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ぼくの名前はタツマ喜六、小説家の端くれをやっているからこれはペンネームだ。信じられないかもしれないが、つい最近まで、実地に夢の研究をしていた。夢野博士との共同研究という形で夢融合炉なるものも開発中の、大学院に通う学生だ。
その、実地研究の内容がずいぶん、危険なものだった。妹の、みよちゃんの夢に入りこみ、さまざまな体験をしてきたのだ。
今にして思えば、ずいぶん危ない橋も渡った気がする。
でもすべて、みよちゃんの夢世界ならばと安心していたからこそできた冒険なのだ。
だから、もし夢融合炉が実現して、本当に人々の夢が結ばれたらどんなことになるだろうと、期待半分、不安半分なのが本心だ。
夢融合炉はやっぱり危険な発明なんだと、ぼくは身をもって体験したのが今回の〝みよちゃんの夢〟だ。
そんなわけで、これからぼくは開発中の夢融合炉を破壊しに行こうと考えている。
そのとき、夢素粒子の放射を浴びたぼくの身体は雲散霧消し、世界中の、いや、宇宙中のみんなの夢の中に飛び散って、みんなの心に宿り、結果、みんなに共通の神となってしまうかもしれない。
いまだかつて、そんな人間は存在していない。
だからぼくは夢融合炉など嘘っぱちの出鱈目だと信じている。
夢の中で見た夢融合炉がある場所を目指して、これからぼくは深夜バスに乗る。
そんなものが存在しないことを、この目で確かめてやるのだ。
ぼくはバスの中で夢を見るかもしれないな。
そして次に目覚めたとき、ぼくの前に夢融合炉などはなく、そのとき、ぼくははじめて今回の夢が完全に覚めたことを知るのだ。
「お客さん、着きましたよ」
「えっ」
「夢融合炉前です。それにしてもお客さん、今どき珍しいね。世の中のすべての人は夢の中で生活するようになって、こんなもの見て感動する人なんて一人もいなくなったってのに」
「えっ」
ぼくは夢から覚めていないのだ。……と、ここでハッと気がついた。
「みよちゃんの夢をのぞこうとしたときは、たしか鼻の穴から夢世界に侵入した……。すると、真の夢の出入り口はみよちゃんの鼻の穴だ! 今までは夢の出来事に惑わされていただけなんだ」
隣の席には誰もいなかったはずが、中学生くらいの女の子……みよちゃんだ……が座っていて、こう言うのだ。
「よくわかったわね。人の鼻の穴から夢をのぞき見しようだなんて、趣味の悪いことをするからいけないのよ。さあ、小さくなってわたしの鼻の穴に入ってごらんなさい。悪い夢から覚ましてあげる」
みよちゃんが言い終わらないうちに、彼女の身体はどんどん大きくなってゆく。いや違う。ぼくのほうがどんどん小さくなっているのだ。いつしかぼくは巨大なみよちゃんの手のひらの上にいた。
「覚悟はいいわね。タツマ喜六さん」
いたずらな微笑を浮かべたみよちゃんは、ぼくのことを鼻の真ん前に持ってくると、
「それじゃあ、いくわよ」
と言って、ぼくを勢いよく鼻の穴から吸い込んだのだった。直後、ぼくはみよちゃんの体内に迷いこんだのだった。
普通ならここで、みよちゃんの肺にたどり着くはずだろう。しかし現実には違う結果が待っていた。ぼくは自室の布団で寝ていたのだ。外はすっかり明るいらしく、カーテンの隙間からは昼間のような明かりが差し込んでいる。
ぼくは時計を確かめる。午後二時。みよちゃんの生まれた時刻だ。そう言えば誕生日パーティーはどうしたのか?
