1章その1
~1章~
有馬亮は夢を見ていた。
それは昔の幼馴染との最後の別れの日の夢だった。
(あの頃が懐かしいなあ)
(それに比べて中学時代は無意味な3年間だった……)
(何も成長している気にならない……)
(それに咲ともあれ以来会えてない……。あいつ、元気にしてるかな)
亮は小学生の頃と比べて性格が明るくなったものの、中学時代、どの部活にも入らず、帰宅部として3年間過ごした。
亮がどの部活にも入らなかったのには理由があった。ここで、亮の中学1年の頃にさかのぼるとしよう。ちなみに、亮の中学校では一年生は基本、四月中にはどの部活に入るか大体決まっていなければ、取り残されるという習わしがあった。
※
――4月29日――
(もう29日なのにどの部活に入るか決まってない。どうしようかな……)
朝、亮は机に突っ伏してうーん、うーん、とうなっていた。部活には入部条件があって、入部するには、最低でも2回以上部の見学をしていなければならず、亮はどの部活も1回ずつしか行ったことがなかった。
(まあ、30日にあと1回行けばなんとかなるだろう)
そんなとき、亮の母親がどたどたと亮の部屋に向かってきているのが聞こえた。そして、コンコン、とノックの音。
「はーい」
亮はテンション低めに返事をした。母親はそれを察したのか、
「あら、あんたえらいテンション低いわね。ところで、今日空いてる?家族みんなで遊びに行こうと思ってるんだけど、一緒にどう?」
亮の家族は妹と父と母の4人家族で、基本的に皆仲が良い。母親は世間一般にいるようなごく普通の母親で、持ち前の明るさで家族を引っ張ってく存在だ。父親は威厳があり、あまり積極的には話そうとはしないが、いざという時は頼りになる。妹は亮とは違い元々明るい性格の持ち主で、いつも楽しそうに振る舞っている。
そんな家族に囲まれて亮は生活している。
亮は、その日何も予定が入ってなかったし、新しく入ったばっかりで色々とストレスがたまっていたので、息抜きがしたいなと思い、行く旨を母親に伝えた――
――4月30日、朝――
「詰んだ……」
亮は目を覚ますと、体はだるく、喉は痛く、熱っぽい。一応、熱を測ってみた。体温計の示す体温は39度。明らかに学校に行ける体調ではなかった。当然部の見学にも行けるはずもない。亮は昨日1日中遊んだことをひどく後悔した。
「どうなるんだよ、俺のスクールライフ……」
その後、皆が入部を次々と決める中、亮は一人途中から部活に入りづらいので、結局何も入らず、帰宅部という選択肢を選んだ。
※
という訳で亮は中学の頃は何の部活に入ることもできず、帰宅部として3年間を過ごすことになった。亮にとって、致命的なミスだった。おかげで、憧れていた先輩後輩の関係も作れず、周りはどんどん大人っぽくなっていくのに自分だけ取り残されている感じがしてならない。亮は部活をやっている他の生徒を羨ましく思っていたが、どうすることもできなかったので一生懸命勉強することによってそのうっぷんを晴らし、結果として、私立の峰山高校というこのあたりでは有名な進学校に入ることができた。
(これじゃ彼女にどんな顔して会えばいいか……)
(高校こそ良い部活に入って青春を謳歌してやる!)
