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秋になってぼくの身の回りからは恋のコの字の影すらも消えて、ただひたすら小説を書き、Q大学に通っては夢野博士から色々と夢研究の手ほどきを受ける、そんな日々が続いた。
まぶたの裏にはいまだにあの、ハンバーガーショップのみよちゃんの姿がちらついて、夜眠ろうとしても、ろくろく寝つくことができない。これはいわゆる恋わずらいだ。ぼくはいったん、シャキッと目を覚まして小説の執筆にでも打ちこもうと思い、夏に比べて多少温度の下がった水道水で顔を洗い、自室に戻った。
どうしてだろう。ぼくはまだ期待していた。何を? こうして部屋を出たり入ったりしているうちに、ふたたびみよちゃんの夢世界の出入り口がぽっかり部屋に現れる気がしたのだ。それは取りも直さず、あの彼女にもう一度会いたいとの気持ちからだった。
時刻は深夜二時を回っていた。表でバイクが止まり、郵便受けを開け閉めする音が聞こえた。新聞屋さんだ。
「夢新聞? まさか」
ぼくの心はいよいよ期待でふくらむのだった。ここが夢世界であってほしいという願い――そうした願いが夜空の星々に届いたら、どんなに素敵だろう。ぼくは玄関を出るとまず空を見上げたのだった。
空には雲一つないようだった。夜空が一面、星の輝きで覆われているようだったが、月は出ていない。ぼくはあまり月齢には詳しくなかったので、今夜はいわゆる満月ではなく、三日月とか新月だ、ぐらいのことしかわからなかった。街灯はわが家の門前の道路に三十メートルくらいの間隔で立っていて、それが夜空の観賞の妨げになっている。ぼくは新聞を手に取ると素早く家の中に戻った。
「……これは……」
まさに僥倖とも言えるものだった。届けられた朝刊には「夢新聞、秋号」という文字が大きく印刷されていたのだ。
「するとここは夢世界だ。みよちゃんの夢か、ぼく自身の夢か、あるいはもっと違う人の夢か……」
みよちゃんの夢……ぼくはそこがあの十七、八歳のみよちゃんがいる世界であることを祈りながら、二階の自室に戻り新聞を広げた。一面記事の見出しは大きく三つあって、大きい順から次のように記述されていた。
――悪夢訪問中の夢山首相この秋帰国
――夢野博士の夢融合炉本格始動
――みよちゃんの夢で知られるタツマ喜六さん死去
三つ目の記事に思わず己の目を疑った。
「ぼくが死ぬ? そんな馬鹿な」
これはもう夢野博士に相談するしかない。まだ深夜だというのにいても立ってもいられなくなったぼくは身支度をし、夢新聞を携えてQ大学に向かった。




