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3/3

校長先生と副校長先生

俺は体育館の簡単な片付けを済ませると、急いで校長室へ向かった。


先ほどとは違う気持ちで、自然と足が速くなる。


校長室のドアの前で一度立ち止まり、ジャケットの襟を整えた。


中から、校長先生と理緒の声が聞こえる。


――まだ帰ってない。


それだけで、少しだけ安堵した。


ドアをノックする。


「失礼します」


校長先生と理緒が、向かい合って応接ソファに腰掛けていた。


理緒は一瞬こちらを見て、気まずそうに視線を落とす。


「講演、ありがとうございました。胸に刺さる内容でした」


作り笑いを浮かべる。


理緒は一瞬固まったようにこちらを見ていた。


「……ありがとうございました」


「……そう言えば、藤森先生はこの学校の出身じゃなかった? 年齢も神崎さんと近いんじゃないですか?」


「え……あ……はい」


作り笑いが引きつる。


「じゃあ、同じ時期に学校にいたのかな? ……もしかして、知り合いだったりする?」


「え……あ……はい……」


「え? 知ってるの?」


校長先生は理緒へ確認するように尋ねる。


「……はい。藤森さんが先輩で……」


「なんだぁ、そうなの? 藤森先生も早く言ってくれればいいのに」


「いえ……今日気付いたもので……」


「そっかそっか。じゃあ、せっかくだから少しゆっくり話してきなさい。校長室使っていいから」


そう言って、校長先生は部屋を出て行ってしまった。


ドアが閉まる。


静かになった室内で、時計の秒針だけが聞こえた。


理緒は膝の上で両手を重ねたまま俯いている。


俺も何を言えばいいのか分からなかった。


とりあえず、さっきまで校長先生が座っていたソファへ腰掛ける。


理緒の緊張が、こちらまで伝わってきそうだった。


「「……あの」」


偶然、声が重なる。


「ごめんなさい……先にどうぞ」


理緒が慌てたように言った。


「……いや、その……いい講演だった」


理緒は顔を上げる。


少しだけほっとしたような表情を浮かべて、それから視線を逸らした。


「……小説は、読みましたか?」


「いや……ごめん。でも、映画は観た」


「……そうなんですね。その……映画は小説とは少し内容が変わっていて……」


「……そうなんだ」


少し間を置く。


「……でも、観てる途中で、もしかしてって思った」


「っ!?」


理緒は両手で顔を覆い、耳まで真っ赤になる。


「……じゃあ、そのつもりで観たんですか?」


消え入りそうな声だった。


「……いや。途中で気付いたけど……気付いた後は、それどころじゃなかった」


正直に答える。


理緒は少しだけ俯いた。


「……勝手に物語にして、ごめんなさい」


「いや。そんな……気にしてないよ」


言いかけて止まる。


「……気にしてないよ。……気にならなくは……ないけど」


自分でも何を言っているのか分からない。


理緒は小さく笑った。


それだけで少し救われた気がした。


「理緒が、小説を書くとは思わなかった」


「……いろいろあったんです」


「そっか」


短い返事しかできない。


それでも、昔みたいな沈黙ではなかった。


「……理緒は、今は会社を経営してるの?」


「……経営は大学の仲間がやってます。でも、そうですね。社長の秘書みたいな立場……かな?」


「へぇ。すごいな」


「すごくはないですよ。たまたまです」


「……でも、理緒に合ってると思う」


「……え?」


理緒が顔を上げる。


「中学の時、図書委員の副委員長を断っただろ?」


「……はい」


「あの時、『理緒なら向いてるのにな』って思ってた」


理緒が目を見開く。


「私に?」


「うん。理緒は昔から周りを見てたし、人を支える役目が似合うと思ってた」


理緒は少しだけ目を伏せた。


「……ちゃんと見ててくれたんですね」


その言葉に、返事ができなかった。


ガチャリ、とドアが開く。


副校長先生が入ってきた。


「あぁ、神崎さん。今日は来ていただいてありがとうございました。副校長の兒玉です」


「こちらこそ、機会をいただきありがとうございました」


「講演費の手続きがありますので、こちらの書類をお願いできますか?」


「あ、はい」


副校長先生は俺へ向き直る。


「あ、藤森先生、ありがとう。あとはこちらでやるから」


ただの来客対応をしていたと思ったのだろう。


遠回しに、仕事へ戻れと言われている。


「分かりました」


立ち上がる。


理緒も小さく頭を下げた。


俺も軽く会釈を返して、校長室を後にした。


職員室の自席へ戻ると、一気に肩の力が抜けた。


仕事を進めているうちに時間は過ぎていく。


気付けば、理緒はもう帰っていた。


――もう会うことはない。


その時は、本気でそう思っていた。


それでいいとも思っていた。

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