階下からは何やらにぎやかな話し声……やはりみよちゃんの誕生日パーティーをやっているのだ。ぼくはすっかり寝過ごしてしまったのだ。二階の洗面に行ってから、階段を下りる。
「あっ、お兄ちゃん」
みよちゃんと出くわした。ちょうど七歳になったばかりの、本当のみよちゃんだ。
「みよちゃん、なんだかリビングがにぎやかだけれど」
「ああ、わたしたちのお誕生日パーティーをやっているの」
「わたしたち?」
「お兄ちゃんが変な夢ばかり見るから、そのせいで中学生とか高校生とか浪人生とか新婚さんとか……いろんなわたしが生まれてしまったのよ。今、みんなが集まってるから……お兄ちゃんもご挨拶するといいわ」
次なる場面が果たしてどれほどの真実味をもって想像できるだろうか。ぼくは総勢五人の、年齢の異なるみよちゃんが一堂に会している……そんな場面に遭遇したのである。
「こんな馬鹿なことがあっていいはずがない。やっぱりぼくはまだ夢から覚めていないんだ。ここは夢の中なんだ」
ここでぼくは重大な事実に気づいた。夢の中ながらも、ぼくの頭脳はすっかり覚醒して、いまだ夢の中のぼくは、その目覚めたぼくの頭脳によって、ある一つの重大な真実に気づかされたのだ。
「そもそもぼくには妹なんていなかったじゃないか!」
正解のファンファーレが鳴る。どこからともなく花吹雪が舞う。視界がまぶしいほどに明るくひらける……
夜明け。ぼくはむくりと起きだすと、カーテンを開ける。外は朝の光に満たされて、一日のはじまりを告げている……
「みよちゃん……、きみはいったい何者だったんだ。どこかに暮らしているのか、それとも、ただのぼくの空想の産物だったのか……」
トイレに行ってから服を着替えて近所に出かける。一番近くのコンビニまで歩いて行く途中、すれ違う人々の顔を注意深く観察する。その中にだって本物のみよちゃんがいるかもしれない……
みよちゃんの夢、次に見るときには少し設定が変わって、みよちゃんはぼくの妹ではなくなっているかもしれない。
もしかしたらぼくの将来のお嫁さんになる人、その人こそが、みよちゃんという名前かもしれない……ぼくはそんなことを一人、思いながらコンビニの入り口を前にする……
入り口にはなぜか「夢の入り口へようこそ」などという横断幕が掲げてある。ぼくはその店内へ足を踏み入れる……
ああ、これからぼくは何という名の夢を見るのだろう。今度は存在しない妹の夢ではなく、いつか出逢う恋人の夢でも見たいものだ。
タツマ喜六、二十四歳。まさか、これからのぼくの人生がすべて夢だというわけでもあるまい……などと考えながら雑誌の表紙に目を走らせる。「月刊悪夢」「週刊予知夢」「特集霊夢」……おかしな名前の雑誌ばかりだ。
ああ、ぼくはまたしても夢にさまよいこんでしまった。この夢はいつ覚めるのだ。と、そのとき、声をかけられた。
「教えてあげる。タツマ喜六さん」
「きみは……この夢にも登場するのかい? みよちゃん」
「だってわたしはあなたの妹だもの。助けてあげるのは当然よ」
「ぼくには妹はいないよ」
「じゃあ、わたしは誰」
「きみは、みよちゃんだ」
「そうよ。そこに『みよちゃんの夢』という雑誌があるでしょう。それを買うといいわ」
「わかったよ」
「夢の中でお買い物するのって、意外といいことかもしれないわよ」
「ふーん……わかったよ。いろいろありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
その直後、みよちゃんは煙のように消えてしまった。
ぼくは「みよちゃんの夢」という雑誌を買うと、店の外に出てそれを開いてみた。刹那、雑誌の開いたページから煙がもくもくと立ちのぼり、ぼくの身体を包んでしまった。前がまるで見えないほどの濃い煙。と同時、ぼくはどこかへ飛ばされるような感覚とともに、ちょっと懐かしい時へさかのぼっていた。




