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朝になった。だが、みよちゃんが目覚めれば消滅するだろうと思われた夢世界の出入り口は、いまだぼくの部屋にぽっかりと口を開けたままだ。人は夢から覚めても、その夢世界を存続させているということの証明かもしれない。
あるいはみよちゃんの夢は、夢と現実との間を自由に行き来することのできる、架け橋のようなものなのか……
そんななか、家族みんなでみよちゃんの七回目の誕生日を祝っているときのこと、みよちゃんが真剣な面持ちで、
「あたし、将来トビウオと結婚するの」
と言って、その場のみんなを笑わせたのだった。
「みよちゃん、お魚と結婚するの?」
母が訊ねると、
「そうよ。恋人って結婚する人でしょ。あたし、魚屋さんのトビウオと結婚するの。その人と遊園地の魚屋さんでデートするのよ」
困ったものだ。あれは正夢なのかどうかもわからないというのに、みよちゃんはおかしな夢のことを信じ切っている。ぼくはちょっと座を外すと自室に戻った。
そこにはまだ夢の出入り口が浮かんでいる。正夢だとしたら……ぼくの脳裏をおかしな考えがよぎった。
次の瞬間、ぼくはトビウオならぬ魚屋のトビオを探しに夢世界の入り口をくぐっていた。
なんだか予感がする。
冒険がはじまるのだ。
みよちゃんの花婿を探し出す、夢世界の冒険がはじまるのだ。
「みよちゃんとトビオを会わせてやろう。会ってお互いに気が合うかどうか、たしかめるのだ。結婚するのしないのはそれからだ」
お節介だと言われるかもしれない。けれど年の離れた可愛い妹が、もしもおかしな男に引っかかったりしたらと思うと、いても立ってもいられなくなったのだ。
再度、侵入した夢世界は、みよちゃんが覚醒しているにもかかわらず、夢特有の不思議な空気に満ちていた。
「トビオ、どこにいる。出てこい。ぼくはみよちゃんの兄貴で小説家をやっているタツマ喜六だ。どこだ、どこかの遊園地にいるんだろう。隠れても無駄だ。逃げ出すなよ」
あの遊園地はどこにある。みよちゃんの心象風景とも呼べる遊園地……釣り堀のある魚屋が、屋台の列に軒を連ねている遊園地。そうだ、あの飛行船だ。あの飛行船が目印だ。ぼくは空を見回した。
すると真上にあの飛行船が浮かんでいた。例の、
「本日、大売り出し! 太鼓判だよ」
という、派手でありながら何のことだかよくわからない垂れ幕をぶら下げている。その下に視線を移すと……
真上の真下はつまりぼくのいる場所に他ならない。いつの間にか、ぼくは遊園地のど真ん中にいた。聞こえてくる鐘の音……これは教会の鐘だ。先の遊園地に教会が建っているのだ。
「おや」
ぼくの視線の先にはあの、高校生のみよちゃん……いや、それともちょっと違う、もう少し大人になったみよちゃんの姿があった。着ているのは間違いない、ウェディングドレスだ。そして新郎はあのトビオだ。
二人はやっぱり結婚するのだ。お節介などまったく不必要だったのだ。幸せそうなみよちゃんの笑顔、ちょっと緊張気味のトビオ……これが二人の未来なのだろうか、みよちゃんの将来なのだろうか……
「そう言えば」
不意に思い出したぼくは結婚式を抜け出し、あの、Q大学へ急行した。
「あのときははじかれてしまって入ることすらできなかった」
Q大学にいる夢研究の権威に会ってみよう。夢主が目覚めても夢の世界が消えないのはやはり不思議だ。あの人なら何かわかるかもしれない……夢野博士ならきっと……
ぼくはみよちゃんの夢に大きな謎を感じはじめていたのである。




