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EP0:未知との衝突


 「ワッパ共、何故コンナ所ニイル?」

 鎧の男は、彩人達の行く手を阻むように仁王立ちに佇む。片言で聞きづらいが、間違いなく鎧の男は日本語を話していた。

 「僕たち、ここに迷いこんでしまって……。もしかして、出口って知ってます?」

 「アア、ソウカ。出口ナラ向コウ方ニアル。他ノ柱ト違ウ柱ガソウダ。触レレバ帰レル」

 彩人と万里は、脱出する方法を見いだし、喜んだ。

 「ほかに2人、ここで迷っているんです。探すの手伝ってもらっていいですか?」

 万里は恐る恐る鎧の男に応援を頼む。

 「手伝オウ」

 ((あ、この人いい人だ))

 目の前にいる鎧の男は見た目は怖いが、2人は良い人だと確信した。

 「ダガ、背中ノ其奴ハ、オイテユケ」 

 彩人は目の前の鎧の良い人がなぜ蒼い子をおいていくように頑に言うのか、考えた。

 「もしかして、この子の関係者かなにかですか?」

 実は鬼の仮面の下は大きな目玉が隠れているではないか、彩人は考えた。

 「…実ハソウナンダ。ダカラ、連レテ行ッテハ困ルノダ」

 「あ、やっぱりそうなんですね」

 背中の蒼い子を下ろそうとした矢先、


 「アヤト、駄目。この人嘘ついてる」

 万里によって止められた。

 「さっきまでアタシも気がつかなかったけど、この人……すごい殺気立ってる」

 万里の額から汗が吹き出していた。

 「え、…!?!?」

 万里に言われて、殺気を探ってようやく彩人も気づいた。

 吐き気を催すほどの圧迫感。鎧の男は蒼い子へ強烈な殺気を向けていた。


 「…ヌウ。ワッパ共ヲ不快ニサセマイト、気ヲ遣ッタツモリダッタノガナ。馴レナイコトハスルモンジャナイ」


 途端、突風が吹いたように殺気が彩人達のもとへ流れ込んできた。

 先ほど感じ取った殺意と比べものにならないほどの重圧が彩人達を襲った。

 「某ノ、殺気ヲ受ケテモ、倒レナイトハ。タダノワッパデハナイナ」

 仁王立ちをやめ、腰の刀を抜き、鎧の男は彩人達の下へ近づいてくる。


 「安心シロ。峰打チダ……」


 突然、鎧の男は消えた。そして、彩人の前に刀を振り上げて現れた。

 万里は鎧の男を眼で捉えていたようで、彩人を守ろうと刀を抜くが、もう間に合わない。

 鎧の男の刀は、もう振り下ろされてしまった…。


 ーーーーーー!

 思わず眼を閉じてしまった彩人は、刃と刃が打ち合った音を聞いて、自分は意識があることに気づく。


 恐る恐る眼を開けた彩人の瞳に、鎧の男の刀を受け止めた幹彦の背中がうつる。

 

 「ミキヒコ!」

 万里は喜ぶように声を上げた。


 「俺もいるぜ!」

 鎧の男の横っ腹をめがけて斬りつける琢磨。

 しかし、鎧の男は後ろへ跳び、琢磨の切っ先は空を斬る。


 「間に合ってよかった」

 鎧の男に刃向けて、構え直す幹彦。


 「なんで、あいつはお前らを襲ったんだ? ってなんだその蒼いの!?」

 琢磨は彩人の背負う初めて見る生物に驚きを隠せないようだ。

 「鎧のあの人、この子を狙っているみたいなんだ。きっと殺そうとしてる。置いていくように言われて断ったら、斬り掛かってきた」

 「じゃあ、そいつ渡しちまえばいいじゃん」

 琢磨の指摘に、顔を伏せる彩人。

 琢磨の指摘が彩人の心臓に突き刺さった。初めて会ったこの子と3人の身の安全、綺麗ごとを抜きにして後者を優先すべきなのは当然のこと。だからといって蒼い子を差し出すのは彩人にとって身が裂けるような苦痛だった。しかし、3人を危険に晒すような真似はできない彩人は、拒否反応の震えを起こしながら、背中の子を下ろそうと腰を下とす。


