1話その2
「えー本日は、お日柄もよく……」
今は入学式の真っただ中。校長先生の、自分のためになるかならないか分からないような話が延々と続いている。亮はあくびをしながら退屈そうに座って話を聞いていた。この学校は一学年二百人くらいいて、六つのクラスに分かれている。亮と哲也はともに一年五組に配属となった。入学式は出席番号順に座るので、哲也とは離れた位置に座っていた。亮は話す相手もおらず、うとうととしながら校長先生の話が終わるのを待っていた。
しばらくして、校長先生の話も終わり、入学式が閉会した。亮は立ち上がって伸びをし、周りを見渡す。すると自分の列の後ろで、亮の方に向かってショートカットの少女がこっちに向かって手を振っていた。その姿は少し大人びてはいたが、以前とほとんど変わっておらず、それが亮にはすぐ咲だと判別できた。亮は驚いて、
「サキ、サキじゃないか! こんなところで何してんだよ?」
「リョウ!やっぱりリョウだったんだ!何って、私もこの学校に入ったに決まってるじゃない。まさか、こんなところで会うなんて思ってなかったから嬉しい!」
「俺も俺も!もう、会えないかと思ってたよ」
「言ったでしょ。いつか会える日が来るって。こんな早く会える日が来るとは私も思ってなかったけど。とにかく、またよろしくね、リョウ。リョウも一年五組?」
「そうだよ、よろしくな!また色々話したいこととかあるんだよね」
「うん、よろしく!私もリョウに話したいこといっぱいある!」
そうして、二人はまた再会したのだった。二人とも明るく振る舞っていた。まるで過去にお互いふったふられたことは忘れたかのように。
入学式が終わった後、それぞれの教室へ移動した。この学校は部活棟、教室棟に別れており、教室は学年ごとに階別に分けられていて、それぞれ一年生の教室は一階に、二年生の教室は二階、三年生の教室は三階になっている。亮、哲也、咲のいる一年五組は学校の西側奥から二番目の教室だ。
「そ、それでは、じ、自己紹介を、お願いしますっ!」
あたふたした様子で話すのは、担任の大西希先生だ。黒髪を後ろで束ねていて、背は小さ目。スタイルは良く、いかにも現代風の先生といった感じである。今年先生になったばかりで、しゃべっている姿からも若々しさがにじみ出ている。だが、同時に頼りなさげな雰囲気も醸し出していて、生徒たちはこの先生で大丈夫だろうかと不安げな様子である。
「じゃあ、出席番号1番の有馬君からお願いします!」
早速亮の出番が回ってきた。
亮は緊張した面持ちで席を立つ。
何事も最初が肝心であることは亮にもわかっていた。亮には、同じクラスに友達が二人もいるし、無難な感じでいけば大丈夫だろうと思い、次のように自己紹介した。
「有馬亮といいます。西中出身です。皆からは亮と呼ばれています。趣味は漫画とゲームです。部活はまだ何入ろうか全然決めてないのでどなたかおススメあれば教えてください。よろしくお願いします」
周りからの拍手を受け、亮は一仕事を終えて安堵した表情を浮かべて席に着いた。
「では次、新庄さん」
亮は自分の役を終えた安心感からぼーっとしていると、すでにサ行の人まで順番が回っていた。自分の左に座っていた女の子が席を立った。すると、女の子の肩の下まで伸びた黒髪が風でなびいた。亮からは横顔でしか見えなかったが、その顔は美人の部類に入ることは横から見てもうかがい知ることができた。亮の耳にも周りの男子がため息をつくのが聞いて取れた。亮もその姿に思わず見入ってしまう。その女の子が口を開く。
「し、新庄麻央って言いますっ……。皆からは麻央ちゃんって呼ばれてます……。みっ、皆からはよく優しいって言われます!よろしくお願いしますっ!」
その声はぼそぼそとしていたが、その姿はとても可愛いかった。
