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みよちゃんの夢  作者: ♪西谷武♪の小説世界♫


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 今日はみよちゃんにとって七回目の誕生日、つまり七歳になる日である。もしもこの国に生年月日を時刻まで正確に言う風習があったなら、みよちゃんは今日の午後二時ちょうどに七歳になる計算だ。そんな一日にみよちゃんの身に起きた出来事を、時系列にのっとって書き記してみようと思い、筆を執った。このご時世であるから執筆とは言っても実際にはパソコンのキーを打っているのであるが、その行為を連想させるような、執筆という語に代わる単語をまずは考えてみようと思う。みよちゃんの描写はそのあとだ。なぜなら今、時刻はみよちゃんの誕生日の午前三時過ぎで、彼女はまだ隣の部屋ですやすやと寝息を立てて眠っているはずだからである。

 さて、執筆に取って代わる語……使えそうな文字を適当な順番で羅列してみる。打・指・鍵……とくれば打鍵か。しかしこの語には執筆のような趣が感じられない。では何がいいだろう。ふと思い立ち、みよちゃんの様子を見にいく。打鍵以外の言葉……ああでもない、こうでもないと悩んでいると、そのうち何やらみよちゃんが寝言を言いはじめた。夢でも見ているらしい。ちょっと失礼して、みよちゃんの夢をのぞいてみよう。何かヒントがあるかもしれない。ぼくは小さくなってみよちゃんの鼻の穴から体内に入り、今まさに夢を見ているみよちゃんの脳内へと進入した。

 夢見る人物の脳内というものは言うなれば意図なく絵筆が転がったキャンバスのようなものである。あっちに怪獣が描かれていたかと思えば、こっちに幼いころの初恋の人がいたり、空に太陽が輝くかと思いきや、地上は月夜の晩を迎えている……

 みよちゃんの夢も例外ではなかった。それはみよちゃんが人間なればこそという証拠、ならば犬や猫は夢を見ないのかと言えば、そうでもなさそう、大脳の持ち主が夢を見るとすれば、論を飛躍させて神経の持ち主も、はたまた植物なんかも夢見ているかも。

 何はともあれ、みよちゃんの夢である。ぼくは彼女の夢の中にいる。

「なんだろうな、ここは。これがみよちゃんの夢の中なのか……。変わった夢だ。まあ、夢なんて大なり小なりヘンテコリンなものだけれどな」

 ぼくが驚いたのはわずか六、七歳とは思えない、その想像力であった。宇宙の果てまで続いていそうな高々とそびえ立つ塔があるかと思えば、その周囲の大地を覆い尽くすように、かぐわしい色とりどりの花々が咲き乱れ、その中で、わが家の隣家が飼っているライオンみたいな大型犬が孤独の雄叫びを上げている……。塔の周りの空を見上げると、昼間のような明るい青空の中、たまやかぎやと花火がまぶしい光を炸裂させている……真昼の花火だ。

「みよちゃんの夢って何だか幻想的な風景だな。ん?」

 ぼくは急に背後で冷たい気配を感じた気がして、ひゃっ、と小声を上げて後ろを振り返った。そのとき、ぼくは戦慄した。夢への出入り口が消えてなくなっているではないか。

「いつの間に」

 ここはみよちゃんの夢の中だ。みよちゃんが望めば夢は外界に対して開きもするし、閉じもする。おまけに考えてみれば、ぼくの存在だって、簡単に消すことができるだろう。この世界ではみよちゃんこそが神のごとき存在なのだ。

「みよちゃんに会わなければ。会って話をして、ぼくのことを夢世界の外へ出してもらわなければならない」

 執筆に取って代わる語を考えるどころではなくなってしまった。みよちゃんの夢世界で、ぼくは自分の存在が消されてしまうかもしれないという恐怖と戦いながら、どこにいるかもわからないみよちゃんを捜す旅に出たのだ。

 こうしてこの駄文は当初の目的を外れ、みよちゃんの夢の中で苦闘するぼくの顛末を描くという、本人にとっては嬉しくもなんともない向きへと路線変更していくのである。

 ちなみにぼくはみよちゃんとは年の離れた兄である。タツマ喜六というペンネームで小説家の端くれをやっている二十四歳の男だ。

 みよちゃんの夢世界が消失するかもしれないというのに、こんなことを言っている場合ではないが、一応、タツマ喜六の自己紹介をしておこうかと思う。

 今日がみよちゃんの誕生日、ということは明日はぼくの、一日違いの誕生日である。そのおかげでこの年になっても、みよちゃんと合同で家族みんなから誕生日を祝ってもらえるし、みよちゃんと二人分、つまり二つの味の異なる誕生日ケーキで、ぼくとみよちゃんは祝福されるのだ。もちろん、幼い子を優先して誕生日パーティーはみよちゃんの日に行われる。それがこの何年かの間、欠かさず続けられてきた。