 「やめろ。彩人」

 腰を下ろした彩人が何をしようとしているか、気づいた幹彦は彩人を止めた。

 「俺達は、弱き者を助ける自警団。お前の行動は自警団員として正しい。絶対、その子を渡すな」

 鎧の男に向かって歩み出す幹彦。

 「それに、俺達があいつを撃退すれば万事解決だ」


 勝利宣言をして鎧の者に近づいていく幹彦の背中には自身が満ちていた。


 「万里、一緒にいくぞ。彩人、琢磨はその子の護衛」

 幹彦は3人に指示を出した。

 「倒せると思う?」

 幹彦の隣についた万里は不安そうに問う。

 「1回あいつの刀を受けてわかった。あいつはかなり強い。技だけじゃなくて、力もスピードも尋常じゃない。たぶん、俺だけじゃ勝てない」

 淡々、語る幹彦。

 「けど、身体能力なら万里が、技なら俺の方が上。2人ならやれるさ」

 「わかった。じゃあ、アタシが先行するね」

 そういうと、白樺を鞘から抜き、万里は鎧の男に向かって疾走した。


 「速イ……!」

 鎧の男は自身より速いスピードで急速接近する人間の少女に衝撃を受けた。

 真正面から突っ込んできた万里の太刀筋を受け止めた鎧の男。

 鎧の男の刀と万里の刃がない白い刀がぶつかりあった。

 「刃ノナイ刀デドウヤッテ某ヲ斬ルツモリダ?」

 「さあて、どうでしょう?」

 激しい打ち合い。

 万里の激しい剣戟に防戦の一方の鎧の男。しかし、それだけ撃っているのに関わらず、決め手に至らない。

 「貴様ハ素晴ラシイ腕力ト速サヲ持ッテイル。シカシ、貴様ハ刀ヲ農具ノヨウニ扱ッテイル。ソレデハソレ以上強クナルコトハデキン」

 「余計なお世話ですッ!! え!?」

 鎧の男は突然、刀を振るうのをやめた。

 そして、万里の刀身を左手で掴んだ。

 「刃ノナイ棒切レナド、恐怖ニ値シナイ」

 鎧の男は万里の刀を折ろうと手に力を入れる。


 「あーあ」

 瞬間、万里は鎧の男の左手から刀を引き抜いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 鎧の男の悲痛な叫びと同時、蒼い床に大量の血、鎧の男の手の平から親指の肉塊が落ちた。

 「馬鹿ナ、確カニアノ刀ニハ刃ハナカッタ……」


 彩人、万里、琢磨が手にした白い刀身に刃のない得物の名は【白樺】。白樺を含めた自警団法に沿って七鬼良器よって作られた異端模擬刀は、すべて見た目は、刃がない。しかし、所持者の殺気によって刃を構築する非合法で特殊な刀。いざという時に団員が自分の命を守るため、七鬼家の伝わる秘伝の技で加えたギミック。殺気が研ぎすまされていれば、より刃鋭くなる。


 それを知らなかった鎧の男は、白樺の刃を素手で掴んで、左手の指を切り落とされた。

 

 「すまないが、これで引いてくれないか?」

 痛みで怯む鎧の男に幹彦は蒼い子を諦めるように説得を始める。

 

 「此方ニハ退ケナイ理由ガアル!」

  鎧の男は幹彦に斬りかかる。片手で扱う刀からは、力だけではなく、技も劣化おり、難なく幹彦は受け止めた。

 「そうか…」

 幹彦は殺気を刀に漲らせる。

 

