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第12話:お忍び

 王都の暦などどこ吹く風、街の中心は人がごった返していました。小袋を手に持って間をすり抜けていく子供に、目を細めて品定めをする大柄な男。わたくしにとっての日常が広がっていました。


 何も説明せず突き進んでしまいそうですが、なにせ横におられるのははるばるやって来たイヴァン様。縁の人になるかもしれないお方であり、巷でいうところ『世間知らず』に当たる方です。わたくしが、彼に物事を教える……! 武者震いが止まりません。


 ボロ布で偽装していても、彼は通りで目立っています。頭髪は隅々まで水分が行きわたり、背も高いのです。通りすがりの人々が彼に集中するのを感じます。


「……ルイーズ、この人たちはどうして私ばかり見るのかな……? まさか、正体がバレている」

「ヴァン様、そのようなことはないとわたくしが保証☆☆☆します。ヴァン様のように整ったお方に目が向くのは、当然のことでしょう?」

「そう考えるのが自然です、か……。……『ヴァン様』という呼び方はなぜ」

「フルネームを言って気づかれてしまっては意味がありません。平民の中には、貴族を調べ上げている猛者がいると聞きます」

「そうでしたか。……それならば、私のことは『ヴァン』とお呼びになられるのが良いかと」


 機転を利かせたつもりが、自らを落とし穴へと追いやってしまいました。彼を『ヴァン』と呼ぶのですか!? 言葉には到底出せませんが、その……、犬の鳴き声みたいな……。それを抜きにしても、まるで子供の愛称ではありませんか!


 わたくしは頷くしかありませんでした。彼の申し出を断るのも、道を断っている気がして……。


 しばらく道なりに歩いていたイヴァン様とわたくしでしたが、ある出店で彼が立ち止まりました。目につくものを見つけたようです。


 彼が手に取ったのは、中央がふくらんだ黄色の果実。料理の味付けにはぴったりですが。


「イヴァ……、ヴァン、それは直接食べられはしますが、味の方が……」

「もう少し砕けた言い方にしないと不自然になってしまうよ、ルイーズ」


 『ヴァン』でも馴れ馴れしいのに加えて、もっと自然体でとのたまうのですか? それ以上はわたくしの精神が持ちません。軽い、あまりにも軽い……。


 わたくしの補助にもかかわらず、彼は首を浅く縦に振っていました。


「はいよ、お兄ちゃん! 一個につき銅貨三枚だよ!」

「それでは、ふたつもらおうかな。ほら、ルイーズ、一個は君にあげるよ」


 彼は腰にぶら下げていた巾着から銅貨を取り出し、店番の男に渡しました。王都にこもっていたにしては、やりとりもスムーズです。


 王都の、そして貴族となると、お金の使い方が雑になるイメージがあります。見かけた限りでも、物を買う際に金貨を放り投げる輩が何人もいました。


 その人たちと比べて、彼の所作の揺ぎなさはどうでしょう。銅貨ですよ、銅貨! わたくしたちの感覚をお忘れになられていない、民の上に立つべきお方です。


 ひとまずの買い物を終えたわたくしたちは、通りのはずれまで移動してきました。


 いつもは清潔な場所にばかり留まっている彼は、なにもない土の地面に身体をおろしました。セドリックなど、パーティー会場の床ですら毛嫌いしていたというのに……。


「……イヴァン様、どうしてレモンをお買い上げになられたのですか?」

「ああ……、レモンは王都で採れる果物ではないんだ。当然仕入れてきたものが売られているのだけど、あまりおいしくなくて……」


 イヴァン様、それは新鮮なレモンも同じだと思いますわ。酸っぱいだけでお腹を満たしてくれない、上流階級御用達の果物です! 王都の者はここまで足を運ばないので、値段が安かっただけのことです。


 レモンを一瞥した彼の目は、わたくしを向きました。


「ルイーズはしっかりとしたお嬢様だね。直接会ってから、ますますそう感じたよ」

「イヴァン様こそではないですか……」


 わたくしの顔、赤くなっていませんか? 手鏡があれば、今すぐ確認できるのですが……。


 準備はととのってきましたが、ここからどうやって気持ちを伝えるのが良いのでしょうか。中途半端ではかえって距離が遠のいてしまいそうで、しかしパーティーに出られる状態でもありませんし……。


「……場所選びが良くないのは分かっているけれど……。ルイーズ・マルシャン様、私と婚約を結んではくれないか?」


 そうですね、この場所は……ええ!? イヴァン様の方から!?


 まだ心の準備などできておりません。今日の出来事と婚約をどうつなげようか、わたくしが考えていたのに、一本取られてしまいました。今夜はお祭りですわ! わっしょい! わっしょい!


 おでこのあたりが、ふんわりと熱っぽくなりました。イヴァン様なら、今度こそ、愛を育むことができる、そう信じて。


 隙間をつくることなく、わたくしは脇を引き締めました。


「もちろんですとも、イヴァン様!」

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