表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

噂になったアイドルの女の子

作者: 大濠泉

◆1

 ワタシって、みんなから可愛いって言われる。

 小学校に行くと、たくさんの友達から、


「その髪型、似合ってるよ」


 と言われる。

 ワタシがスカートをひるがえして、くるりと回ってみせるだけで、女の子は、


「うわぁ、素敵!」


 と声をかけてくるし、男の子は黙って見惚れて、顔を赤くしてる。


 学校だけじゃない。

 近所に住んでいるお母さんのお母さんーーワタシのおばあちゃんも、ワタシのことを可愛いって言ってくれる。


 お父さんもお母さんもいつも働いて家にいないので、ワタシは〈おばあちゃん子〉だ。


 おばあちゃんは、ご近所さんでは〈福顔のおばあさん〉と言われている。

 いつもニコニコしていて、優しい。


 ちっちゃな頃から、ワタシはいつも、おばあちゃんから言われていた。


「女の子は笑顔を絶やさないこと。これが大切なんだよ」と。


 だから、ワタシはいつも元気いっぱい、明るい表情を心がけてた。


 ある日、いつも通り、ワタシは学校帰りにおばあちゃんの家に立ち寄って、おせんべいを食べていた。

 すると、一緒にテレビを見ていたおばあちゃんが、画面を指さして言った。


「あの子たち、アイドルっていうの? あなたも、どうかしら?」って。


 ワタシが「アイドル?」と自分に指をさして笑うと、おばあちゃんは真面目な顔をして大きくうなずいた。


「おばあちゃんは、応援するよ」


 その日から、振り付けを覚えて、ダンスもお歌も、いっぱいいっぱい練習した。

 おばあちゃんの後押しがあったからだ。


 そうして、三ヶ月後ーー。

 パパもママも反対してたけど、ワタシはアイドルになった。


 芸能事務所での面接のとき、偉いおじさんから、


「君の笑顔は可愛いね。これから、よろしく」


 と言ってもらった。


 おかげで、ワタシはアイドルになれた。


 それからというもの、ワタシは東京の芸能事務所に所属して、毎日ダンスの練習、ボイストレーニングに明け暮れた。


 事務所で、同じ年頃のお友達もたくさんできた。

 でも、みんながアイドルになれるわけじゃない。

 なんとしても、ワタシはアイドルになりたかった。

 日本中の人々から、素敵って言われたかった。


◆2

 ある日、事務所で発表があった。

 初めてソロで歌うオーディションがあって、これでアイドルグループでのデビューと、センターが誰になるかが、決まるという。


 練習帰りにおばあちゃんのところで、「どうしよう」って緊張してたら、おばあちゃんが「黒豆はのどに良いのよ」と言って、黒豆の煮汁を飲ませてくれた。


 煮汁は黒くてちょっとにがかったけど、ゴクゴク飲んだ。

 おかげで、声の伸びが良くなったような気がした。


 それから一週間後ーー。

 ワタシは新しくデビューするグループで、センターを勝ち取った。


 以来、ワタシは黒豆の煮汁を、たびたび飲んだ。


 アイドルの仕事は、思ったよりもずっと忙しかった。

 テレビに出られるのはほとんどなく、たいがいは事務所が借りた小さなステージで、〈大きなお友達〉の前で、一生懸命歌ってダンスする。

 ワタシはマイクを持って、歌をうたい、笑顔を振りまくセンターにいる。

 おかげで人気もあり、多くのファンと握手した。


 でも、半年もすると、ワタシ以外のも、ダンスすることや歌うことに慣れてきた。

 ワタシよりも、もっとダンスが上手な娘も出てくるようになってきた。


 ワタシが焦りを覚えてきた頃、初めての屋外コンサートが企画された。


 いつも事務所で借りるステージの三倍の広さはあった。

 事実上のデビューは、このコンサートを終えてからといえる。

 これでグループの人気が決まる。


 ワタシはすぐにおばあちゃんの家に駆け込んだ。

 なんとしても、センターを死守したい。

 そのためには、歌声をもっと伸びやかにしたい。


 ちゃぶ台に座るおばあちゃんに、ワタシは前のめりになって問いかけた。


「黒豆は?」


「もう、ないよ」


「ええ!? 黒豆、出してよ。絶対、必要なの!」


「じゃあ、とっておきのを出すよ。でも、今回きりだよ」


 そう言って、おばあちゃんは立ち上がって、神棚にパンパンと柏手かしわでを打つと、神棚の奥から真っ白い小袋を取り出してきた。

 ちゃぶ台の前に座ると、小袋をぐるぐる巻きに閉めていたひもをゆっくりと外していく。


 おばあちゃんは、いつもにも増してニコニコしていた。


「本当は教えたくなかったんだけど、黒豆より、コレの方が効くんだよ。

 おばあちゃんの秘宝だ」


 小袋から取り出したのは、小さな木の札の束だった。

 何枚もあって、一枚一枚に蚯蚓ミミズののたくったような難しい字が、真っ黒な墨で書かれていた。


 おばあちゃんは信心深い。

 神社仏閣が好きで、お参りをよくする。

 お家でも、南無釈迦牟尼仏ナムシャカムニブツなどと、お念仏を唱えてたりする。

 いろいろなお札やお守りも持っており、それらを人にあげたりしていた。