亮はベッドの上で天井を眺めながら意気込んだ。そしていつの日か成長して彼女に会える日を夢見ていた。
ここは亮の部屋。亮の家は2階建てで部屋は2階の階段を上って奥に位置している。部屋は入学前ということもあってすっきりとしており、就寝用のベッドと、中学時代好きだった野球漫画がしまってある本棚と、勉強机。机の上には中学時代の卒業アルバムと通学用の鞄、そして額に入った彼女との思い出の写真だけが置かれている。
今日は峰山高校の入学式の日。今日から亮の新たな高校生活が始まろうとしている。
(よし、頑張ろう)
亮は自分に喝を入れて、ベッドから起き上がり、自分の部屋を出て階段を使って下へ降り、リビングに向かった。
リビングでは両親と、こちらも今日中学の入学式がある妹の由紀が座っており、亮が降りてくるのを待っていた様子だった。亮はいつものように父の正面に向かって座った。今日の朝食は鮭の塩焼き、味噌汁、ごはん、漬物、ひじき、それにトンカツ。何だかいつもよりも豪華な気がした。亮が不思議に思い斜め向かいに座っている母に尋ねた。
「何か今日の朝飯いつもより豪勢じゃない?」
「今日は二人とも大事な入学式だからよ。今日は少し頑張ってみたの。しっかり食べて、しっかり元気ださなくちゃ!」
母親はこぶしをグッと握りしめて答えた。
妹は迷惑そうな顔をして、
「いつもと同じでいいのに。何かプレッシャー」
母親はいじけたように、
「何よ、せっかく気合い入れて作ったのよ。二人ともつべこべ言わずしっかり食べなさい!分かった?」
「「はーい」」
二人は口を揃えて返事をし、食事に手を付け始めた。
食事の中盤で今まで一言も喋っていなかった父親が口を開いた。
「亮、お前部活何に入るか決めたか?」
「いや、まだ全然」
「お前がどの部活に入っても俺は反対しないが、部活に入らないのは良くないと思うぞ。中学のようなへまはするなよ」
「分かってる」
亮は自分に確かめるようにして返事をした。
父親は続けて、
「由紀もな。何か部活には入っとけよ。変な先輩がいるところには絶対に入るなよ」
「うん。もう子供じゃないんだから大丈夫」
亮はその話を聞きながらご飯をかきこんだ。父親もなんだかんだで心配してくれていることに亮は少し嬉しい気持ちがした。
亮は紺のブレザーに青いネクタイを身にまとい、玄関で黒い革靴を履いた。
母親が一緒にいた妹と亮の二人に確かめるように、
「忘れ物はない?ちゃんと筆記用具とかお弁当とか持った?」
「大丈夫だよ。心配しすぎだって」
亮は明るく答える。
妹が続けて、
「じゃ、いってきまーす」
「はーい、気をつけてね」
母親に見送られながら玄関をあとにする。玄関を出た後、妹と別れる。
「じゃ、私こっちだから」
「おう、気をつけてな」
妹は自信ありげに、
「大丈夫、もう子供じゃないもん」
「言っておくが中学生も十分子供だぞ?」
亮は同じセリフを2回も朝に聴いた気がしたので、ツッコミを入れてみた。
「うー、子供じゃないもん!」
妹は駄々をこねるように答えた。
「分かった分かった。お前は1人前の大人だなー」
「ふふん、分かればよろしい」
妹はふんぞり返った仕草をした。亮は、それに対してはぁ、とあきれたようにため息をついた。
妹はそれに気づき、怒鳴った。
「ため息をつくなー!」
「はいはい」
亮は適当にあしらう。そうしているうちに時間はどんどん過ぎていって、妹は時間に気づき、
「そろそろ行かなくちゃ。じゃあ、頑張ってね、お兄ちゃん」
「おう、お前もな」
妹は手を振って別れを告げる。亮もそれに答えた。妹の由紀は今日から中学1年生。どうやら中学生=大人と思い込んでいるらしい。由紀は小学生の頃から明るい性格で、クラスでも人気者だということだ。亮はそんな妹のことを羨ましく思っているが、決して恨んだり妬んだりという感情は一切持っていない。一人の可愛い妹として誇らしく思っている。
「さて、俺も行くとするか」
亮は学校に向けて歩を進め始めた。
登校している途中で、亮はとある人物に声をかけられた。
「おはよー、リョウ」
「なんだテツか」
