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体温。  作者: 雪田
本編
13/57

第12話 貸し出しお願いします。

 朝、決まった挨拶だけで会話が終わる。

 今日の髪型がどうのとか、お世辞を使われなくなった。

 ノートの貸し出しをしなくてすむようになった。

 分からない問題を尋ねられることも少なくなった。

 授業中に当たると、先生の質問にだけ答えて座れるようになった。

 お昼ご飯や、登下校のお誘いがなくなった。

 そんなささいなことの積み重ねが、灰谷のしてくれたことだった。


「いいよねえ、理実は」


 ぽかん、と理実は目の前の友人を見つめた。


「え、なにが?」

「だって、毎日逆ハーレム状態だけでも羨ましかったのにさ」

「……ハーレムの、逆?」

「そうよっ。今年の理数の特選クラスって、例年になく質がいいのよ。いい男の巣窟なのよっ」

「……いいおとこ? ……そうくつ?」

「そうよっ! しかもここまできて、灰谷くんゲットってなんなのさ?!」


 友人の瞳の奥がギラリと光った。

 理実はびくりとして、そそくさと視線を外した。


 放課後の図書室で、新刊整理なんてものを理実はこなしていた。

 少ないながら図書委員全員に連絡は回ったはずだが、来たのは、理実と、一年のときに仲がよかった、春野依子だけだった。

 二人で膨大な量の本に囲まれながら、背ラベルを貼る作業に没頭している。

 先ほどからの彼女の声量はけして、この場所に相応しくないものだったけれど。

 案の定、それをとがめるような人は誰もいなかった。


「なんで、この依子さんに話してくれないかなぁ。そういう決着がつくまえにっ」

「ごめんね。その、急だったから」

「そりゃ恋ってやつは、一寸先でどう転ぶか分かりゃしませんがっ」


 真理だ、と思って理実は苦笑いする。

 依子は、誰もいないのに、わざわざ耳に口を近づけて、秘密の話を打ち明けた。


「あのさ、灰谷くんって、密かに女子の本命率ナンバーワンって、知ってた?」


 思わず自分の耳を疑ってしまう理実であった。


「……知ってなかった」


 素直に本音を漏らす理実に、依子は特大のため息をついて、首を横に振った。


「友人としてあなたの恋を楽しめなかったのは残念だけど。それはまぁ、いいわ」


 おめでとうと言う依子の手が、さっきから止まりっぱなしなのが気になったが、あえて言わないことにした。


「私としては、幸いにも邪魔者が一人消えてくれたわけだしね……」


 ぷつり、と依子の声がそこで途切れた。

 代わりに、ごくりと息を飲み込む音と、同時にトントンと木の鳴る音がした。

 その音の先を振り返ると、貸し出しカウンターに一人の男子生徒が立っていた。

 トントン、と彼の長い指がまたカウンターを叩く。


「今日って、もしかしてお休み?」

「あ、うん」


 準備室の本の山を踏み分けて、理実は図書室のカウンターへと出てきた。

 図書室と準備室の間は、低い戸棚で区切られているだけだった。

 背後で、固まったまま動かなくなった依子をちらりと見て、なんとなく、理実は友人が言いたかった言葉の続きを想像してみた。


「あ、でも大丈夫だよ。貸し出し?」

「そうそう、貸し出しお願いします。柳原さんの彼氏をちょっと」


 理実が目を真ん丸にするのを見て、赤井が楽しそうに笑った。


「短期間で、生徒会に貸し出し願いたいなと、思いまして。許可をいただきに参りました」


 眼鏡の向こうで、目が見えなくなるくらい微笑んで。

 それがあんまりにも綺麗な笑顔だったので、理実は次の言葉を探すのに苦労してしまった。


「……灰谷くんが生徒会を手伝う、ってこと?」

「そう。前からメンバーにもぜひ、って誘ってんだけど。まぁ忙しい人だから、今まで無理強いはできなくて。でも、もうすぐ文化祭あるでしょ?こちらとしては猫の手百本よりも、灰谷くんの手が二本ほしい、切実な時期でさ」

「……それで?」

「うん?」

「灰谷くんは、どうするって?」

「あーあー、それがあんまり感触がよくないんだよね。だから、彼女のほうから先に落とす作戦に切り替えようかなと」

「……あの、ごめんね。よくわかんないんだけど」

「うん、そうだよね。きちんとした説明は生徒会室のほうでするから、さ」


 ちらっと戸棚の陰からこそこそと様子を伺っていた友人に目をやって、赤井がまたあの顔で笑いかけた。


「柳原さんの友達?」


 きゃっ、と返事を発して、超特急でカウンターの、理実の横に並んだ。


「友達の春野依子です。こんにちわ! いつも理実がお世話になってます!!」

「赤井です。こちらこそお世話になってます。よろしくね、依子ちゃん」


 至近距離からにっこりと笑いかけられて、きゃあっ、と依子が悲鳴を上げた。

 ついでに、隣の理実の手にしがみついた。

 繋がったところから伝染して、理実の身体も硬直した。せめて友人が腰を抜かしても大丈夫なようにとしっかり握り返す。


「依子ちゃんさえよければ、俺に柳原さんを貸し出してほしいんだけど」

「はいっどうぞ。どこへなりといつなりと、貸し出しオッケーです!」


 と、繋いでいたほうの手を勢いよく上げたので、理実も一緒に手を上げる形になった。

 それを見て、赤井が満面の笑みを浮かべる。


「ちなみにカードに記入とかって必要かな?」

「いいえっとんでもございません。生徒会長さまですから!」

「ありがとう、依子ちゃん。恩に着るよ」


 ばたん、と図書室の扉が閉じた直後に、きゃー!!!という絶叫が廊下まで響いた。

 理実は目をぱちぱちとさせて、自分のことでもないのに赤面した。

 図書室から階段をくだり、一階までたどり着いたところで、少し先を歩いていた赤井が、突然くっくと肩を震わした。


「いや、本当にもう、可愛いな」

「え?」

「女の子って、すごく可愛いなぁと思って」


 振り向かないままで赤井が言った。

 理実は生徒会室を目指していた。

 友人のパワーに押し出される形で出てきてしまったものの、なんだか嫌な予感がした。



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