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体温。  作者: 雪田
本編
7/57

第07話 頑張りたいのに、空回り。

「神崎篤郎と付き合ってるって、本当?」


 おはよう、の次の台詞がこれだった。

 理実は一瞬固まって、席の周りを囲むようにして立った数人のクラスメイトを見やる。

 すべての顔がにやにやと一様に笑っているのが少し、気になった。


「付き合ってないよ? あっくんは……神崎くんは、イトコで」

「なーんだ、よかった。じゃあさ、他に付き合ってる奴っているかな?」


 理実は釈然としないものを感じながら、正直に首を横に振る。

 だってさ。と口を揃えた男子たちの、後ろから半ば押し出されるようにして前に出てきた人がいた。

 苗字がすぐに浮かんだ。同じクラスの瀬名くん、だ。

 瀬名は生真面目に両手を体にぴったりと添えて、気をつけをした。


「あ、あのさ」


 はい、と理実も一緒になって気をつけをする。

 瀬名の顔はとても赤くなっていて、体調でも悪いんだろうかと理実はいらない心配をする。

 そして頭の隅のほうで、もう一つの予感を思っていた。

 この感じを、理実は前にも味わったことがあった。


「放課後にちょっと時間、もらえないかな?」


 瀬名の後ろに並ぶ男子たちのにやにやとした笑顔と、瀬名の熱がありそうなくらい真っ赤に染まった顔を見比べた。

 理実は抗いがたい気持ちで、こくりと頷いた。 


 


 学校の図書室は、人気がなかった。

 いつも耳が痛くなるくらい静かなので、本には音を吸い込む機能でも付いているのかな、なんて理実は思っていた。

 ほとんど仕事がないせいで、ボランティア採用形式を取らざるを得ない図書委員をやっているぐらい。

 理実はここが好きだった。


「よかったら、俺と付き合ってくれないかな」


 室内に響き渡る声。

 少し震えていたけれど、ためらいのない声だった。

 頷いてから、放課後に図書委員の仕事があることを忘れていたのに気づいた。

 それを瀬名に話すと、じゃあ部活の前に俺も一緒に図書室に行っていいかな、と言われた。

 瀬名は確か、篤郎と同じ、バスケ部だ。

 そういうことを、一学期に一度だけ席が隣り合ったことがあったときに、話した記憶があった。


「……えっと」


 自分の吐き出した声の音量が思ったよりもずっと大きくて、理実は驚いた。

 瀬名の両手は相変わらず体の横にぴったりと添えられていて。

 ただ、その先の拳はぎゅっと握られていた。

 顔も相変わらず真っ赤になっているかもしれないけれど、理実にはわからなかった。

 図書室に来てからずっと、顔を上げられずにいた。


「付き合ってる人は、いないんだよね?」


 繰り返された質問に、なんとか理実は頷く。


「じゃあ、他に好きな人でもいるの?」


 この質問は少し、考えなくてはいけなかった。

 好き、と言われても、理実の中にはぴんと来る人が思い浮かばなかった。

 ……目の前にいる人でも、ないように思った。

 でも、言わなくちゃ、と口を開こうとするたびに、予感がして。

 それが理実をためらわせた。


「もしかして、灰谷?」


 理実は一瞬何を言われたのか分からなくて、驚いて顔を上げた。

 その勢いに、驚いている瀬名が見えた。


「……なんで、灰谷くん……?」


 ゆっくりと理実が口を開いた。

 瀬名はやっと理実と目が合って、ほっとした様子を見せた。

 肩の力を抜いて、理実の目を見て話し始める。


「電車で、一緒に座ってるのを見掛けて」


 かぁっと理実の顔が一気に赤く染まって、それは何よりも明確な答えを瀬名に伝えた。


「……あの、あれは体調悪くてそれで」


 家まで送ってもらって。と繋げたものの、どう説明すればいいのか、理実は困ってしまった。

 嘘じゃないのに、嘘をついているような気がした。

 そんな心配事を遮るように、瀬名の拳が開かれて、理実の腕を掴んだ。

 ぎゅっと強く握り締められて、その痛みに理実は顔をしかめる。


「灰谷が、好きなの?」


 瀬名の声は、真剣で、どこか淋しそうな感じがした。

 違う、と簡単に否定することを、理実はなぜかためらった。

 顔を上げて、目を見て、言わなくちゃいけない。

 ちゃんと言葉にしなくちゃと思うのに、できなかった。

 肝心の部分が、自分でも、わからなかったのだ。


「……ごめんなさい」


 かろうじて一言分だけ、しぼりだした。

 すぐに瀬名の力は緩んで、ごめん、とだけ言って離れて行った。

 その手を見送りながら、まただ、と理実は思った。


(また、傷つけた)


「まだ、自分でも気づいてなかったのに、ごめんな。俺、最低だ」


 そう言い残して、瀬名が図書室から出て行ったあとも、理実は俯いたままでいた。

 ひたすら下を向いているせいで、重力にさらに力が加わっていて。

 じんわりと浮かびあがってくるものを、堪えるのが難しかった。


「最低なの、私だ」


 ぽつりと呟いた言葉は、誰もいない室内によく響いた。

 頑張らなくちゃいけないと思った。頑張りたいと思った。

 クラスに女子が一人でも、我慢するんじゃなくて、頑張れたらいいなって。

 頑張れるかもしれない、と思って。

 せっかく空が青くて、せっかく篤郎が励ましてくれたのに。

 瀬名の思いに答えるどころか。

 顔を上げることも、できなかった。


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