周りからは歓声が飛び交い、場の雰囲気は大盛り上がりとなった。先生は静めようと慌てて、
「み、みなさん、静かにしてくださーい!周りのクラスに迷惑ですよーっ!」
場はすぐに静かになった。
先生はほっとした様子で胸をなでおろし、
「ふーっ。では次、杉野君……」
そして、次々と自己紹介が終わり、次は咲の番。
「では、松浦さん。お願いします」
咲は待ってました!と言わんばかりに勢いよく立ち上がり、
「松浦咲っていいます!中学時代は陸上部で、運動が得意です。趣味は写真です!この辺で写真部があるのはここだけと聞いていたのでこの学校に入りました!写真というのはですね……」
と、写真の良さについて楽しそうに長々としゃべり始めた。亮は咲と最後に写真を撮ったことは覚えていたが、咲がここまで写真が好きになっていたとは知らず、口をあんぐりと開け驚いていた。隣の新庄さんはふむふむと興味深そうに聞いている。
「……というわけで、私は友達と写真部に入ろうと思っています!よろしくお願いします!」
周りからはまばらな拍手が起こっていた。おそらく、咲のマシンガン写真トークについていけなくなった人がいたのだろう。かたや先生は興味深そうに、
「すごく面白いですね。私も今年から写真部に配属になりましたが、写真の面白さが伝わってきました。これからがすっごく楽しみですね!」
咲は、そうだろうそうだろうと自信ありげにうなずいてみせた。亮は、そこ、威張るとこじゃないだろうとツッコミを入れたものの、咲のトークの中に少し違和感を覚える。
(友達って誰のことだろう?咲は遠いところから来てるから友達もほとんどいないはずだけど……)
だが、考えてもらちが明かないので、スルーすることにした。
次は、哲也の番だ。哲也は亮とは異なり毅然としていた。そこが哲也のいいところであり、亮が信頼を置いている理由でもある。
「では次、森川君お願いします」
先生の指名を受け、哲也は立ち上がった、
「森川……哲也といいます。西中出身で、誕生日は六月七日、血液型はA、趣味は映画を見ることです。勉強はかなりできます。どなたか、心優しい方、自分と一緒に良ければ映画でもどうですか?」
イケメン風にした声。あまりない髪をかきあげる仕草。何もかもが作り物だった。
周りの反応はというと、しーんとしていて、どこかしこからクスクスと笑い声がしているのが聞こえた。哲也はこれはまずいと踏んだのか、すかさずフォローして、
「えーと、嘘です!ごめんなさい!映画とか言われても俺分かりません!みんな、頼むから許して俺と仲良くしてください!お願いします!」
周りからは笑いが起こり、場がなごんだように亮には思えた。
「……です。よろしくお願いします。」
最後の人が拍手で迎えられ、
「はい、これで全員ですね。それではみなさん、ぜひ仲良くしましょうね!続いて、授業の説明に入ります。うちの学校は……」
長い長いオリエンテーションが終わり、放課後に入った。この学校では放課後に部活の新入生歓迎会が行われ、それぞれの部活が新入生を獲得しようと躍起になる。新入生にとっては、入学式を除いてこれが初めてのイベントであり、胸を躍らせてイベントに参加することだろう。
亮は、やっとオリエンテーションが終わったと思い、脱力したように伸びをしていると、そこに咲がやってきて、
「リョウ、写真部行くよ」
あまりに突然のことに亮は呆然とし、
「ん?今何て?」
と聞き返す。咲は両手を腰に当てて、
「写真部よ、写真部。さっき言ったじゃない、一緒に入るって」
亮は違和感の正体に気づき、
「じゃあさっきの友達ってのは……」
「もちろん、リョウのこと♪」
咲は嬉しそうに答える。亮はあたふたして、
「な、俺は写真部に入るなんて一言も……」
「楽しそうに話してるなお前ら。亮、その子と知り合いか?」
そこに哲也がやってきた。咲は哲也を見るなり、
