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短編集  作者: 三木拓矢
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短編5


死。

それはどういうものなのか考えてみる。

生きるの対義語。

亡くなる、逝くの同義語…………



人は自分の人生において死という意味について頭を抱える、とまではいかないもののふと考えてみることはあるのではないだろうか?

人の行き着く最後の疑問。それが死。

地獄だの天国だの幽霊だの死についての答えを探そうとした結果俗物的に終わる。

なんの意味も持たない。

なんの理由もいらない。

人は生きて、ただ死ぬだけである。

なぜ生き物は生に執着して死を望まないのか。

なぜ、死にたくなのか。

幽霊などを信じる人は死んだ後も生き物はどうにかなると考えている人であろう。

それなのになぜ死にたくないのか。

死んだ後も続きがあるならば別に死することも対してどうでもいいのではないか。

命を粗末にするなというが、別に死んだから命が無くなるわけではないだろうと私は考える。

ただ心臓が止まっただけではないか。

それとも命とは心臓のことなのだろうか。

なぜ心臓が止まったからそこで自分は終わりだと言えようか。

死んだらそれまでだとなぜ言えようか。

人という生き物は死というモノを少し怖がって考えているのではないだろうか。

しかし、死ということは親から教わるものでもないし、学校から説明されることでもない。

誰にも教わっていないのに人はいつの間にか死を恐れる。

なぜだろうか?

私が思うにそれは人が死を怖がるからであるからではないか?

死を恐ろしいものと考え。それがどんどんと繰り返し伝わってゆく。

そんな悪循環のもとに死の概念は成り立っているのではないだろうか。



さて、今回はここまでにしておこう。





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