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第5話:夢見心地

 パーティーが終わってからというもの、わたくしの心は曇りの天気を知りませんでした。衛兵がまたがっている丈夫な馬と勘違いして、大岩を飛び越えさせそうになりましたわ。ラファエルに諭されなければどうなっていたことか……。持つものは利害の絡まないお友達ですね。


 お屋敷に戻ってきてからも、胸が独りでに駆け出していきそうなのは変わりません。召使いを雇うだけのお金もありませんので、縛り付けておくこともできません、残念ながら。


 わたくしにとってはオマケ程度のものとは言え、公爵家との婚約を取り付けたとなっては、さしものお母さまも……。


「……ルイーズ、鶏が鳴いてからいくら経っていると思っているんですか! さあ着替えなさい、今日は残った部分の耕しですよ」


 てこでも動かないお母さまは信じてくれませんでした。あなたの一人娘、跡継ぎのルイーズちゃんが最愛の人を手に入れたというのに! さすが、幼少期から食料に悩まされてきた世代は格が違います。新しい波に飲まれてくれるといいのですが……。


 わたくしの目覚ましは、とんがり屋根から漏れるお日さまの光です。他の貴族は人件費を無駄遣いして起こされますが、わたくしたちはなんと自然的な生活なのでしょう! ……日によっては冷えた雨粒に代わってしまうのが難点ですけど……。


 外で情けない姿を見せるわけにはいきません。引き出しから新しそうな衣服を引っぱってきて、その中に入りました。色が付くだけで、見た目も妥協ラインは超えてくるものです。


 お外には人影がありません。腐っても貴族、マルシャン家の領地なのですから、近寄るものは王国の使者かラファエルくらいです。……親友というくくりだけで、ラファエルを通してもいいのでしょうか……。お母さまが許されているからいいのでしょう、きっと。


 甘い甘いあの日のことが、ひっきりなしに流れています。立っているだけで目を回し、危うく種子を踏んずけてしまうところでした。


『今ここで、婚約の約束をしよう』


 ああ、神様! 世界が今日終わるとしても、セドリック様との熱い交わしは忘れないでください! 願いが叶わないのであれば、十字架を薪にして焼いてしまいます。


「何度言えば分かるんですか、お母さま! セドリック様が、ゴーダン公爵家の跡継ぎになられるお方が直々に認めてくださったんですよ? 嘘だとお思いになられるなら、直接訪ねればいいのではありません?」

「……ルイーズは、むっかしから騙されやすい子だからね……。なりすました不届き者かもしれませんよ?」

「その時は……、かかしに縛り付けてカラスに処してしまいます!」

「ルイーズ、どこから話が漏れるか分からないのよ? そんな言葉を使ってはいけません」


 いつまでも子どもは可愛いままなのでしょうか。十年数えるかどうかの子が、どうしてクワを上から振り下ろして山をつくれるでしょう。


 お母さまこそ、昔の記憶に振り回され過ぎです。『あなたのお父さんだよ』と語った若い男についていきそうになったのは、ラファエルが馬に蹴られていたあの頃のお話。もう立派に恋のできる年になりました。


 セドリック様は、心広きお人です。


『……あれ、君は……。お名前を、何と言うのかな……?』


 初めてのパーティー、ステップすら踏めなかったわたくしの手を取ってくださったのは彼でした。どうしていいか分からなかった身を救ってくれたのです。


 家で練習していたものとは違い、ダンスはうまく踊れませんでした。ブリキ人形と揶揄され、指をさされました。


『彼女にそんな言葉を投げかけるんじゃない! それでもあなたたちは貴族ですか!』


 セドリック様の海を分ける一声。溺れかけていたわたくしは、二度助けられました。


 運命のいたずらとしか表現しようがありません。このわたくしが、セドリック様と!


「まったく、この状態だと終わるまでに何時間かかるか……」


 お母さまは手を泥だらけにして、準備のととのった畑に種を植えています。きちんと聞こえていますよ、独りごとが。


 華やかさからモノクロの日常に身を置こうと腕を伸ばしたとき、どこからともなく馬車の走る音が響いてきました。ラファエルのいたずらなら、今度こそ溜め込んだ食事ごと無に帰してさしあげましょう。


 有人の馬車には、灰色の服を着た男が乗っていました。


「……ゴーダン家より、お呼び出しがありました。至急向かわれたく思います」


 セドリック様は手際がいい。婚約を一度決め込んだら、三度日が暮れぬ内に遂行してしまいますとは。このルイーズ、恐れ入りました。


 散々話を受け取らなかったお母さまの目が、みるみる内に丸くなっていきます。泣く子も黙る『ゴーダン』の名字を耳にされたのでしょう。


 手を清める時間も無しに、わたくしは誘導に従いました。


 わたくしが深くもたれかけたのが合図になったのでしょうか、馬車は畑をおいて走りだしました。

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