13
目を覚ますとカーテンの隙間から光が漏れていた。
ぼくの何が変わったわけでもないのに、新しい朝を迎えた清々しい気分は、自然とぼくの足を外の空気を吸う向きへと歩ませた。
郵便受けには新しい朝刊。
もう夢新聞などではない。
その三面記事を見ると、ぼくのことが載っていた。
――タツマ喜六さん、ノーベル文学賞候補に決定……
これはまた夢なのではないのか。またおかしな夢世界の出入り口が部屋に浮かんで、ぼくを夢幻へいざなうのではないか。ぼくのそんな危惧が消えたのは、ノーベル文学賞を受賞して、国内のいくつかの文学賞も受賞して、あのハンバーガーショップで出会ったみよちゃんと再会して……
「夢みたいな気がするよ」
ぼくはハンバーガーショップのみよちゃんに言った。すると彼女はこんなことを言った。
「そうね、この世界は夢でできているのかもしれないよ」
「そうだよね、まるで夢だよね。このぼくがノーベル文学賞を受賞するなんてね」
「違うの、そうじゃないの。たしかにそのこともあなたにとっては夢みたいかもしれない。けれどもわたし、この世界にいることがひどく非現実的で……何て言うのかな、地に足がついてないッていうのか……」
その言葉の直後、彼女の身体はふわりふわりと宙に浮かんで、風に舞い上げられるように漂いはじめた。ぼくもまた、いつの間にか空に向かって上昇をはじめている。
「眠くなってきた」
「眠りましょう」
「するとぼくらはまた夢を見ることになるよ」
「いいのよ、それで」
次第に薄れゆく意識の中で、ぼくはやっぱりこれは夢じゃないのかと思いながら、空気に溶けるような気持ちで、静かに目を閉じたのだった。
ぼくを呼ぶ声がする。南の空から聞こえてくる声。ぼくは空を飛ぶようにしてそちらへ向かう。
「なんだ、こんなに自由に空を飛べるなんて。これも夢だったんだな」
今度はどんな夢を見るのだろう。気がつくとみよちゃんの姿はどこにもない。
「みよちゃんを捜そう。ハンバーガーショップで出会ったみよちゃん、そしてぼくの妹のみよちゃんこそ、この世界の鍵を握っているに違いない」
決意を胸に秘めると、ぼくの空の飛び方もジェット機並みになってくる。うなりを上げるような、一直線の飛び方だ。
目の前には南の空が広がり、いつ来るものかとぼくを待っている。
それはぼくの思い込みかもしれない。だけどそんな気がする。あそこに行けば何かがわかる気がするのだ。
「楽園だ。あそこには新しい世界が待っているのだ」
目指す空はどこまでも青く、一つ浮かんだ白い雲は、まるで天国でも頂いているかのような美しさだった。
「天国」
ふと、自分で発したその言葉に、ぼくは今まで飛んできた飛行ルートを顧みた。するとこの空飛ぶ旅が、じつは己の一生を要約したものであると気づいたのだ。
「このままあの白い雲に向かったら、天国へ行ってしまう。死んでしまう!」
ぼくは百八十度向きを変えて後戻りをはじめた。すると面白いことにこれから出会うであろう人々が画像の逆再生のような動きでぼくの前を通り過ぎてゆく。戻るのだ。みよちゃんの夢に入り込む前の現世に、ぼくは引き返すのだ。
ぼくの眼前に神が現れたのはそのときだった。
どうしてそれを神だと認識できたのかはよくわからない。が、神はたしかにこう言ったのだ。
「あなたは夢野博士とともに夢融合炉を発明するに至る人物、共同研究者として名を残すのです。わたしは神です、すべてお見通しなのですよ」
「夢融合炉はたしかさっき爆発したはず」
「それこそ夢です。夢融合炉はまだQ大学のキャンパス内に存在しています。もうじき夢野博士は炉を本格始動しようと考えているのです。こうしている場合ではありません。急いで夢野博士のもとへお行きなさい。そのときには妹のみよちゃんを連れて行くのを忘れずに」
「やっぱりみよちゃんが重要なのですね?」
「あとは自ずとあなたが夢野博士とともに答えを導き出すでしょう。それにはまず、あなたを現実世界へ連れ戻す必要があります。これから言うことをよく聞いてください……」
神はぼくの頭の中に夢世界を脱する地図を埋め込んだ。その最終地点には、ぼくの部屋が記されていた。
「いいですか、あくまでもその地図のとおりの道順で夢世界からの出口を目指すのです。ただ単に一直線に出口へ行っても、夢を脱したことにはなりません」
「ぼくは夢の迷い人というわけですか」
「冒険者……あるいは旅人と呼んでもかまいませんね。ご健闘をお祈りいたしますよ」
「神が……誰に祈るのです」
最後の言葉に神は返事をしないで消えてしまった。気を悪くしたのだろうか。ぼくは地図を参照した。
「ゴールはわが家のぼくの部屋……きっとあそこに浮かんでいるのが夢世界の出入り口なんだ。そして今いるのが……えっ?」
一瞬ぼくは地図の上で点滅する、自分の居場所を示す光の、その場所を疑った。
地球上ではなかったのだ。ハッとして辺りを見渡せば、暗黒の……遠巻きに星々が輝く宇宙空間が広がっている!
「どうして宇宙に……ここは……どこの星の上なんだ?」
空気が無くても死なないのは当然だ。ここは夢の中だからだ。
ぼくは迷っている。本当に夢の迷い人になってしまったのだ。頼れるのは神から与えられた頭の中にある地図のみ。その地図が示す第一の行き先は……
「外宇宙?」
ここはぼくの夢世界なのか、はたまたみよちゃんの夢世界なのか、よくわからなくなってきた。世界は急速にSFチックな様相を呈してきたのだった。




