14
夢というものは人間が脳内に展開する内宇宙だと言える。だから、その内宇宙にあって外宇宙へ行くなんてことが可能なのか、ぼくにはいささか疑問であった。誰か協力者がほしい、その切なる願いが宇宙の星々に届いたのか、ぼくの立つ星を縁取る地平線の彼方にぽつり、人影が見えたとき、ぼくは思わず走りだしていた。すると人影はぼくから逃げるように距離を保ったまま、
「君は誰だい」
と叫んだ。言葉が、しかも日本語がしゃべれるのだ。さすがは夢だとぼくは感心した。
「ぼくは……タツマ喜六。大学院に通うかたわら、小説家をやっているよ」
「ふーん……、ぼくもタツマ喜六。大学院に通うかたわら、小説家をやっているよ」
「君はぼくなの?」
「君はぼくなの?」
人影は立ち止まってぼくが追いつくのを待っている。近づくほどに、ぼくとよく似た姿形をしていることがわかってくる。
まずその背丈。あまりがっしりしていない体格とか、格好の良くない脚の長さなんかはそっくりだ。肝心の顔は……、顔はどうだろう。ぼくそっくりだとしたら、ちょっと気持ち悪い。まったく同じか、あるいは鏡に映したみたいに左右が逆なのか……、面と向かう距離まで駆け寄ったとき、ぼくの予想どおりの顔がこちらを見て、そいつもやはりぼくと同じように驚いている様子だった。
「君は……ぼくだ!」
「君は……ぼくだ!」
「真似は止めろ」
「真似は……、止めるよ」
「ちょっと落ち着いて話し合わないか?」
「うん、いいよ」
「ぼくはここへ来る前、神さまに出会ったんだ。それで頭の中に夢を脱するまでの道順を示した地図を埋め込まれた。君はどうだい」
「ぼくもだよ。ぼくも神さまと出会った。君、地図のゴールはどこ」
「わが家のぼくの部屋。きっとそこに夢世界の出入り口が浮かんでる」
「ぼくもだ。おんなじだ」
「どういうことだろう」
「これはもしかすると」
「ぼくらもまた、みよちゃんのように夢世界に何人か存在していて、たまたま今までは、互いに出会うこともなく過ごしていたとか」
「つまりぼくらは時間点の少しズレた者同士のタツマ喜六なのかもしれない」
「するとぼくらが到着するゴール地点は微妙に時間が異なっている必要がある」
「二人同時にゴールしちゃいけないってことかもしれないよ」
「それじゃあ、もしもぼくらが同時にゴールしたとすると」
「いや、むしろそっちのほうが正解じゃないかな。同時にゴールすれば、ぼくら二人は一人のタツマ喜六として合体融合するかもしれないじゃないか」
「それこそ夢融合炉のさらに上をゆく発想だ。夢と現実の融合がこれまでの夢野博士が研究していた夢融合炉の作用だとするなら、神さまが与えてくれたぼくら二人の合体融合の可能性は、もしかしたら、異なる時間点の同一人物をくっつけ合うという離れ業にもなるよ」
「離れ業だけど合体するんだね」
「ふふ。おかしいね」
「もしかしたら」
「そうだね、もしかしたら、夢世界を完全に脱するには二人分のエネルギーが必要なのかもしれないよ」
「今までどっぷり夢世界につかっちゃったからなあ」
「ぼくら、こんな宇宙の果てに来るくらいに夢の深層に沈んでいるわけだよ」
「仮にこの宇宙にある地球が夢からの唯一の出入り口だとすると、ここは相当な夢の深みにあるってことだね。周りには太陽らしき星も地球も、見当たらないものね」
「ここは一つ、賭けてみないか」
「何に賭けるのさ。ぼくの頭の出来はおそらくきみと同じだよ。お互い賭けるものも賭ける額も同じに決まってる。あっ、そうか」
「気づいたかい」
「気づいたよ。ぼくら二人で同じものに賭けるんだね」
「そういうこと。そうと決まったら、どうする」
「それはもちろん……」
「この宇宙のどこかにいるみよちゃんを捜すんだ! きっとまだまだ、一味も二味も違うみよちゃんが、大宇宙のどこかに暮らしているはずなんだ」
「その中の、もっとも偉大なみよちゃんに会って、この夢の迷宮を紐解いてもらうんだ」
「でもちょっと、宇宙を渡り歩くなんてのは、かなりの難題だぜ?」
「とりあえず、この星を探検してみようじゃないか。どこかに秘密の地図でもあるかもしれない」
「地図ならさっき神さまからもらったじゃないか。頭の中に……」
「そうだった。この地図のとおりにいざ、ゆこう!」
そうしてぼくらはまず、その宇宙の果てにある星の上を歩きはじめたのだった。宇宙の果てにあるだけに「果てな」「果てな」「ハテナ」「はてな?」というひそひそ声が、星のあちこちから聞こえてくる。その声のするほうをすばやく見ると、妙な生き物がぬわぬわとうごめいているのが目に入った。近づいて一匹を手に取ると、そいつはいよいよ「はてな、はてな?」と連呼する……
「おい、きみ。こいつを見てみろ。こいつはまるで疑問符だぞ」
「面白いな。食べられるかな。うっ、なんだこいつ。屁をこいたぞ」
「これは……神さまの地図にある小型ロケットっていうのはこいつのことじゃないのか」
「屁で宇宙を飛ぶのかい」
「この宇宙を支配するものが仮に偉大なる大みよちゃんだとするならば、充分それもあり得る」
「一か八か、やってみるか」
「よし行くぞ。一、二の三!」
そうして二人のぼくらは謎の生物の屁に推進力を得て、遠い地球への旅路に飛び立ったのだった。




