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小人の神様の世界

それがハッピーエンドまでの大事なプロセスだとしても

作者: 白井夢子


気がついたら雪の中だった。

薄暗くなった空から、白くて大きな雪がゆっくりと舞い落ちてくる。


『キレイ……。あ。この光景、子供の頃に見たかも』

少し懐かしい気持ちになって、雪を受け止めようと手を伸ばすと、伸ばした手は手袋もつけていない素手だった。


「冷たい……。ってか寒っ!……え。何?なんでこんな雪の中、私コートも着ないで外にいるわけ?

なんか足ジンジンする……って、え?何この靴?ブーツじゃないじゃん。

マフラーもストールもしてないなんて、どういう事?!

……ってか何この服、ボロボロじゃん!!」


そう。紗音はこの雪降る寒空の下、気がついたらクタクタの古着を超えた古着で、カゴを腕にかけて一人雪の中に立っていた。

ついさっきまで、何もない場所で神様と話をしていたというのに。



紗音はさっきまで一緒にいた、この世界の可愛い神様を思い出す。

――それから紗音に起こった出来事も。





本格的な冬が始まったある金曜日の夕方、仕事を終えた紗音は機嫌良く家に向かって歩いていた。

これから迎えるのは予定のない気楽な週末だし、明日の朝は紗音が今一番注目しているネット小説の、ウィンター特別ストーリーが配信されるという話だ。

それにこの前奮発して、冬季限定の高級チョコアソートセットも買っている。

毎日一粒ずつ大事に食べている『仕事の後の今日の高級チョコレート』を楽しみに、浮き浮きとした気分でいた時だったのだ。


家に着いた時、玄関近くの柿の木の高い所に、小さな子猫がうずくまっているのを見つけた。

高い所に登ってしまって、降りれなくなったのだろうか。


しばらく紗音は子猫を見守っていたが、子猫は震えるだけで全く動けない様子だった。

放ってはおけず、倉庫から高い脚立を運んできて子猫を助ける事にした。

このまま家に入っても、ずっと気になってしまうに決まっている。それなら今すぐ助けてあげた方がいいだう。

そう思って、脚立を子猫の真下に立て掛けた。



かなり高い脚立だが、あと少しというところで子猫に手が届かない。

しょうがない。脚立の一番上に立つしかない。


子供の頃の紗音はお転婆で、「おとこおんな」と男子に揶揄われた事もあるくらいだ。多少高い所に上ったくらいで怖がるような女じゃない。

『バランス感覚には自信があるし』と、軽い気持ちで脚立から手を離して、一番上で立ち上がった。


子猫をそっと掴んで引き寄せようとしたら、何かが枝に引っかかっていた。

思わぬ手応えに紗音はぐらりと姿勢を崩し、子猫を掴んだまま脚立から足を踏み外してしまう。

掴んだ子猫を離すわけにはいかず、上手く体制を立て直すことができなかった。


落ちる瞬間に気づく。

『あ、これ子猫じゃない。服を着た何かだ。服が枝にガッツリ引っかかってたんだ』

どこか冷静な頭でそんな事を考えながら、なす術もなく落ちていった。





ガツンと衝撃が来ることを覚悟したが、子猫に似た何かを抱えたまま紗音は見知らぬ場所に立っていた。


何もない世界だ。

建物も風景もない、不思議な世界。


「あれ?ここどこ?家の前じゃないよね?」

紗音はキョロキョロと周りを見回してから、手元の何かに視線を落とした。


「ねえ、ネコちゃんみたいな子、大丈夫?君、何者なの?」


改めて観察すると、手の中にいる子は子猫ではなく、ふわふわの生地のフード付きのマントを被った、小人だったのだ。


子猫みたいな小人が口を開いた。

「助けてくれてありがとう。だけど紗音は残念な事になっちゃって、ごめんね。

実は僕は、紗音にとっての異世界の神の子なんだ。

ちょっと紗音の世界の電波の様子を確かめようと、高い木に登ったら、枝に引っかかって動けなくなってしまったんだ。

あのまま僕が凍えて命尽きていたら、僕担当の世界が終わってしまうところだったよ。