 龍ヶ峰市の自警団に10人もいない帯刀権の所持者の1人。鳴瀬幹彦。自警団に入団し、たったの2年で帯刀権を得た自警団史上歴代2番目に若い帯刀権所持者である。卓越とした技、戦況を冷静に判断出来る眼を持つ彼を誰もが天才と呼ぶ。

 そして、七鬼良器が打った真剣の異端刀【鬼々利】と幹彦の技が合わさることである奇跡を起こせる。

 

 殺気が満ちて切れ味をさらに向上した鬼々利を刃の呼吸が合う刹那のタイミングに合わせて刀を少し引いた。


 それによって、鬼々利の刃は鎧の男の刀に斬れ目を入れた。鬼々利は相対する刀の刀身の斬れ目を広げていく。


 ーーー!

 鎧の男の刀は真っ二つに斬り落とされ、切っ先が床に落ちた。


 斬鉄剣。ウェポンブレイカー。

 幹彦がなす奇跡の技に名前を付けよう、と彩人と琢磨が考えていたが、幹彦は別段名前を付ける気はない。周囲が呼ぶ奇跡とは、彼にとって単に刀を振っているだけで、名前をつけるほど特別な技と思えなかったのだ。



 「馬鹿ナ・・・」

 片手を斬られ、刀を斬られた鎧の男は失意のあまり床に膝をついた。

 

 「おーい。やったね」

 彩人は幹彦と万里に駆け寄る。

 「まあ、2対1だったからな」

 勝つのが当然だったと言わんばかりに幹彦は淡々としていた。


 「でもよ、こいつもここもなんなんだろうな」

 琢磨は隕石、蒼い空間、蒼い子、鎧の男に興味を湧き出しており、このままだと探索し始めようと言い出しそうな雰囲気だった。


 「もう帰ろう。で、今日のこと忘れよう」

 万里は一刻も早くこの場から立ち去りたいようで琢磨を掴み上げて、鎧の男が出口だと指した方向へ向かう。

 彩人は、膝をつく鎧の男に頭を下げて、万里達の後を追って柱の森に入っていった。

 



 柱を交わしながら、柱の森を進む4人。


 「出口はもうわかってるのか?」

 幹彦は万里に問う。

 「さっきのあの人が教えてくれたの…」

 万里は出口を教えてくれた鎧の男を斬ったことを後悔しているようで俯いている。

 「そうか…なら悪いことをしてしまった」

 「しょうがないだろ。向こうが襲ってきたんだし」

 琢磨は、落ち込む幹彦と万里を励ます。

 「おいおい、彩人も元気ないな。どうしたよ?」

 幹彦と万里だけではなく、彩人も元気がないことに琢磨は気づいた。

 

 「うん。ちょっと考え事してて」

 「なんだよ。その宇宙人どうするかってことか?売っちまえば、いいんじゃねえか!」

 琢磨の言葉に反応したように、蒼い子は半開きの眼で琢磨を睨みつける。

 「もしかして、こいつって言葉わかる?」

 睨みつけられた琢磨は急に不安になった。

 「どうだろ?この子、口も耳もないからどうやってコミュニケーションをとるのか不思議なんだよね」

 「で、考え事って?」

 話が逸れて彩人の考え事が聞けなくなりそうだったため、幹彦は改めて聞き直す。

 「あーうん。僕ってやっぱり口ばっかりだなって思ってね。少し気が滅入ってたんだ。今日もこの子を守ろうとしただけで、結局守ったのはバンリとミキヒコ。僕は見てただけ。自警団入ってるのにこれでいいのかなって」

 幹彦や万里のように強くなろうと、彩人なりに努力しているつもりだが、2人と彩人の距離はドンドン離れていく一方。気持ちでまけないようにしてきたが、今回の戦いを見て2人に近づけないと彩人は確信してしまった。

