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体温。  作者: 雪田
本編
43/57

第40話 放課後デート。

 名前を知っているだけで、降りるのは初めての駅。

 緑の割合とか、建物の並び方とか。

 改札を出るとすぐに公園があったりして、いつも利用する駅と、どことなく雰囲気が似ているような気がした。

 違うのは空の色で。

 ついに我慢の限界に達したのか、先ほどからちらほらと降らし始めた白いかけらが手の甲に消えた。

 ……なんて、いろいろ考えてごまかそうとしてみても、この異常な脈拍数の原因は、すぐ隣から。


「手、冷たいね」

「……私、末端冷え性で」

「そっか。じゃあ、柳原さんの彼氏はちょっと難儀するかもね」


 きゅきゅ、と指先に力をこめて握られる。マッサージする、みたいに。

 冷えて感覚の少ない指でも、理実が実感するのには十分だった。


「……なんぎ?」

「んー、好きな人には触りたいじゃない、やっぱり。でも、あれの最中とか、いきなり地肌に触られるとビビるんだよね」


 まあそれがだんだんよくなるんだけど、と嘯く人の、思いどおりの反応をしている自信があって、悔しかった。

 寒さのせいも重なって、耳の先まで千切れそうに熱くなって。

 くっくと堪えきれていない笑い声だけが、しんしんと降る雪に静められた住宅街に響く。


「赤井くんて、意地悪だ……」


 負け惜しみを言うと、今ごろ気づいたの? と、逆に驚いた顔をされた。

 



 信号が赤になるのを利用して、横断歩道の前で理実は足を止めた。

 繋がった手にひっぱられて、赤井の足も止まる。


「あの、離して、ほしいです」


 こうやって、男の子と手を繋いで歩くのは、二回目だ。

 多いのか少ないのかよくわからないけれど、特別なことだというのはわかる。

 一回目のときと違って今は、手を引かれなくても一人で歩ける。

 不自然な状況が許される理由はなかった。


「……逃げたりしないから」


 そう言うと、あっけないほど簡単に手は自由になった。

 前を行く足は校内のときと同じように、ゆっくりとした歩調で動き出す。


「もう少しで着くよ」


 後ろを向いたままの背中は、相変わらず行き先を教えてくれなかった。

 ときどき、電信柱や看板の表示を覗いては、現在地を確認しているようで。

 初めて来たんだろうか。それにしては、堂々として見えるけれど。

 目的地に着く前に、理実は言われなければと思っていたことを切り出した。


「さっきの、写ってたの」

「ああ、あれね、俺の宝物。気に入った?」


 いつのまにか、宝物に認定されたらしい。

 機嫌がよさそうに揺れる肩を止める算段を、理実は必死になって考える。


「あの、なんていうか。できればその」


 写っていたのは、あの文化祭の準備をしていた日の、生徒会室だった。

 マクラの役目も成し遂げられずに、気がついたら一緒に眠ってしまっていた。

 思い出すのも恥ずかしくて、できれば封印してしまいたい記憶。


「私に、くれないかな?」


 振り向いた顔には、今日は眼鏡が乗っていた。

 レンズの向こうで、目が企む。


「そうだねえ、人物特定が難しいけど、あれの肖像権は確かに柳原さんたちのものだし。でも著作権は俺にあるからな。写真って難しいよね。

 ―― どうしようか。どうしても、ほしい?」 


 あの眼鏡はなんでも見透かす眼鏡なんだ、といつか言われたことを思い出した。

 だったら、隠してもごまかしてもしょうがないような気がしたのだ。

 うん、どうしても。と、理実は頷く。


「だって、独り占めしたいから」


 飛び出してきた言葉に、ぱちぱちと意外そうに目がしばたかれた。

 鏡のように、理実の目も同じことをする。何を言ったのか、理解は後ろからやって来て。

 大慌てで口をふさぐのを見届けて、赤井が破顔した。安心して、と。


「さっき送ったときに元の画像、消しといたから」


 手のひらの上で転がされているような気分になった。





 住宅街に入ってしばらくして、足が、一度通り過ぎそうになった青い屋根の家の前で、止まった。

 二、三歩遅れてたどり着いた理実は不思議そうにその外観を眺める。二階建ての普通の家に思えた。

 玄関先のプランターに、赤と緑のクリスマスカラーの花が咲いている。


「ここ?」


 その問いには肩をすくめただけで、赤井は門扉のインターホンを押した。

 隣に並んだ理実は、掲げられた表札を確認して、固まった。

 ぴんぽーん、と家の中で響き渡る音に合わせて、楽しそうに唇が動く。 


(どうして、なんで、えっと、ここって、だって、え)


 理実は合計十通りぐらいの驚きを表現して、それでもやっぱり逃げ出すことはできずに。


「はい」


 と、涼やかな声が、機械を通して聞こえた。



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