何代目かを知る術は無く、また知ろうとする者も居ない。
「見上げた根性だ。こうして出会わなければ、仲良くなれたかも知れないな」
デストは完全に気を失っている不良達に対して率直な感想を言う。届く筈が無いと分かっているそれを、デストはあえて口にした。
不良達から目を逸らし、デストはゆっくりと歩き出す。切れかけの電灯が点滅し、鼠が鳴き餌を求める。そんな薄汚れた道を行く死神。
「さて、目当ての物を失敬するとしますか」
周りには誰も居ないが、それでもデストは呟く。癖なのか、無意識なのか、この場に居ない者への宣言なのか。それは本人にしか分からない。
歩み寄ったのは宝石店、ではなく近くのダクト。鉄で出来ている為、ちょっとやそっとではビクともしないだろう。
デストはそのダクトに対して、強引に引っ張ると言う対処をした。盛大な音を立ててダクトが歪み、投げ捨てられる。
ダクトが無くなった為、そこには無防備な穴があるのみ。デストは嬉々として屈んでその穴に入って行く。他人が見れば、非現実的な光景だろう。
狭く暗いダクトの中を手探りで進み、辿り着いた先には鉄格子。それを容易く蹴破り、ダクトから這い出ると直ぐに物色を開始する。警報機が鳴るが、狼狽えず逃げる素振りを見せない。
根こそぎ奪うのではなく、最小限にとどめ荷物を減らし、逃走する際に邪魔にならなくする。かつ値の張る宝石だけを選ぶ。
手慣れた様子で幾つかの宝石を入手し、先程と同じルートで脱出する。何人かの警官が待ち構えていたが、発砲させる事無く気絶させ、逃走。
車道、裏路地問わず走り、ぶつかりそうな車は飛び越えて回避。背後から撃たれても気に留めず、その脚を止める事は無い。
デストは裏路地から予め開けておいた扉を開け、中に入ると素早く閉め鍵を掛ける。暫くすると、次第にサイレンは遠ざかって行き、デストは安心して電気を点けた。そこには、少年が居た。
「……なんだお前は」
「人に名前を聞く時は自分からって習わなかったの?」
デストの問いに、ソファーでくつろぎ本を読みながら生意気に答える少年。完全に舐めていると感じたデストは、大人気ないながらもそれに対抗する。
「ああ、習ってないな。私は貧乏だったからな。学校なんて行けなかった」
「ふーん。じゃあ裕福に暮らす為に泥棒やってんだ」
「いいや、それもあるが1番は貧民街の人達に幸せに暮らして欲しいからだ。盗んだ宝石は貧しい人達にあげてるよ」
少年の言葉に、淡々と事実を述べるデスト。表情を伺う事は出来ないが、どこか悲しげな雰囲気を醸し出している。
少年に構う事無く、当たり前の様にソファーに腰を下ろす。隣の少年は若干驚いた様な顔をするが、さして気にする事もせず読書に戻った。
「なんで隣に座るんだ? って思ったろう。教えてやろう。私のソファーだからだ」
「は?」
「なんだ? ここは私の家だ」
「へぇ、てっきり趣味の悪い奴の家かと思った」
嫌味を含ませ、少年はその端正な顔に笑みを浮かべた。それにはデストも反応し、少年に向き直る。拳を握り締めながら。
「趣味悪いって、人のセンスにケチつけんな」
「悪い物は悪いだろ。少なくとも一般受けはしないだろうね。一面髑髏とか。でも……何だか不思議だな。暖かい感じもするし、悲しい気もする」
「髑髏可愛いだろ。ほら、これやるよ」
「いらねー!」
出会ったばかりだと言うのに、少年とデストは既に打ち解け楽し気な空気を漂わせる。少年は髑髏の指輪を押し付けられながら、微かに笑った。
少年によれば、両親は他界しているらしい。知りもしない親戚に引き取られるのが嫌で、逃げ出しデストの家に辿り着いたそうだ。それを聞いたデストは、拒否せず受け入れた。