 「2人に任せっきりで本当に苦しいんだ。一緒に戦えない僕が2人の仲間を名乗るのが辛いんだ」

 溢れ出してきた涙を3人に見せないように手で拭う。今まで感じてきた劣等感が一気に流れ出てきたようで拭っても拭っても涙は止まりそうになかった。

 「彩人。お前が俺達のリーダーなのは何故かわかるか?」

 幹彦は立ち止まり、彩人に問う。

 「団長が僕に花を持たせてくれたんだと思う。幹彦、万里は強くて、琢磨は頭が良くて、僕だけ何もないから」

 「違う。団長はそんな理由でリーダーを任せない。俺、お前がリーダーになる時に言われたんだ。お前をフォローするように。そのときに一緒に聞いた。お前をリーダーした理由も…。お前には俺達にはない意思の強さがある。お前がさっきにその子を鎧の男に渡そうとした時、俺はやめろって言った。けど、俺がお前の立場だったら、きっと渡してた。自警団の矜持捨ててな。でも、お前は自警団の矜持捨てず、貫いた。団長は言ってたよ。リーダーには欠けてはいけない才能が1つだけあるって。それは、人々を導く確固たる意思だ。それ以外の才能は部下が補うものだから、あとは無能でもいいって。俺も同感だ。だから、お前は劣等感なんて抱く必要なんてないんだ」

 幹彦が珍しく長く話したせいで息を荒げていた。

 「話すのは苦手なんだ。もう二度とこんな下らない話をさせるな」

 再び、幹彦は歩み出す。

 「思ったんだけど、アヤトも頭良いと思う。今日、柱を壊すように指示してくれたからミキヒコ達と合流出来たんだよ」

 宥めるように彩人の頭を撫でる万里。

 「そうだ。俺達ブレイン役は戦闘員の後ろで指示を出してればいいんだぜ」

 「アンタも戦闘員なんだからもっと強くなりなさい!」

 琢磨の頭に万里は拳骨を落とした。

 いつの間にか流れていた涙は止まっており、心は晴れたようにスッキリしていた。

 「ありがとう。みんな」



 

 「出口ってこれじゃね?」

 蒼の子がいた周辺のようにぽつんと中心に1本だけある柱を琢磨が見つけた。

 「結局、アタシたちに背中にのってくれなかったねその子」

 万里は寂しそうに蒼い子を見つめる。

 彩人がいつまでも蒼い子をおんぶしてるのは辛そうだと思った万里は彩人と代わろうとしたが、蒼い子は彩人にしがみついて離れようとしなかった。幹彦も受け付けず、琢磨には蹴りを入れていた。

 「でもよ、彩人。その子どうするつもりだ?」

 冗談抜きで琢磨は彩人に問う。

 「ウチなら心良く歓迎すると思うからそんな難しく考えてないよ」

 彩人は心配事がないような口ぶりだ。

 「そんな、捨て犬や捨て猫じゃないんだから」

 「いや、空木家なら本当に大丈夫だよ!」

 呆れてる琢磨を他所に、万里は彩人の家なら問題ないと言い張る。

 「おい、お前ら帰るぞ」

 幹彦は駄弁っている3人を呼んだ。

 はーい、と返事をする3人。幹彦の下へ駆け寄っていく。

 #。

 

 彩人はまたもや、どこからか声を感じた。聞き取ろうとした彩人は、万里が琢磨が走っていく中、1人立ち止まった。

 背中にいる子とは別の声。その声を聞いていると頭が熱くなるような感覚に襲われる。

 

 ##。

 その声が少しずつ大きくなってくる。


 もしかしたら蒼の子と同じような子が他にいるのかもしれない。と考えたが、不自然なのは彩人が移動してないのに、声が大きくなっていること。

 

 ###!

 !?

 彩人は、声の主が何を抱いているかわかった。

 怒り。

 とてつもない怒りがこちらへ接近しつつあることに気づく。

 彩人は危険を感じた。

 「みんな!逃げろ!!」

 #####!!

