第6話:突然の
使者の馬車は、向かう道に障害物を感じさせませんでした。行きかう人々は我先にと進路をゆずり、道端の野草さえも左右になびいていました。ラファエルと二人で向かったときは、どうして馬を降りる羽目になったのでしょうか。
王都の門番も、使者の男が見せた『ゴーダン家』の証拠なるものにひれ伏していました。あの、すみません、『マルシャン家』を見た後は怪訝な顔をしていましたよね? あなたも畑の虫よけの仲間入りをしたいのですか?
パーティー会場までの道は知っていますが、貴族ごとの邸宅となると話は別です。踏み鳴らされた土の道から、石板の埋め込まれた道に変化しました。馬の足にも良さそうなつくりになっています。
セドリック様のご邸宅に近づいている。考えただけで脚がうずうずしてきます。『セドリックさまー!』などと大声を出せば、彼は返事をしてくれるでしょうか。貴族のはしくれでもマナーはわきまえています、実際にはしません。
馬が足を止めた場所には、それはそれは豪快な邸宅がそびえ立っていました。わたくしの住むお屋敷を何層積み上げても届きそうにありません。男爵と公爵の溝を不意にも感じさせられてしまいました。
門の柵が地中に引っ込み、わたくしは中へと案内されました。前にも後ろにも槍兵がついていて、クモの巣に引っかかった感覚がします。良いことばかりではなさそうです。
暗い廊下を抜けた先には、大きな赤いチェアが何個も並べられた広間がありました。窓は色ガラスで、とりどりの光が部屋を照らしています。
中央で仁王立ちしているお方がセドリック様。黒基調の軍服を身にされた姿も、引き立って見とれてしまうものですね。
「セドリック様、ずいぶんとお早い婚約の儀式でありますね……。わたくしもここまで早いとは思ってもいなかったことで、このような間に合わせの衣装になってしまい申しわけ……」
「そちらは黙っていろ。色あせたドレスなど、動きだけで反吐が出る。それ以上気分を害させるのではない!」
セドリック様は口を閉ざしたまま。鞘から剣を抜いてわたくしを指したのは、彼にしわを何本も付け足した男貴族でした。高貴な身分であることをいいことに、妬いてるのでしょうか。身分差があろうとも、真心の愛は簡単に貫けるものなのです。
横から突き出す槍に動きを止められて、足を踏み出すことができません。セドリック様との距離も縮まらないままです。
愛する彼の目線は、どこにも向いていないように思えました。何をしているのでしょう、早く魂の散歩は終わらせて、わたくしを気に入らない横の男に反論を被せてもらいたいものです。
わたくしには目もむけず、男は巻物を手に取りました。従者に何やら話しかけ、それを広げさせました。人使いの粗い貴族は不快なものですね……。わたくしはああならないよう気を付けなくてはなりません。
「……そちらの名は、ルイーズ・マルシャンと言ったな。この将来を有望視されているゴーダン家の次期当主、セドリック様を陥れようとするとは、末代まで祟られる悪行ぞ!」
何といいましたか、あの骨に肉のついた男は? わたくしが、セドリック様を陥れる? ラファエルを落とし穴に誘ったことはありますが、それも膝までしか埋まらない幼稚な代物。まして、彼に仕掛けたことはありません。
昇ってくる血を矢にかえて、あの男を貫いてやりたいところです。元凶さえいなくなれば、この場も元通りになるに違いないはずです。
「なにを申されているのですか! 確かに先日、セドリック様は『婚約の約束をしよう』と約束してくださいました。けっしてわたくしが謀って言わせた言葉ではございません!」
「ええい、弁解をするでない! その約束をさせたお前の話術が、セドリック様を狂わせたのだ!」
クソジジイとの話は通じないようです。耳にチューブを取り付け、水を送り込んでやれば治るのでしょうか。
ともかく、最下位の男爵家が屈すると思ったら大間違いの元です。人間の真の想いがあれば、権力の壁など簡単に超えられます。
さあ、セドリック様、どうかあの狂ってしまった男たちにお諫めの言葉を!
セドリック様の瞳に、今日初めて色が付きました。チューリップを潰したような、毒々しい色が。
「……ルイーズ、あなたには失望したよ……。婚約は、破棄させてもらう」