時は流れ、デストと少年は数年の月日を共に過ごし様々な経験をした。どちらも初めての友人。一緒に夕食を食べ、ふざけ、時には遊んだりもした。
だが、別れは必ずやって来る。
「おーい、帰ったぞ」
「遅かったね。それで、今日の収穫は?」
「悪い悪い。ちょっと不良に絡まれてな」
悪びれもせず、宝石をテーブルの上に置いてマスクを外す。その下から現れたのは、黒髪の女性。自信満々な表情から、収穫に自信がある様だ。
「おお、この量ならいつもと同じ量を人々に分けたとしてもマシな食事が出来る!」
「え? この半分以上は渡して、いつもと同じだけ残すつもりだけど」
「はあ? なんでわざわざ自分から貧乏になりに行くんだよ」
「私より困ってる人は大勢いる。どっかの誰かが言ってたが、私達の今日は昨日死んだ人が行きたかった明日なんだ。私達よりその人達に幸せになって欲しい」
「でもその誰かだって無駄に過ごしたかもしれないし、死にたいって思ってたかもしれないけどね。でも優しいな」
「だろ」
会話しながら、2人は宝石を価値別に仕分けする。それぞれの宝石の値打ちなども覚え、最早当たり前となったこの光景。しかし、それを破る者が居た。
響き渡る扉を叩く音強烈な音。それを聞いた瞬間、2人は何が起きているのか察知する。女性は髑髏のマスクを被り、冷や汗をかく少年を引き寄せた。
「何をする気だ!?」
「何って、こうするしか無いんだ。すまない」
無表情の髑髏マスク越しに少年を見つめるデスト。その悟った声と目に、少年は思わず涙を浮かべる。だがデストは構いもせず窓を突き破り、階段を登り上へ逃げた。
時間稼ぎにと、煙幕を投げ辺り一帯を白煙で包み視界を遮るが気休めにしかならない。国家レベルの戦力、方や事実上戦力はたった1人。どちらが勝つのかは火を見るよりも明らかだ。
とうとう屋上まで追い詰められたデストは、少年を人質の様に見せる。そして、諦めたのか少年に小声で呟いた。
「おい、今からお前を落とす。大丈夫、下には警官が居るから死なない」
デストの言葉に、少年は目を見開き驚愕する。向こうはこちらを撃たないが、それは少年と言う盾があるからだ。もし自分が居なくなれば、デストは集中砲火で死ぬだろう。
「何ってるんだ!? 俺は行かないぞ、お前が死ぬ位なら俺も死ぬ!」
「ダメだ。頼む、お前は生きろ…………じゃあな、私の家族」
少年が最後に聞いたのは、家族と言う単語だった。その後、デストに突き落とされるも無事救助された。だが、少年の中には虚無感だけが残った。
助けられた少年はデストに酷い扱いを受けていたと報道され、生気が無いのはそのせいだと片付けた。真実を知ろうともせずに。
唯一の家族を失った少年は、自身の力不足を呪った。自分が強ければ、助けられたかもしれないと思った。それから、少年は自分を捨てデストとして生きる為に口調を変え、体を鍛え始める。
何度も泣いた。デストに会いたいと願った。血が滲むまで鍛えるのを止めなかった。そして、あの頃と同じ様に気がつけば数年が経過していた。しかし昔と違ってあるのは孤独のみ。
立派な大人として成長し、金は全て体を鍛えるのに注ぎ込んだ。少年だった者は決意する。デストの意思を受け継ぎ、貧しい人々を幸せにしようと。デストの無念を果たそうと。
彼が初めてデストの衣装を着た日は、奇しくも先代デストが死んだ日だった。彼は犯罪者討伐祭で賑わう中を歩き、小さく呟いた。
「どいつもこいつも腑抜けた面しやがって。何が犯罪者討伐祭だ。人の死を喜ぶテメエらの方がよっぽど犯罪者に相応しい」
今日もまた同じ様に教会の鐘が鳴るだろう。何度も同じ事を繰り返す。不備が出たとしても、誰かが手を加えまた同じ事を繰り返させる。それが運命なのだから。