 

 ーーーーーーーー!!

 

 彩人の背後に立っていた柱が弾けたかのように吹き飛んだ。

 吹き飛ばされた彩人は一緒に吹き飛ばされた子を守るように抱き込んで、床に打ち付けられた。

 「彩人!」

 彩人のもとへ駆け寄る3人。

 床に打ち付けられた際に頭を強打し、意識を失っていた。

 「おい!あれ!?」

 琢磨が指差す方には、先ほどの鎧の男。

 しかし、琢磨が驚いたのはそこではない。

 万里が斬った手が再生していたのだ。

 

 「貴様等ノ様ナワッパガイルモノカッ!!ワッパニ化ケテ某ヲ油断サセヨウナド、ナント卑劣!!」

 鎧の男は叫んだ。

 「貴様等、ソノ蒼イ者ノ仲間カ!!コノ地ヲ変質サセテ何ガ目的ダ!!」

 鎧の男は怒り狂っている。

 周囲には、鎧の男が放つ殺気、怒り、狂気が満ち満ちていく。

 「彩人を連れてここから出ろ・・・」

 幹彦は刀を抜く。常に冷静なはずの幹彦の刀を握る手は震えていた。

 幹彦は鎧の男から先ほどとは違う何かを感じ取っていた。目の前にいる鎧の男には勝てない。幹彦の生存本能がこの場から逃げるように警告し続けている。

 「なら、アタシも」

 幹彦の横に出た万里も刀を抜き、構えた。

 「琢磨は、彩人とその子を連れて、外に出ろ」

 「ああ、気をつけろよ」

 琢磨は彩人と蒼い子の肩を両肩で組んで、出口の柱へ向かっていった。

 

 「許サナイ・・・。コノ地ニ災イヲ齎ス凶賊ハ、コノ手デ滅ボス・・・」


 ーーーーーーーーーーーーー!

 突然、地鳴りのような音が轟き始めた。

 

 「なに…」

 万里は自身の眼を疑った。

 鎧の男が肥大化していく光景を彼女は眼にしている。

 肥大化していくことで、纏っていた鎧は吹き飛び、鎧の残骸が足下まで飛んできて始めて現実と認識した。

 

 兜虫のような太い角。巨大な赤い肉体。人間の3倍はある巨体の鬼に戦く幹彦と万里。

 

 「先ニ退路ヲ断ツ」

 鎧の男だった鬼は柱を折り、投げやりのように投げ放つ。

 

 鬼の放った柱の軌道が出口の柱へ向かっていることに気づいた幹彦と万里は、琢磨を呼び止める。

 

 ーーーーー!

 鬼の放った柱は出口の柱に命中し、砕ける音ととも崩れ落ちた。

 

 「タクマ!大丈夫!?」

 「ふぁーあ!?出口が壊れちまった!!!」


 幸いにも出口付近にいた琢磨達は無事で、胸を撫で下ろす万里。


 ーーー!

 鬼に背中を向けていた幹彦達は、地響きで鬼が接近しているのに気づいた。

 

 巨大な肉塊が地響きをたてて、突進してくる。

 本来なら猪突猛進など躱せばどうということはなく脅威ではない。だが、問題がある。2人は鬼の突進を躱すことができないのだ。

 将棋でいう、田楽刺しのような状況に立たされている。駒が2つ以上並んでいる時、香車で取りをかけられ、どの駒を逃がしても、確実に1つの駒が犠牲になる状態を指す。


 仮に強烈な突進を幹彦・万里が躱したとしたら、そのまま2人の防衛線を突破し、背後にいる3人へ攻撃を仕掛けられる可能性が高い。特殊な能力がなく、近接攻撃しかできない2人の対抗手段は、出口が壊されて逃走手段を失った幹彦達の勝ち筋はほぼ皆無だった。

 

