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第7話:破れた想い

 わたくしには何も聞こえませんでした。セドリック様が口を動かしたまでは読み取れましたが……。口パクもお上手なことは初めて知りました。


 気を取り直して、もう一度。ズケズケと横槍を入れる空気読まずを、成敗してくださいませ、セドリック様。


「……聞こえなかったか、ルイーズ。……いや、マルシャンの娘。婚約は破棄だ。あの日の約束は無しにした」


 そうですわよね、あの男がちょっと裏で密かに……セドリック、さま? きっとまだお目覚めではなくて、悪霊に身体を乗っ取られてしまっているのでしょう……。


 壁に整列していた貴族たちの目は凍り付きました。神聖な式場に、邪教をつかさどる不穏分子が紛れている、と。


 血の通った管が震えているのが分かります。張り裂けそうな空気に押されて、無音の悲鳴を上げているのです。


「何を言っているのですか、セドリック様! わたくしたちは、初めて会ってからというもの、不満をぶつけたことのない仲ではありませんか! あなたの横に立っている者の戯言などに耳を傾けてはいけません!」

「ルイーズ! 口を慎め!」


 わたくしが愛情を注ぎこんでいたモノは、もはやもぬけの殻になっていました。白アリが中に棲みついて、樹液を根こそぎ食らってしまったようです。


 セドリック様の怒号に、姿勢の崩れてきた兵士たちが敬礼しなおしました。自立する格好のいい声も、今となっては空砲にしか見えません。


 壇上からの罵声は、さらに続きます。


「このセドリックの横にいる方を心得ていないのか! 国王を支える内のひとり、ゴーダン公爵であるのだぞ!」


 ゴーダン公爵。床に転がった食料を奪い合う平民でも聞いたことのある、由緒正しい名家の長です。国政を担っているため、男女のパーティーなどといった軽い場には出てこられないお方……恋心を踏みにじる何も分かっていない男です。


 貴族社会では、階級の上下がすべて。無礼講でもなしにため口を叩こうものなら、王都から追放されてしまいます。


「……ゴーダン公爵であられましたか……。それは失礼つかまつりました……」


 鬼の仮面を床に隠し、わたくしは跪きました。セドリック様に尽くそうとした心は零れ落ちて、行く当てのない思いだけがわたくしの中に残っているのであります。


「……どうしてもお尋ねたいのですが、わたくしがなぜセドリック様をたぶらかした、と……? わたくしはお金を渡したことも、みだりに接近したこともございません……」

「お前は身分を隠していただろう! 高貴なものだけが招かれる神聖な場で、よくもまあ男爵ごときがセドリック様に近づけたものだ!」

「お待ちください! あのパーティーは確かに招待されなければ参加できませんが、わたくしの家宛てには毎回届いていましたよ……?」

「どこまでもシラを切る娘だ。なりすました、と一言説明すれば済む話を、長々と説明しおって……。その穢れた顔を上げるのでない!」


 酒をひたすらあおぐ男、露出を増やして取り入れられようとする女、そんな者たちがはびこっていた会場のどこが『神聖』なのでしょう! 市場のはずれにある豚箱のほうが、人間の手が入らない点で『神聖』でしょうに。


 セドリック様の父親らしき男は、これでもかと言葉を浴びせてきます。果てはワイングラスを投げつけてきました。


 暴れて止められなさそうな男と止めたのは、やはりこの方でした。


「……父上、お怒りをお鎮めください……。公爵にもなったお方が感情を盾にするなど、公にあってはなりません……」


 やはり、そうなのです。父親が暴走していたのであって、セドリック様は正気です。先ほどは雰囲気で言わされてしまったのでしょう。わかります、わたくしもお母さまが隣にいては心に正直になれませんでしたから……。


 まだ蒸気をたてている父親が玉座に乗せられたところで、セドリック様は改めて口をお開けになられました。


 あら熱を取った声は、不思議とわたくしに突き刺さりました。


「……ルイーズ、君は男爵の子だったのか……。……そんな貶められた地位のキミと僕は結びつくわけにはいかないね……。とてもつり合わない……」


 彼の目は、毒沼そのものだったのです。

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