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Q大学に入る近道は何か。直接その門をくぐるというのも手かもしれないが、ぼくは遠回りになることを承知で、より確実な方法、すなわち、青空予備校へ通ってQ大学合格の技術を学び、入学試験を通過して大学に入るという方法をとることにした。
青空予備校に行くとおかしなもので、そこには浪人中のみよちゃんの姿があった。もちろん、まだ結婚などはしていない。
「お兄ちゃん、ここに来て。一緒に講義を聞きましょう」
「うん。それにしてもみよちゃん、きみは本当のところ何歳なんだい。さっきは遊園地にある教会で結婚式を挙げていたし、この夢世界の外に出れば七歳だ。ぼくにはいったいどれが本当のみよちゃんなのか、わからなくなってきたよ」
「そうね。じつはあたしも最近、自分の歳がよくわからなくなっちゃって。でもね、今のあたしは十八歳よ。あたし早生まれだから、しばらく十八。見事、大学に合格するころには十九ね」
「……夢野博士は知っているよね」
ぼくは事の核心をみよちゃんに訊ねてみた。
「やっぱりみよちゃんがQ大学を目指すきっかけはこの夢を見たからかい。不思議で謎に満ちた予知夢のようでありながらどんな夢にも属さない世界……。夢研究の権威であるあの夢野博士なら、何か知っていると思ったんだろう。違うかい」
「そうよ。あたし、トビオが本当に結婚相手の姿なのか、まずそのことが気になっていたの。夢野博士に会ってあたしの夢を鑑定してもらいたいの」
「夢の鑑定だけなら、そこいらへんの夢占いの占い師にだってできると思う。ずばりみよちゃんが知りたいのはもっと違ったことなんじゃないの」
「さすがお兄ちゃんね。あたしのことは何でもお見通しってわけね」
「この夢世界はね、その出入り口をぼくの部屋にぽっかりと開いたまま、みよちゃんが目覚めてもなお消えないようになったんだ。それをぼくは夢世界の現実化ではないかと考えていてね、そこのところを夢野博士に詳しく訊いてみたくて、わざわざQ大学に入学することにしたんだよ」
「ずいぶん遠回り。直接会いに行ってみればいいのに」
「そのやり方では以前、大学の敷地に入ることもできずに身体をはじかれてしまったんだ。見えない壁にね」
「見えない壁……、お兄ちゃんはこの世界では異端の存在なのかもしれない」
そこまで話してみて、この浪人生のみよちゃんが、とても七歳とは思えない言葉を使うことに驚き、また、次のような謎を感じていた。
この世界にはいったい何人のみよちゃんが、何人の年の違うみよちゃんがいるのだろうか……、少なくとも今話をしているみよちゃんの他に、結婚式を挙げている最中のみよちゃんが存在している。とすると二人……、夢の外の七歳のみよちゃんを入れると三人……、そして大学の中にはすでに合格したみよちゃんがいる……それで四人……
「ここはもしかすると、みよちゃんだけの世界なのかも。あっ、でもそれじゃあ、あのトビオという青年の説明がつかない。それに以前、ハンバーガーショップの二階の窓辺から見下ろした街路を行き交っていた人々もわからなくなる」
ぼくが頭を悩ませていると、みよちゃんの明るい声が響いた。
「今朝ね、試験が難しくて不合格に終わる夢を見たの。気になってちょっと調べてみたら、試験に落ちる夢は逆夢で、合格を暗示していることが多いんだって」
「夢世界の中でさらに夢を見たわけか」
「そう」
ぼくはまた思い考えはじめた。夢の中で見る夢とはなんだろう。そんな現象を実現する世界……、この世界はすでに夢ではなく、現実世界になりはじめているのではあるまいか……
「ここは青空予備校だよね」
ぼくが言うと、みよちゃんは当たり前の顔をして、
「そうだけれど」
「空の上にある……」
「そうよ。今さら何を言っているの」
「そしてぼくはこの世界で年の違うみよちゃん何人かと出会った」
「…………」
「つまり何が言いたいかというと、こんな世界はあり得ないッていうことだよ。空想以外の何でもない世界だ。けれどそこには現実に存在するぼくや、いろんな年のみよちゃんがいるんだ。トビオなんてのも存在している。これはいったいどういうことか。この謎に対する答えは一つ、すなわち、いろんな年のみよちゃんの見る夢が、全部ごっちゃになって、合体して現れた世界なのではないか。現実世界とは異なるもう一つの世界……アナザーワールドなのではないか」
早く夢野博士に会ってご教示を仰ぎたい。ぼくらのおしゃべりにもかまわずに講義を続けていた予備校講師が言った。
「……で、あるからして、六十五ページの過去問題は毎年、よく似たようなものが出題されています。みなさん、家に帰ったらじっくり研究してみてください」
物理の教科書の六十五ページ……そこにはこの宇宙の総質量に関する考察という、高校生レベルではとても解けそうにない問題が載っていた。講師が続ける。
「これは計算問題ではありません。思考問題と呼べばいいのかな。みなさんの想像力がためされる問題でもあります。たとえば夢」
「夢」
思わずぼくが発すると講師はこちらを見てうなずいた。
「そう、夢です。夢にも質量があると考えると少しはおわかりになるでしょうか。このクラスはみなさん、Q大学を第一志望にしていますね。Q大学では夢研究の権威であるところの夢野博士が教鞭をとっています。あの人の夢研究は入学したらぜひとも選択したい科目ですね」
にわかに夢野博士の存在がクローズアップされてきた。これは運命の導きかもしれない。ぼくはみよちゃんの夢世界の謎を解く存在として、その進路に間違いがないことを確認したようなものである。天命、あるいは宿命……みよちゃんが妹として生まれたときから、ぼくはこの役回りを担っていたのだ。ぼくの中で使命感にも似た感情が、青空予備校での勉学の日々を意欲的にこなさせていくのだった。