「なんだとはなんだよ、これからまた3年間一緒な学校に通うってのによー」
その男の名前は森川哲也。中学時代からの親友で、前の中学から亮と同じ高校に通うのはこの男だけである。亮は哲也と呼ぶのはちょいと長ったらしいからテツと呼んでいる。亮は中学時代、最初に哲也に話しかけられた。哲也はとても面白いやつで、なぜか気が合い、すぐに仲良くなれた。哲也は変態だか、亮以上に大人な性格をしている。過去に何度も哲也に身の上相談に乗ってもらった。そのたびに的確なアドバイスを受け、助けてもらった経歴がある。なので、変態という性格は置いておいて、亮は哲也のことをすごく頼りにしている。俺は、
「わるいわるい、これからもよろしくな、変態さん」
と呼びかけると、哲也はさも予想していたかのように、答えた。
「最近そんな呼び名も気持ちよく聞こえてきた」
「マジかよ!色んな意味で尊敬するわ!」
亮は予想外の返答に驚いた。
こんな感じでいつも二人は仲良くやっている。
私立峰山高等学校はその名の通り、山の上に位置している。当然ながら、学校へ登校するときは長い上り坂を登らなければならない。亮は小学、中学と何の部活にも所属していなかったので、体力には自信がない。当然山を登ることは亮にとっては苦痛だった。今日はその初日。亮は息を荒くして坂を上り続ける。その様子に気づいた哲也は、
「どうした、女の子の妄想でもして興奮してんのか?」
「お前と一緒にすんな!きついんだよ、坂が」
亮はツッコミを入れるのもきついといった様子である。哲也が思い出したように、
「ああ、そうか、お前何の運動部も入ってなかったもんな。でもこのくらいで音を上げるようじゃ、この先が思いやられるぜ」
「同感だ。いいよなー、元陸上部は」
亮は素直に陸上部で青春を謳歌していた哲也を羨ましく思っていた。すると、哲也は
「いいだろ、女の子の体操着姿を長い間拝められるのは陸上部だけだぜ」
と自慢げに語る。俺はあきれたように、
「いや、別にそこは羨ましく思ってないんだが」
「なんでだよ!体操着は男のロマンだろ!」
哲也は声を荒らげた。俺は素早く小声で、
「大声を出すな!こっちまで注目されるだろ!」
「いやー、すまんすまん。つい熱くなってしまった。だけど、そんなに羨ましく思ってんならお前も陸上部に入るといい」
亮は高校に入ったら何の部活に入るか全く決めていなかった。とにかく、自分が成長できるような部活に入りたい。そう考えていた。とはいえ、どの部活に入ったらいいか、全く実感が湧いていなかった。亮は哲也に返事がてら尋ねてみた。
「考えとくよ。テツは高校も陸上部?」
「いや、全く考えてない。前、陸上部だったけどいまいちピンと来なくてなー。何というか、これが俺の求めていた青春じゃないというか」
哲也は腕組みをして答えた。亮は中学の頃、哲也が部活動を謳歌していたことに、尊敬のまなざしで見ていたので、疑問に思い、聞いてみた。
「そうなの?俺から見りゃ十分青春を謳歌しているように見えたが」
「何か違うんだよなー。俺の求めていた青春はこんな感じじゃない」
哲也がいつもよりも真剣な表情をしているのを亮の目から見て取れた。
坂道が終わり、いつの間にか校門のすぐ近くまで来ていた。
亮は哲也に疑問を投げかけた。
「だったら、どんな青春を求めてるんだよ?」
「何というか、もっと甘酸っぱい青春というか……」
亮はにやにやしながら、尋ねた。
「ほう、お前は恋がしたいと」
すると哲也は、亮の予想に反して真剣な顔のまま、答えた。
「そうだな。高校に入ったらまともな恋がしてみたい。俺、人を好きなことになったことなんて一度もなくてさ。だから、人を好きになってみたい。青春ってそういうものじゃないか、って俺は思うんだよ」
亮はいつにもまして真剣な表情の哲也を見て、
「お前、本気だな」
「ああ、本気だ。リョウ、お前は恋をしたことあるか?」
校門に辿り着いたところで、亮は言葉を濁して、サッと駆け出した。
「さあなー」
「おい!ちょっと、お前、逃げるなよ!待て!リョウ!」
その姿を後ろからじっと見つめる女の子が一人。
「あれ?リョウ?」