命をかけてまで助けてくれたお礼に、僕担当の世界――『星降る夜にあなたと永遠の愛を』の世界に生まれ変わらせてあげるよ」



子猫みたいな小人が話した、『残念な事』。

きっとそれはハッキリとした言葉で聞くと、悲しくなってしまうやつだろう。

それならその言葉はスルーしよう。


「えっと。『星降る夜にあなたと永遠の愛を』って、あの流行りのネット小説のホシアイ?」


「ホシアイの世界に生まれ変わらせてあげる」という非現実的な申し出は驚くべき事だけど、この何もない世界と非現実的な小人を見て、紗音はなぜか小人の神様の言葉が素直に胸に入ってきた。


「そうだよ。紗音もホシアイを応援してくれていた事、僕知ってるよ。

ホシアイは、僕の世界を物語として紗音の世界に流しているものなんだ。神界の若い世代の新しい試みってやつだよ。

明日の朝も、ウィンター特別ホシアイの配信予定なんだから」





『星降る夜にあなたと永遠の愛を』

――通称『ホシアイ』


『星祭りの夜、手を取り合った男女が流れ星を一緒に見ると、それは運命の恋になる』


星祭りの伝説を持った世界を舞台に、ヒーローとヒロインが結ばれる、今爆発的人気を誇っているネット小説だ。

紗音も確かにホシアイが大好きだったし、明日のウィンター特別ホシアイの配信されるという情報はチェック済みだ。


「ホシアイの世界に生まれ変われるなんて、すごく嬉しいかも……」


うっとりと紗音が呟くと、「紗音が喜んでくれて良かった。特別なホシアイの世界で幸せになってね」と子猫みたいな小人の神様は嬉しそうに笑ってくれた。







そして意識が戻った時には、雪の中に立っていたというわけだ。


「え。ヤダヤダ、何この状況。寒すぎるよ……。え〜〜あの子本当は神様じゃないんじゃない?「特別なホシアイの世界って言ってたけど、特別寒いだけじゃん!」


寒すぎて震える声で呟いて、そして紗音は気がつく。


私は紗音――『さのん』じゃない。

()()()()だ。

『紗音』と何となく韻を踏んでる感がある『シャロン』だった。


自分がシャロンだという事に気づき、そしてシャロンが今まで歩んできた人生が頭の中に記憶としてよみがえる。


そうだ。私は幼い頃から意地悪な継母と義姉に虐められてきた。

今この雪の降る中一人で外にいるのは、「このカゴの中のマッチを売り切るまで帰ってくるな」と言われて、家を追い出されたからだ。


「なんでマッチなのよ……」

紗音であるシャロンは、マッチは知っているが使った事はない。

そんなの、「有名な物語の中の女の子が売ってた」くらいの認識だ。


「こんなの今どき買ってくれる人なんている?それに雪の中でマッチを売ってた女の子、凍死案件のやつじゃん……」


シャロンは雪が降り積もる道の端で、力なく座り込んだ。

雪の冷たさで手足の感覚がなくなってきた。それになんだか眠たい。

雪山で遭難して、「眠っちゃダメだ!」と頬を叩かれるやつだ。


終わった。

何も始まらないうちに、紗音のシャロンストーリーは終わってしまった。


シャロンは眠気が襲うままに目を閉じた。





夢の中で子猫に似た小人の神様が、シャロンに話しかける。

「シャロン、そこで寝ちゃダメだよ。とりあえずマッチをこすらなきゃ」


「……あ。……え?ネコちゃん?ネコちゃんの神様、ちょっと酷すぎるよ」


子猫に似た小人の神様に声をかけられて、シャロンは目を覚まして、目の前の神様に言葉をかけた。


「猫じゃないよ」

「え、それ今どうでもよくない?」

「猫じゃないよ」

「……あ、うん。ごめんね。猫じゃないね」


「ネコちゃんみたいな可愛い神様」という意味合いで呼んだ「ネコちゃんの神様」という呼び方は、どうやらお気に召さなかったようだ。

シンプルに「神様」呼びに変えておこう。


「あのさ、確かに神様は生まれ変わらせてくれたけどさ。酷いよ。あんな格好で雪の中放り出すなんてさ。コートないなら、せめて貼らないカイロと靴下用カイロ欲しかったよ。手も足もすっごい痛かったんだから!」


