第1話 とある科目の無期限休講
王都の司書になる――
その夢を叶えるために、ひとりの少女が魔法学術院の門を叩く。
……かと思えば、入門三日目にして「留年」の危機!?
呪いに抗い、授業に食らいつけ! あと友達も作れ!!
不憫かわいい努力系ヒロインの青春留年回避劇、大開幕!
「あれ? こんなの、朝はなかったのに……」
この日の一時限目の講義を終えて階段を下りてきたアイラは、昇降口前の掲示板に、見覚えのない張り紙があることに気が付いた。
アイラはその内容がよく見えるように、掲示板に近づいた。学院に入門してまだ三日と経たない環境で、少しでも情報を得ようとする殊勝な心掛けゆえである。まだ右も左もわからぬ王都では、「読む」ことこそが彼女の頼りだった。
彼女はずり落ちてくる眼鏡を指で押し上げていたが、その張り紙の文言を目にするなり、わ、とその手で口を押さえた。年季の入った分厚い眼鏡は、その重みでまたもや鼻柱をずり落ちる。
「ねえ、シャル、無期限休講だって!」
そう言って振り向いた先には、先ほどまで並んで階段を下ってきていた同級生の顔がある。シャルと呼ばれた栗毛の少女は、優しく巻いた前髪の下から、大きな緑色の瞳を意外そうに見開いて答えた。
「へえ、そいつぁ幸先がいいねえ」
「いやいや、よくないよ! もし先生がご病気で、とかだったら大変だよ!」
首を振り振り、長い金髪を揺らしながら大真面目に返答するアイラに、シャル――シャルロッテは手をひらひらさせながらいたずらっぽく笑いかけた。
「もう、冗談だよ……で、何の科目なの?」
言われてハッとしたアイラは、再び眼鏡を押し上げて壁に向き直った。
「そうだ、まだ見てないや! ええと、なになに……」
そうして二人して覗き込むことに、掲示にはこのようにある。
*****
《告》
今般、都合により次の科目を無期限休講とする。
科目名:魔法書取扱基礎Ⅰ
対象者:第一学年
担当者:バートン・ダズリン講師
当該講座の割り当て時間には、各自が任意の場所で自習を行うこととする。
今後改めて通知の無い限りは、この措置を継続する。また、この件に関する質問は受け付けない。
レブストル王立魔法学術院 教務部
*****
「魔法書取扱……ってこれ、アイラが『明日からだー』って楽しみにしてたやつ?」
読み終わったシャルロッテが一歩引いて尋ねたが、当のアイラはそこに縫い付けられたように身動ぎもせず、ただ眼球ばかりがぶるぶると文面を何往復もしていた。その口から、ごく小さな悲鳴のようなものが漏れ聞こえてくる。
「あれ、おーい、アイラー。戻ってこーい」
その声を聞いてか聞かずか、アイラは勢いよく振り返ると、シャルロッテの肩を引っ掴んだ。
「ど、どっどっどっ、どうしよう!? 私、これ、この科目の単位がないと、司書の免許がもらえないのに!」
泣き声で訴えるアイラの肩にシャルロッテもまた優しく手を置くと、しみじみと頷いた。
「いいかアイラ、留年ってのはな、怖いと思うから怖いんだ――」
「……って、いやいや、結論早くない!? そんなのうちのお父さん許してくれないよお!」
シャルロッテのふざけた答えに素早く返しながらも、アイラの手の力は強まるばかりである。シャルロッテは再び「冗談だって」と笑いかけて肩を叩きながらも、次のように続けた。
「でも実際、この科目を来年も受けられる保証ってないだろ? それにアイラは、王都の司書になりたくてここに来てるわけだし、免許が取れるまでって考えたら……」
「うぬぬぬぬ……!」
今度はまったくもって言い返しようがなく、理路整然とアイラは追い詰められた。再び掲示に振り返り、その文言をもう一度読んでみて、なんら動きのないことを確かめてから、またシャルロッテにやるかたなく向き直る。
「ううーーー……どうしようシャルううう!」
その目に大粒の涙を溜めてこちらを見つめられると、シャルロッテは実家で飼っていた犬の顔を思い出さないではなかった。しかしそうでなくとも、シャルロッテはこの健気な友人の力になんとかなってやりたいとは思っていた。
シャルロッテは片手を自分の腰ベルトにあてがうと、「わかった、わかった」と言いながら反対の手で肩に載ったアイラの手を優しく叩いた。
「とりあえず、このダズリンって先生のとこに行ってみようぜ」
「え、で、でも、質問は受け付けないって……」
言い淀むアイラの手を一つずつ肩からどけると、シャルロッテはその手をそっと握り返して一歩、二歩、と脇へ足を進めた。
「だって、それは教務部の話だろー? それなら先生に直接聞けばいいんだよ。ほら、善は急げ!」
「あ、ちょっとシャル!」
そうしてシャルロッテに手を引かれるがまま、アイラは不安とともに廊下へ駆け出した。瞼に浮いていた涙の粒が、靴音を鳴らすたびにまなじりへと流れていく。
果たしてそんな屁理屈が通るものかしらと内心思いながら、それでもアイラは、こうして手を引いてくれるシャルロッテの強引さをありがたく感じた。
シャルロッテがそばにいると、アイラはどうしたって、うじうじなどしていられないのだ。
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