第13話:式場
イヴァン様との婚約は、見ていて戦慄してしまうほどトントン拍子に進みました。毎日通うようになった彼は、早々に書類をこしらえてくれたのです。
『この書類は……? マルシャン家に、サインとして適当なものはありませんよ……?』
『安心していて。ルイーズは、ここに署名をしてくれるだけでいい』
彼に促されるがまま、わたくしは全ての文書にサインをしました。
セドリックにこれをやられていたらと思うと、背筋が立ってしまいます。署名をした翌日に彼は雲と消え、残されたのは大量の借金……。理解する前に、マルシャン家は取り潰しになっていました。そこまで悪知恵の働かない男で幸運でした。
彼によれば、両親はすでに説得済みとの報。身分差を認めてくださる親をお持ちとは、血筋から雅が溢れ出ていたようです。
今、わたくしは舞台裏にいます。厚手のカーテンに隠れて、自らの名前が呼ばれるのを待っているのです。
後から知ったことですが、イヴァン様はあのルロワ公爵家の跡継ぎであられました。セドリックのゴーダン家と並ぶ名家との情報です。
世間知らずのわたくしは、なんという無礼を働いてしまったのでしょう! 『ヴァン』などと軽々しく呼んだことが明るみにでも出ようものなら、わたくしの首は飛んでいきます。カラスにつつかれて人生は終わりです。
栄えある席には、お母さまも招待されています。お父さまは多忙で戻ってこられないらしいのですが、さぞ祝福の言葉をかけてくださっていることでしょう。
お母さまにとってみれば、もう堅苦しい農作業をしなくて済むのです。箱につめて市場に運ぶこともなくなるのです。その上、娘の婚約相手がマロワ家。立場を入れ替えれば、わたくしは天井に頭をぶつけてしまうでしょう!
ただ、わたくしには栄誉も金銭も本心あってのもの。大切なものは、相手を想う真心の愛なのです。彼が示してくれた愛を分かち合い、共に羽ばたいていくのです。
「……それでは、ルイーズ・マルシャン様の入場です!」
司会の大声が響きわたりました。事情を聞かされていなかった者は驚いたでしょう。数日前に悪人とされた小娘が、国王の側に使える公爵家の長男と結ばれたのだから! 勘違いに罪はありません、これから認識を改めてくれるのであれば。
イヴァン様から授かった純白のドレスを纏ったわたくしは、一歩前へと踏み出しました。裾で転んでは晴れ舞台がおじゃんですから、慣れないハイヒールのかかとに神経を傾けます。
神父を挟んで、彼はまっすぐこちらを見つめていました。身体に穴が開いたら、それはイヴァン様、貴方のせいですからね! 知りませんよ、わたくしは!
視線の集まる厳かな空気で、彼は身じろぎひとつしません。ただ、妻となるわたくしに一途な瞳を向けてくださっています。
「イヴァン・ルロワ様、あなたはここにいるルイーズ様を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
彼の言葉が届くまでの刹那が、永遠の時間にも思われました。足が☆☆☆から離れて、浮いているような……。
「はい、誓います」
目の奥から、温かいものが流れ出してきました。見せてはいけないと意識するほど、涙は頬を伝っていきます。
頭が真っ白になりながらも、わたくしは彼の誠を受け取りました。
この場だけでいいのです、耐えてください、わたくし。裏に引けば、もういくらでも顔をうずめられるのだから……。
「ルイーズ・マルシャン様、あなたはここにいるイヴァン様を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
お母さま、すみません。一世一代の晴れ舞台を涙で濡らしてしまって。それくらい、わたくしは彼を愛しているのです。
「はい、誓います」
イヴァン様とわたくしは、光の環でつながったのでした。