「ウィンター特別ホシアイだからね。紗音の世界の、昔から支持されている素晴らしい物語を基にしたストーリーなんだよ。カイロはないけど、この先に特別な幸せがあるんだよ」


「雪の中でマッチ売ってる女の子は、温かい話だけど凍死しちゃってる悲しい話でもあるんだよ……」

「あれ?そうだっけ?」

「そうだよ!だから私は今またここに来ちゃったんじゃない!」


シャロンの言葉に、神様はやれやれと首を振る。


「特別なホシアイは、虐げられた辛い場面から始まるストーリーなんだよ。その辛さは、ハッピーエンドを迎えるための大事なプロセスなんだ。ここはまだ序盤中の序盤で、ここから本格的に辛い時期が始まって、それを超えた先に特別な幸せが待ってるんだから」


「……え?無理。さっきのでもう限界。私は取り扱い注意のデリケートな身体とメンタルの持ち主なんだよ。あれで序盤だなんて、そんな過酷な環境じゃ、すぐに病んじゃうよ。

いいよ。ギブだよ。ここでフィナーレにしよう。神様と会えて幸せだったよ」


『あそこに戻されるの、マジ無理!』と、シャロンは必死に敗北宣言する。


ぶるぶると激しく首を左右に振るシャロンを見て、神様は『しょうがないなあ』というように、呆れた声でシャロンに言葉をかけた。


「恩人をこんな形で終わらせるわけにはいかないよ。神の子としてのプライドがあるからね。

分かったよ。巻いていこう。巻き巻きで行くよ。辛い過去は飛ばして、幸せなところから入ろう?それなら良いかな?」


辛い過去を飛ばしちゃう。

――「虐げられる辛い過去の、後の幸せ」

シンデレラだって、白雪姫だって、素敵なヒロインは確かに辛い過去を持つ。

取り扱い注意のデリケートなメンタルを自覚するシャロンは頷いた。


「うん。それなら。神様、よろしくお願いします」


シャロンは子猫に似た神様にお礼を言って―――そしてドシンと身体全体に伝わる衝撃で目を覚ました。







「イタタタタ……」

なんか倒れたところだった。

倒れた場所は地面じゃないようだが、なんだか固くて温かい。


『温かい?』

状況が分からず下を見下ろすと、とんでもないイケメンがシャロンを見上げていた。


「お前、女だったのか……?」

騎士のような体格をしたイケメンが目を見開いて呟いた。




え、待って。そのセリフちょっと待って。

イケメンの呟きが、明らかにおかしい。


『一体何があったら、そんな言葉を聞くことになるわけ?』

混乱するシャロンの頭に、シャロンの過去がよみがえる。

あの雪の日からの記憶は――。




あの雪の日。凍えたシャロンは、せめて小さな火でもいいから暖を取ろうとマッチをすった。

そんな様子を見た通りすがりの紳士が、「街中でマッチをすったら危ないじゃないか」とシャロンに注意しようとして、顔を覗き込み息を呑んだ。


シャロンの顔立ちが死んだ姉にそっくりだったからだ。

「もしかしてずっと若い頃に駆け落ちして家を出た、姉の子供では……?」と疑い、シャロンを保護して連れて帰り、シャロンの生い立ちを調査した。


確かにその紳士の予想した通り、シャロンは紳士の姉の子供だった。

どう見ても虐げられていた様子のシャロンを引き取りたいが、親権問題でシャロンが成人する17歳までは、シャロンを預かる事は出来ない。


シャロンの親に金でも渡して丸く収めたい所だが、調査書の結果を見る限り、シャロンの父も再婚相手の親子も、一筋縄ではいかない者達だった。


「ここはシャロンが成人するまでは、男装をさせてあの家族から隔離させて過ごさせるしかない」と紳士は判断し、シャロンは『シャリク』として紳士の家に養子に迎え入れられたという形にして、男装をして学園に通う事になった。


