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「…夢路くん」
窓から爽やかな光が差し込む病室で、白いベッドに横たわった彼女は傍らの椅子に座った僕を無表情に見つめた。
「君は、ボクの事が好きかい?」
いきなり何を言い出すんだこの子はと思ったが口にはせず、僕は彼女の質問に頷く。
それを見て彼女は僅かに安らいだような笑みを浮かべたが、すぐにそれを隠して無表情に戻った。
「そうか…なら、良い」
僕は彼女にどうかしたのかと問うたが、答えてはくれなかった。
「夢路くん」
初夏の風が彼女の薄青色のワンピースの裾をさらう。
汗で肌に貼り付いた長い黒髪を気にする事もなく、彼女は長い闘病生活で肉と生気のすっかり失せた病的な白い腕を僕に向けて伸ばした。
そして白く細長い指を僕の首にまわす。
「夢路くん」
赤い唇から紡がれた僕の名前。
「大嫌い」
その言葉は抵抗もなく僕のがらんどうな心に沈み渡る。
「大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い」
まわされた手に力がこもっていく。
それはひどく弱々しくて、全く苦しくはなかった。
僕はそんな彼女の手をゆっくりと首から外し、それを両手で覆うようにして包む。
「真魚、愛しているよ」
「そんなの、嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「じゃあ、笑ってよ」
黒燿石のような目に涙を溜めて、無表情に彼女は言う。
「僕を愛しているなら、笑ってよ」
僕は彼女に言われた通りに笑顔を浮かべて見せた。
すると彼女は首を横に振る。
違う、そうじゃない、とでも言うように。
そんな彼女を僕は引き寄せる。
そして背中に手をまわして、彼女の脆い骨を折らないように、優しく抱き締めた。
彼女も僕の背に手をまわし、服を掴む。
「夢路くんは僕を愛してなんかいない。だから、だから僕も君を愛さない」
言葉とは裏腹に彼女は僕の胸に顔を埋めた。
額をぐりぐりと押し付けてくる。
彼女が甘えたがっているのがわかった。
僕は彼女の背中を擦り、頭を撫でる。
「僕は真魚だけのものだ。だから、安心して」
そう囁いたけれど、彼女は信じてくれただろうか。