 「ミキヒコ。アタシが囮になる。隙ができたら攻撃して」

 万里は刀を納め、手首を回しながら、幹彦の前に立った。

 「駄目だ!危険すぎる!やるなら俺が」

 「ミキヒコじゃあ、無理だよ」

 下がらせようと万里の肩を掴もうとした幹彦の手を万里は打ち払った。

 この中で、鬼の攻撃を受けられる可能性があるのは万里だけだった。万里の言葉は正しく、反論できない幹彦。自分の力のなさを痛感し、悔やんだ。

 「本当になんでお前は男に生まれなかったんだろな」

 万里が男なら自分が感じる罪悪感が軽くなるような気がしてならない幹彦。

 「まだ、女だの男だの言ってるの?守る戦いに女も男も関係ないでしょ」

 一度、幹彦に振返り微笑みかけると鬼のほうに向き直した。

 幹彦は、万里のやや後方に下がり攻撃の機会を窺う。

 

 ーーーーー!

 地響きは間近に迫り、万里は鬼がどのように攻撃するか予測した。

 

 角による頭突き。

 間近に迫っているのに関わらず、体当たりや打撃のモーションに入らず、鬼は低姿勢のまま突進を続けていた。


 万里は角に焦点を合わせて、息を大きく吸った。


 「コレデ1人メ!」


 万里が予測した通り、鬼は角を突き出した。

 

 (受け止めれば、ミキヒコがなんとかしてくれる)

 逆にここで自分の役割を果たせなければ皆が死ぬ、と自ら脅す万里。仲間の、友達の死。想像するだけでも泣き叫びなくなる衝動に駆られる悪夢を彼女は恐れた。

 そんなことには絶対にさせない、絶対にみんなで帰る、心に堅く誓った。


 そして、その決意が彼女に力を与える。


 衝突する直前の刹那、彼女の体がオレンジに輝いた。


 ーーー。

 耳を塞ぎたくなるような何かが潰れる音がした。


 しかし、鬼の角は万里の腹部で受け止められていた。

 

 「ソンナアリエナイ・・・」

 鬼は彼女貫いたまま、背後の3人へ突進し続けるつもりだった。が、1人の少女に止められ、困惑している。

 「人間ノ肉体デ耐エラレルハズガナイッ!」

 鬼は、未知の少女と距離をとろうと角を引くが、万里に掴まれた鬼の角はびくともしなかった。

 

 「今だよ。幹彦」

 万里が呟いたのと同時に、鬼の左側面部に幹彦が現れた。

 幹彦は刀を振り上げた。

 

 鬼は防ごうと幹彦に手を伸ばす。


 鬼の手が自分の体に届く前に、幹彦は振り下ろした。


 首と、左腕は幹彦よって斬り落とされ、斬り口から吹き出した血しぶきが蒼い世界を赤く染めた。


 「なんとかなった……」

 掴んでいる鬼の頭部ゆっくり床に置くと、万里はその場に倒れた。

 幹彦は刀を放って、琢磨は崩れた柱から、2人は全速力で駆け寄る。

 琢磨よって抱き上げられた万里は吐血しており、見るからに重傷を負っていた。


 「おい!大丈夫かよ!!」

 万里に呼びかける琢磨の顔には不安で満ちており、声も震えていた。

 琢磨の呼びかけに反応しない万里。気を失ってしまったようだ。

 「早くここから出て、病院に連れて行かないと危険かもしれない。琢磨は万里を見ててくれ。俺は出口を探してくる。たのむぞ」


 琢磨にこの場を預け、出口を探しに向かおうと立とうとした直前、幹彦は琢磨の表情が凍り付いていることに気がつく。

 自分の背後を見たまま凍り付く琢磨から嫌な予感がし、後ろを振り向いた。


 「そんな…なんで…」

 幹彦は絶望した。


 倒したはず鬼の体が、首と左腕失った死体が立ち上がっていた…。




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