シャロンが成人して、厄介な家族と縁が切れる歳になってから、本当の養子として迎えたいと叔父は話してくれている。




今、男装シャリクの下敷きになっている男――騎士を目指す超絶イケメンのアレクは、女のように華奢なシャリクが放っておけないようで、入学時から何かと世話をやいてくる男だ。

同じクラスメイトであり、学園寮で相部屋となってい者でもある。

いつ女とバレないか、ヒヤヒヤしながら同室で過ごすシャリクには、イケメンで親切な彼にうっとりする余裕はない。


読者へのドキドキときめきサービスシーンは、性別詐欺がバレてしまう恐怖の心臓バクバクシーンでもあった。

ぎゅっぎゅっと息が止まりそうなくらい強くサラシを巻いて胸をつぶし、息も絶え絶えに数々のピンチを乗り越えて、今の今までシャリクが女だという事を隠し通してきた。



今日から星祭りで、祭りの期間は学園は休みになる。

アレクに「星祭りを見に行った事がないって言ってただろう?一緒に行かないか?」と誘われていたが、シャリクは断った。

家に帰って男装を解き、女のシャロンとしてゆっくりと過ごしたかったからだ。


今夜の星祭りは街へ出るつもりはなかった。誰かに会う可能性を考えると、男装を解いている今、そんな危険な場所には行けるわけにいかない。

ただちょっと星祭りの夜が気になって、家の近くの空を見渡せる場所に出かけただけなのだ。


街までは遠く、完全に油断していた。


「シャリク……?」

こんな場所にいるはずのないアレクの声が聞こえてシャロンが振り向くと、戸惑った様子のアレクがいた。

思わず動揺したシャロンは逃げ出したが、手を掴まれて二人で転んでしまったところだったのだ。






ドッど押し寄せるように流れてきた情報に、シャロンは戸惑うしかなかった。


あまりに情報が詰め込まれすぎている。

盛りだくさんすぎるだろう。

こんなに濃すぎる情報をいきなり流されたら、取り繕う事も忘れてしまう。「女だったのか?」というアレクの問いかけに「え?……あ、うん」と答えてしまった私は悪くないだろう。



男装して学園寮で男子と相部屋生活ってなんだ。

わけが分からない。

叔父は何故「男子寮でもイケる」なんて思ったのか。少し遠くても、せめて家から学園に通わせるべきだろう。

そんなの秒で女だと見破られる案件でしかない。


今までのホシアイストーリーは全て読破してきたけど、シリアスな虐げられる過去からのコメディな男装学園生活なんて、そんな盛り過ぎた設定ストーリーなんて読んだことはない。

