第11話:約束
イヴァン様が去られた後から土を掘る作業も楽々と進み、あとは種を植えるだけになりました。春の大一番、農具からようやく解放されたのです。これでもう今年のところは貴族らしくない姿を見せなくて済みます。
食事をとり、寝床に入っても、徒歩で現れた彼が焼き付いて離れません。時たま盗賊が出没する郊外に赴き、わざわざわたくしまで会いにきた彼の、なんと思いが厚いことか!
振り返ってみれば、セドリックはパーティー会場以外で一度も目にしたことがありませんでした。職務でご多忙なのだろうと考えていたわたくしの能天気さよ……。ただ本気を注ぐつもりが無かっただけでした。
午前の仕事を終え、わたくしは昨日と同じように玄関前で彼を待っています。お母さまには了承を得て、正装とはいかないまでも整えています。あのお方に恥をかかせたくはありません。
これまでにわたくしが知っている男性といえば、お父さま、ラファエル、それとセドリック。危ない人間かどうか判断するのは、わたくしよりもラファエルやお母さまが優れています。
ラファエルにも相談したかったのですが、彼は一家の大黒柱。齢二十歳にして重責を負った彼に、そうやすやすとは会えませんでした。
上下にはねた人影が、遠くに映りました。馬を走らせる平民はいませんから、あの姿はイヴァン様で間違いありません。遠路はるばる、約束を守ってやって来たのです。
「昨日の話、きちんと覚えてくれていたのですね、イヴァン様……。ゆっくりと歩くお姿も引き立っていたのに、白馬にまたがっているのも……」
「直々に約束したことを忘れる訳がないじゃあないか。……そうだったね、貴女をたぶらかしたセドリックは……」
「皆まで言わなくていいのです……。そのことは、過去に埋めてきました。今日はイヴァン様といっしょにいられることを心待ちにしていたのですから」
過去を振り返っても愛は戻ってきません。恨めしい思いが霧散するわけではありませんが、前を向いて生きなくてはならないのです。どう成敗するかは、バッタリ遭遇してから考えても遅くはないでしょう。
馬をとめた彼は、羽織っていた黒マントを脱ぎました。アクセサリーも取り外して、外の椅子に座っているお母さまと何やら会話をしています。もしかして、わたくしが彼の家に……いや、まだ一方通行の想いを拡大させてはいけませんね。
貴族の証をすべて外した彼は、一切合切をお母さまに預けて駆け戻ってきました。
ええ、イヴァン様のお考えならいいのですけど……。見るからに裕福でない貴族に、腹の足しになるものを託すことに不安はないのでしょうか? わたくしはお母さまを一から十まで知っていますが……。
「さあ、ルイーズ様……。……貴女が許してくれるのであれば、『ルイーズ』と呼ばせてもらってもいいですか? 『様』をつけるたびに、貴女のお顔がほんのり寂しくなっていたもので……」
「ぜひお願いいたします! ……実はというと、『様』呼びされた経験がないばかりに、少々ぎこちなく思っていまして……」
なんと丁寧な言葉遣い。セドリックの時は『呼びかける記号』だったソレが、彼には『そう呼びたい』というはやる思いを感じます。
下から出てきた彼の服装は、灰色の作業着というシンプルなつくり。街中に繰り出しても、やや羽振りの良い家庭で済まされます。
「……それじゃあ、ルイーズ……、私は平民の暮らしが気になっていてね……。ルイーズなら、身近に知っていると思って」
「……もしかしてですけど、わたくしを案内人代わりに……?」
「そう口を曲げたら、せっかくの笑顔が台無しになってしまうよ。ほら、スマイル、スマイル……」
はっ! いけません、今不満を示してどうするのですか。彼との時間をつくれるだけでも、わたくしにとっては幸福そのものだというのに、です。
もしも案内人としてだけ訪ねてきたのであれば、後からお金を請求すればいいだけのこと。水を差せば、わたくしがお金に執着がないように映ってしまいます。……いえ、生活がかかっているのでそれは本当のことですけれど……。
恐れ多くもわたくしが指揮を執るようにして、彼といっしょに街まで下りていきました。