 しかしながら最初は困ったこともあった。一歳の誕生日を迎えたばかりのみよちゃんに、そんな事情を理解することが出来るだろうか。答えはノーだ。それ以来みよちゃんは、バースデーケーキとは二種類あるのが当たり前だと思いこんでいる。

 そんな中、ぼくタツマ喜六は小説家になるという快挙を成し遂げた。弱冠二十歳、大学在学中のころである。「怪奇ドロドロ小説大賞」という得体の知れぬ賞を頂戴したのだ。以来、ぼくが書く小説は決まって怪奇でドロドロとした内容で、今回みよちゃんの出来事をしたためてみようと思ったのは他でもない、そうしたぼくの作風に風穴を開けて新風を呼び込もうという意図があったのだ。ちなみにその後のぼくは大学院へと進み、学業のかたわら小説を書いてきた。

 ぼくの自己紹介、途中をずいぶん端折った形になってしまったが、そうして今現在のぼくがあるわけである。

「ちょっといいですか」

 ぼくとみよちゃん以外に誰かがいるとは思ってもみなかったから、突然、後ろから声をかけられたぼくは三百六十度ひっくり返って顎を外しそうなほどに口を開いて「わぁ」と絶叫した。後ろにいたのは見たことのない女で、女と呼び捨てるにはまだ老けてはおらず、背丈はぼくと同じくらい、年は十五にも二十五にも見えるような年齢不詳で、ハッと気づけばセーターの下からのぞくスカートはセーラー服と思われる。それらのことから意外と高校生ぐらいかもしれないと推理した。なるほど、よく見ればまだ肌が若々しい。

「ここ、どこかわかりませんか。さっきから一時間くらいさまよって、誰もいなくって、ようやく見つけたのがあなたなんです。今日は大事な入学試験があるんです。早くQ大学に行かないといけないのに」

 高校生は話すうちに泣きそうな顔になった。ぼくはなぜ、みよちゃんの夢の中に彼女が迷い込んだのか、謎を感じながらも、

「安心してください。ここはぼくの妹が見る夢世界です。Q大学への近道なら、ぼくが頼めば妹の夢に現れるはずです、たぶん」

 などといい加減で頼りない調子で彼女を安心させようとした。が、それが逆効果だったらしい。彼女は四方を素早く見回すと、

「えっ、ここって誰かの夢の中なの? わたしまだ寝ているの? 早く起きなくちゃ。入試に遅刻しちゃう」

 言ってどこかへ走り出そうとする。……と、景色は唐突にQ大学の有名な正門の前に変化、たまらずぼくは叫んだのだった。

「みよちゃん、この人を夢の世界に迷い込ませたのはみよちゃんの仕業かい? 早く、出してあげて」

 ぼくと彼女の願いは聞き届けられたと見える。高校生の彼女はスーッと吸い込まれるようにQ大学の校舎の中へ消えていった。

 Q大学……とくに理系の分野で業績著しい大学だ。たしか最近では夢の研究で何かの賞を受賞した学者がいるはず……、そんなQ大学がこの、みよちゃんの夢世界に登場したというのも意味深だ。この校舎の中にみよちゃんの夢から脱する方法、また、みよちゃんの居場所を知っている人物がいるかもしれない。ぼくは彼女のあとへ続くのだった。

 ところが。不思議なことにぼくははじかれた。文字どおり、何か見えない壁がQ大学を取り囲んでいて、ぼくを中へは入れてくれないのだ。さっきの高校生が校舎の中へ消えたことから考えてみても、ここにはみよちゃんの夢から外界へと抜け出す出口か何か、あるいはヒントがあるはずだ、とぼくは確信、まずはQ大学に潜入することを第一の目標と定めたのだった。

 大学に入るにはどうすればいいか……答えは簡単だ。入試に合格すればいいのだ。大学を受ける資格を得て入学試験を受けるのだ。しかし今、Q大学はその入試の当日を迎えてしまっている。一年待つしかないのか。ぼくは気を長くして「予備校に通おう」と決心するのだった。

 決心したものの、おかしなものだと思う。なぜならぼくは大学院に通っている身だ。そんな者が予備校に通うなどとは聞いたことがない。

 それもこれも夢ならでは、夢でこその出来事。ぼくはすべてを受け入れて夢の第二エピソードへと進むのであった。


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