ウィンター特別企画の配信だからなのか。


『え?これから私どうしたらいいの?』


どうしたらいいかわからない状況で、『もうどうにでもなれ』と、シャロンはこの訳わからないストーリーをエンディングに持っていく事にした。



もういい。

もうここでカミングアウトしてしまおう。

自分の記憶の中のアレクは良いやつだし、事情を話して、せめて17歳になるあと少しの間秘密にしてほしいと話せば、口の固い彼のことだ。きっと秘密にしてくれるだろう。

そのくらいの信頼関係はあるはずだと、シャロンの記憶が語っている。


シャロンは深く深呼吸をして、そのまま正直にカミングアウトする事にした。





「騙していてごめんアレク。確かに私は女だよ。だけど男装してたのには事情があるんだ。

………アレク?いつまで地面に座ってると、お尻冷えちゃうよ」


まだ呆然とした顔でシャロンを見つめるアレクに手を差し出すと、アレクもつられて手を差し出したので、ぎゅっと手を掴み返した。

ぐっと引っ張るが、体格のいいアレクを立ち上がらせる事はできない。


手を繋いだ形になってしまった二人の頭上を、一筋の流れ星が流れていく。

少し薄暗くなっていく空を見てくるだけのつもりが、いつの間にか外は暗くなってきていた。



何も言わないアレクに気まずくなって、シャロンが困ったように眉を下げながら笑う。


「アレク知ってる?『星祭りの夜、手を取り合った男女が流れ星を一緒に見ると、それは運命の恋になる』って伝説があるんだよ。今日って星祭りの日じゃん。私たち運命の恋人になっちゃうかもね」


ははと乾いた声で笑ってみせたが、「気持ちの悪い事を言うな」といつもならば笑い飛ばしてくるはずのアレクが、今は何も言わない。



『気まずすぎる……』


冗談さえも凍りついてしまう寒空の下、いたたまれない思いに陥って、とりあえず手を離そうとそっと手を引くと、グッと握り返された。


「シャリク、君の本当の名前は?」

「……シャロンだよ」

「シャロン。……そうか」


アレクが噛み締めるようにシャロンの名を呟いた。


少しアレクが落ち着いたように見えたので、シャロンは自分の頭に流れてきた記憶の、自分の過去を語った。

実際に体験した経験ではないが、それでも偽りのないシャロンの過去だ。

こうして順を追って話していくと、今までのシャロンは相当苦労してきた事が伺えた。


シャロンをずっと虐げてきた義母や義姉には、遠くへ出稼ぎに出た事にしているだけで、シャロンが成人するまでは縁を切ることはできない。街で偶然見かけるたびに心臓はバクバクしたし、男装生活は気苦労が多かった。

――取り扱い注意のデリケートな身体とメンタルを自覚するシャロンには、越えられない過去だった。




シャロンが話し終えた時には、外はもう真っ暗だった。遠くの街では、本格的な星祭りが始まっている事だろう。


「そろそろ帰らなきゃ。今日は男装してないしね。叔父様も心配するかもしれないし。

本当にごめんねアレク。早起きすれば通えない距離じゃないし、寮は出るよ。だから安心して」


「え?いや、寮を出る必要はない。事情はよく分かったし、俺はシャリク……違う。シャロンの事を誰にも話したりしない。

だから寮を出るのはダメだ!……あ。いや、その方がいいのか?」


混乱しながらも、それでも秘密を守ると言ってくれたアレクの優しさが嬉しくて、シャロンはアレクに笑いかけた。


「女だってバレてるのに一緒の部屋で生活するのはどうかと思うしさ、寮はやっぱり出た方がいいと思うんだ。荷物は今度取りに行くよ。少し早く家を出ればいいだけだから、寮を出ても大丈夫だよ。気を遣ってくれてありがとう。

もし出来れば、クラスで会っても今まで通りに接してくれると嬉しいな」


よいしょとシャロンは立ち上がろうとすると、アレクは焦ったように言葉を重ねた。


「違うんだ。「気を遣って」なんて、そんなんじゃない。俺は―――俺はシャロンがずっと気になってたんだ。ずっと……特別な感情を持っていたんだと思う」

「え?」



マジか。

アレクの恋愛対象者はそっちだったか。

ここにBのLのホシアイ要素が入っていたとは。

猫ちゃんみたいな小人の神様の、ウィンター特別サービスが盛りすぎていて動揺するしかない。


「女子でごめんね」じゃなくて「男子じゃなくてごめんね」と謝るべきだったか。

いや、それは同じ意味か。


動揺するシャロンに、アレクは言葉を続ける。


「ずっと『あいつは男だ』と自分に言い聞かせてきたが、惹かれる想いを止められないでいた。

「星祭りの期間は寮ではなく家で過ごす」って話してたろ?『もしかしたら誰か約束している人がいるのかもしれない』って思ったら、気づいたらシャロンの家近くに来てしまってたんだ。