「あ、カッコつけてた人だ」
哲也にボディブローを一撃。哲也は涙目になって、
「結構気にしてるんだからやめて!」
状況を見て亮は、咲に向かって、
「早速仲良さそうだね。こっちは哲也。森川哲也。テツって呼んでる。」
咲は哲也の方に向かって、
「よろしくね、テツ。私は松浦咲。サキって呼んでね。今のは軽いジョークジョーク。」
咲はおどけたように言った。
哲也は笑ってみせ、
「しょっぱなからボディブローはさすがに効いたぜ。亮とは中学時代からの付き合いだ。よろしくな。」
「あ、そうだ。良かったらテツも写真部に入らない?」
「写真部ねぇ。行くだけ行ってみようかな」
咲はひまわりのような笑顔を浮かべて、
「よし、決まり!じゃあ、3人で行こっか!」
「おう、いいぜ」
哲也は答えた。
心配そうに思った亮は哲也の耳元で小声で、
「いいのかよ、そんな簡単にオーケーして」
「ああ、サキの話聞いてたら少し興味がわいてな」
哲也は楽しそうに答える。
「それならいいんだが」
亮は哲也の返事を聞いて、笑顔になった。
そして、3人で行こうとしたところに、後ろからぼそぼそとした声が聞こえた。
「あのっ!!私も輪に混ぜてもらっていいですか?写真部に興味があるんですけど……」
それは亮の横の席で先ほど可愛らしい自己紹介をしていた麻央だった。
咲はそれを聞いて目を輝かせながら、
「あなたも写真部に興味あるの!?」
その食いつきに、麻央はかなり驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、答えた。
「はいっ、松浦さんの話を聞いて、とても面白そうだなと思って……!!それに何より……」
「何より??」
咲は頭にはてなマークを浮かべた。
「い、いや、何でもないですっ!」
「うん?まあいいや。確か、新庄さんだったよね?」
「はい、新庄麻央っていいますっ!これからよろしくですっ!」
「よろしくね、マオちゃん!こっちはリョウ、私の小学校のときの幼馴染」
亮は軽く会釈して、
「よろしく!有馬亮っていいます。リョウでもリョウくんでも、好きなように呼んでくれ!」
麻央は顔を赤らめて、
「幼馴染だったんですねっ!じゃ、じゃあっ、りょ、亮くん?」
その顔は赤く、恥ずかしそうにしていて、身長の小さな、つぶらな目をした彼女がこっちを見上げる。これが世間で言うところの上目使いなのだろう。それが亮にはとても可愛らしく見え、亮まで顔が赤くなっていた。
「う、うん。よろしく……。」
それを見た哲也はそれを見て、すかさず、
「ん?んんー?亮、顔が赤いぞー?一目ぼれか?」
亮は、耳まで赤くなったが、慌てて否定した。
「ちげーよ!えーと、麻央ちゃん、違うからね?」
麻央も、顔の赤いまま、返事した。
「は、はい、えーと何と言ったらいいか……。」
その状況を楽しそうに見ていた哲也はニヤニヤしながら、
「お?ラブラブか?あ、俺は哲也。森川哲也っていいます。哲也って呼んでくれ!」
「あ、はい、あの気持ち悪い自己紹介をしていた森川くんですねっ!覚えてますっ」
「ぐはっ!も、もうその話題はやめてくれ……穴があったら入りたい……」
哲也は、お腹を刺されたような仕草をしながら、その場にうずくまった。
亮はその様子を見ながら、自然と笑顔になっていた。この4人だったら、この先、三年間楽しく過ごせるかもしれない。そう思った。
その顔を見ていた咲は、満足そうな笑顔を見せ、
「さて!じゃあ行きますか!写真部へ!」
亮は、どんな未来が待っているだろうと思った。まだ小学校の頃のことが頭から離れず、これから彼女とどう接していったらいいか、分からずにいた。でも、咲についていけば、きっと楽しいことが待っている。小学校の頃、あんなに楽しかったのだから。亮はこれから先の未来に胸を躍らせながら、3人のあとについていった。