表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
体温。  作者: 雪田
本編
10/57

第10話 昨日とは違う答え。

 チャイムが鳴り響いて、理実は自分のしたことに気がついた。

 朝のホームルームが始まってしまった。

 ごめんなさい、と慌てて理実が謝ると、瀬名は苦笑いをした。


「ほんとに、昨日も今日も、ごめんなさい」


 深々と頭を下げると、瀬名が一緒になって、こちらこそ。と頭を下げた。

 教室から連れ出しまではよかったものの、どこに、とか肝心の計画を立てていなかった。

 瀬名の提案で、部室が建ち並ぶ体育館裏に行くことになった。

 ここはバスケ部専用の憩いの場らしい。

 裏口に続く、コンクリートでできた階段を促されて、瀬名と並んで腰を下ろした。


「灰谷と、上手くいったみたいだね」


 淋しげに呟かれた言葉に、今度は迷わず、理実は首を横に振った。

 瀬名が意外そうに目を大きく開けた。


「え、だってさっき……」

「付き合うことになったのは本当、なんだけど。ちょっと事情があって」

「事情?」


 覗き込んでくる目からそらさないで。

 真剣な気持ちに見合うものを、返したいと思った。自分のできる範囲で。


「私、瀬名くんには本当のことを話しておきたくて、それで」


 こんなところに連れ出してしまった。

 瀬名がそれ以上追及しなくなったので、一つ一つ順序よく説明し始めた。

 昨日のことを、誤解のないように。

 伝わればいいな、と思っていた。色々なこと。


 一通り聞き終えた瀬名は、両手を階段について、はぁ、とため息をついた。

 どうやら一時間目の授業が始まってしまったらしい。

 ときどき一番近くの教室から漏れてくる先生の声と、風の音だけが聞こえた。

 今日も昨日に負けない快晴で、風が心地よく感じられた。


「……つまり、カムフラージュで付き合うってこと? 男除けのために?」

「すごく灰谷くんに甘えてて。瀬名くんには失礼だと思ったんだけど……」

「今は男と距離を置いておきたいから?」


 思わず頷いてから、慌てて理実が謝ると、ひらひらと手を振って、違う違うと二回繰り返した。


「俺って、そんなに柳原さんを追い詰めちゃったんだな」

「別に瀬名くんのせいってわけじゃなくて」

「でもできればそのカムフラージュ役、俺がやりたかったな、なんてね」


 漏れた本音に、理実は驚いた。

 その様子に瀬名はまたため息をついた。


「ま、灰谷ならしょうがないか。自分でそう仕向けたところもあるし」


 瀬名は立ち上がってズボンの砂ぼこりを払った。


「なんかみんなから言われてたみたいだけど、俺のことは気にしないでいいよ。ちゃんと返事はもらえたし。灰谷は、同性から見てもいい奴だしね。

……たぶん、そういうことになら一番適役だと思うよ」


 一緒に教室に戻ることはできない。理実はそう思って、座ったままでいた。

 それでも、去っていく背中を惜しく思ってしまうのは、きっと優柔不断な性格のせいで。


「瀬名くん、あの、ありがとう。嬉しかったの。昨日は上手く言えなかったけど」


 心からそう思っていることが、瀬名に伝わればいいな、と思う。

 瀬名は校舎に入る前にもう一度だけ、振り返った。


「嘘でも、仮の彼氏だとしても。 灰谷じゃなきゃ、ダメだったんだよね?」


 昨日とは違う答えを。

 瀬名には本当のことを知っていてほしい、と思った。

 真剣な気持ちに見合う、真剣な気持ちで。





「帰り? いいよ、じゃあ昇降口で待ち合わせで」


 誘ってみれば簡単に、一緒に帰れることになった。

 それが付き合えば当たり前のことになるなんて、今にも破裂しそうな心臓を思うと、信じられない。

 今日の授業の内容とか、当り障りのない会話をする。

 灰谷が帰宅部だということを初めて知った。

 成績も運動神経も悪いとは聞いたことがなかったので、意外に思う。


「柳原は? なんか入ってたっけ?」

「ううん、私も何も。放課後は図書委員があるぐらいかな」

「じゃあ、結構一緒に帰れるかもな」


 こんな、なんでもない言葉にも慣れるときがくるんだろうか。

 理実にはやっぱり信じられない。


「……もしかして一緒に帰るの嫌だ?付き合ってるのが周りに認知されるまでの辛抱だとは思うけど」


 とんでもない、と理実はふるふると首を左右に振った。


「そういえばさ、昨日図書室に行ったの、すごく久しぶりだった」

「あー……へんぴな場所にあるもんね、調べものがあってもなかなか行けないよね」


 苦笑しながら、図書室までの道のりを想像でたどる。

 図書室は、三階の一番奥にあり、二階のとある階段からしか来られないようになっている。

 まるで人を遠ざけるような構造だと、理実は常々思う。


「おかげで図書委員の仕事なんて、ぼーっとしてることだけだよ」

「それ、柳原の得意分野っぽい」


 からかわれたのだと気がつくまで、理実はぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 駅の改札を通って、ホームに立つ。

 そこには同じ制服が溢れていて、心なしか、視線が痛いような。

 灰谷に、気にするそぶりは見えなかった。


「でも、静かで。オレ、ああいう雰囲気は好きだな」


 電車が入ってくる騒音に、消されなかった言葉が頭に焼きついた。

 心地よいものと一緒に、重たいものが胸に広がっていった。


「灰谷くんは、本当によかった?」

「なにが?」

「私は、その、付き合ってもらえて、助かるよ。正直まだ、誰とも恋愛する自信が持てないし。でも、灰谷くんは? なんのメリットもないじゃない?」


 一瞬、灰谷の目に暗い、底のないものが映ったような気がした。

 たぶん、ホームの屋根でできた影のせいだろう。


「あのだから、私ができることならなんでもするから、言ってね」


 信じられないものを見たような顔を、灰谷がした。

 二人して、危うく電車に乗り遅れそうになり、閉まりかかる扉の隙間に慌てて飛び込んだ。

 がたん、一つ揺れてゆっくりと電車が動き始める。

 西に沈んでいく太陽が赤く、灰谷の顔を照らし出した。


「……そういうすごいこと、簡単に言っちゃダメだよ」


 それからも、明日の授業の内容とか、当り障りのない会話をした。

 理実が降りる、一つ前の駅を通過したときに灰谷が言った。


「柳原って映画、好き?」

「あ、うん。好き」

「今週の日曜ってひま?」

「うん。ひまだよ」

「じゃあ、付き合ってもらおうかな」


 簡単に、初デートすることとなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