……ごめん。最低だな。俺だって気持ちの悪い事してると思うよ」


急に落ち込んだようにアレクの声のトーンが下がり、慌ててシャロンは否定した。

アレクの事はよく知っている。気持ちが悪いなんて思うはずがない。


「気持ちが悪いなんて思うはずないよ。どれだけ一緒にいたと思ってるんだよ。

それよりこんな格好してるのによく分かったよね。ドレスを着ていても私って男に見えるってこと?」


アレクに落ち込んでほしくなくて、シャロンは茶化すように笑って声をかける。


「男に見える訳ないだろう?俺がシャロンを見間違えるはずがないだけだ。家から出てきた女の子がどう見ても『シャリク』だったから、思わず追ってしまったが……シャロンが女性で良かったよ。めちゃくちゃ嬉しい」


アレクがシャロンの返事に安堵した顔になり――そして嬉しそうに笑った。





「うっ……」

アレクの顔がいい。

その顔で、そんな可愛い反応をして、そんな笑顔を見せるのはずるいと思う。


アレクはイケメンが過ぎるイケメンだ。

こうして改めてアレクを見ると、出会って秒で恋に落ちそうなくらいに、シャロンの好みのタイプだった。

ついうっかり「大好きです」と口走ってしまいそうになるくらいに顔がいい。



そこまで考えて、シャロンは自分の中の違和感に気づく。


『顔がいいから』

――――違う。

記憶が「違う」と言っている。


シャロンが実際に体験したわけではないアレクとの時間は、確かにシャロンの過去の記憶だ。

顔がいい彼との、長く過ごした時間。


長らくアレクの一番近くにいたのはシャロン――自分だ。

彼が見た目だけの人ではない事を、シャロンが一番よく知っている。

すごくモテるくせに女の子に軽い所はないし、騎士になるという夢に向かってとても頑張っている。

何より、ずっと誰よりもシャロンを気にかけてくれた。


今までのシャロンの記憶が、『私もずっとアレクを想ってきた』と言っている。

アレクへの想いを心の奥にしまい込まなきゃいけない事が、一番苦しかったと過去の記憶が語っている。


アレクの言葉に泣きそうなくらい嬉しくなっているのは、今までのシャロンの想いなんだろう。

その想いが、うっかり「大好きです」と口走りそうになっている。


だけど紗音であるシャロンは、ついさっき目覚めたばかりだ。

自分の中の大切な想いだからこそ、今の自分をちゃんと見つめる時間が欲しい。



「あの、さ。私はあと少しで成人するし、成人後にシャリクの私は学園を辞めて、改めてシャロンとして転校する予定なんだ。

だからその時――その後にまた新しい関係を始めよう?普通に出会ったら、シャロンの私は普通のクラスメイトとしか見れないかもしれないよ?」


シャロンは男子の中では誰よりも「女子」だろうけど、女子の中での女子力は、きっと低い。女子として生きる事になった時に、アレクに失望されるのが怖い。

後で「思っていた人と違った」なんて言葉を聞くことこそ、辛い未来だ。

新しい関係から始めるのが正しいように思われた。



「――分かった。長い寮生活でシャロンを好きになったんだ。自分の気持ちが変わるとは思えないけど、その時はシャロンに選んでもらえるように頑張るよ」


「〜〜〜っっ」


そういう事を、今言わないでほしい。

過去の記憶が「私も好きよ。私もアレクへの気持ちは変わらない」と口走ろうとしている。



今日はアレクとずいぶん長い時間話していたような気はするが、掴まれた手はそのままだ。

星祭りの今夜、一緒に過ごす時間の中で、数え切れないほどの流れ星が流れていった。





ここはホシアイの世界だ。


『星祭りの夜、手を取り合った男女が流れ星を一緒に見ると、それは運命の恋になる』


シャロンが今生きるこの世界は、そんな素敵な伝説を持った、ウィンター特別ホシアイの世界なのだ。



どうか。どうか星祭りの伝説が叶いますように。


掴まれた手をそのままにして、シャロンはネコちゃんみたいな小人の神様を思い出しながら、星空に祈った。







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