 でも、こんなお札を神棚の奥に隠していたなんて、知らなかった。


 小袋から取り出した木札を、おばあちゃんは一枚抜き取る。

 そして、水の張ったお鍋に放り込んだ。

 ちゃぶ台に載せたコンロで、コトコト煮る。

 お札は白いのに、なぜか煮出した液体は真っ黒になっていた。

 その煮汁を、湯呑み茶碗にコポコポと入れる。


 おばあちゃんはニコニコ顔で、ワタシの前に湯呑みを差し出した。


「さぁ、お飲み」


 ワタシはウッと喉を詰まらせ、鼻をつまんだ。

 それほど匂いがキツかった。

 木が腐ったような、鉄がびたような、変な匂いがした。


 おばあちゃんは皺だらけの手で、湯呑み茶碗をグイグイとワタシに押し付けた。


「どうしたんだい? アイドルになりたいんだろう?

 おばあちゃんも、あんたが真ん中で歌って踊るのを見たいよ」


 ワタシはウンとうなずいて、目をつぶる。

 湯呑みを手にして、グイッと飲んだ。


 見た目通り、渋くて苦くて不味まずかった。


◆3

 そして、野外コンサートの当日ーー。


 凄い歓声が、会場いっぱいに響き渡る。

 ファンがたくさん集まっていた。


 ワタシはセンターとして、力いっぱい歌った。

 今までで一番良い声が出ていた。


 ワタシのサイリウムカラーは赤色だった。

 大勢のファンが振るサイリウムが燦然さんぜんと輝き、会場全体が真っ赤に染まったかのようだった。


 コンサートが開けた後、マネージャーが駆け寄ってきた。


「いいよ、君! 声が一段と伸びやかになって、ツヤが出てきた。

『ウチのチームの不動のセンターだ』って、滅多めったと人をめない社長が言ってたよ!」


 そう言うマネージャーも、嬉しそうに笑っていた。

 ワタシ自身も、本当に嬉しかった。


 野外コンサートが大成功のうちに終わった。

 ワタシはグループの〈不動のセンター〉となった。


 おばあちゃんに報告したら、喜んでくれた。


「よかったねえ。でも、もう木札は飲んじゃだめだよ」


「どうして?」


「木札は、そう簡単に手に入らないの。

 偉いお坊さんに呪文を書いてもらわないといけないからねえ」


 ワタシはちゃぶ台に手を置いて、声をあげた。

 あれほどの声になる秘薬なんだ。

 手放したくない。


「だったら、ワタシが書いてもらう!」


 おばあちゃんは皺だらけの顔を曇らせた。


「無理だよ。その偉いお坊さん、もう、お亡くなりになったんだ」


「そう……」


 ワタシはがっくりと肩を落とした。


◆4

 野外コンサートが大成功のうちに終わってから、しばらくの間、ワタシは〈不動のセンター〉と言われた。


 でも、そうした評判はすぐに風化してしまった。


 アイドルは人気商売だ。

 そして、うちのグループは、ダンスもそうだけど、特に歌がうまいと評価されていた。

 おかげでメンバーみんな、歌が上達してる。

 さらに新たなオーディションで、歌の上手な子がどんどんグループに加入してきた。


 アイドルグループ同士の競争も激しい。

 他のグループも台頭してきた。


 人気が変化し続ける中、ワタシはしっかりした足場を築きたいーーそう思って、もがいていた。

 結局、ワタシには歌しかなかった。


 だから、コンサートやテレビで歌を歌う前には、おばあちゃんにことわらず、勝手に木札を持ち出し、煮汁にして飲んだ。


 木札の力は偉大だ。

 おかげで二年経っても、なんとかグループの人気が維持できた。

 センターポジションも守ることができた。

 人気投票では、後ろのに迫られていたけど、彼女はちょっと音痴だ。

 ワタシがセンターなのは、歌が上手だからだった。


 そして、ワタシたちのアイドルグループは、とうとう武道館でコンサートを開催するにまで成長した。

 その時の私は、まだ中学生。

 十代前半にして、夢がかなおうとしていた。


 ワタシは意気込んで、武道館にのぞんだ。

 もちろん、木札の煮汁をゴクゴク飲み込んでから、ワタシはステージに立った。

 センターでマイクを握り締め、大勢のファンを前に、元気に声を上げる。

 コンサートの出だしでは、いつも以上に調子が良かったぐらいだった。


 ところが、歌の途中、突然、声がガラガラになってしまった。

 突然、ワタシの喉がワタシのものじゃなくなったみたいな、奇妙な感覚に襲われる。

 喉の奥から、異物がこみ上げて来るような感触があった。


 ワタシはゲホゲホとき込んで、いた。

 すると、ワタシの口から、黒いカエルのようなものが出てきた。

 そして、その黒蛙は、サッと人混みにまぎれるようにして姿を消した。


 わあああ!


 最前列に陣取っていたファンが、悲鳴を上げた。


「なんだ、なんだ?」


「どうした?」


「見たかよ。センターのの口から、変な化け物が!」


 ざわざわざわ……。


 依然としてコンサートは続いていて、曲のメロディーは鳴り響いていた。

 けれどもワタシは、センターの立ち位置のままうずくまって、動けなくなってしまった。声も出なくなっていた。


 その日の午後早くから、その武道館コンサートでの動画がネットでアップされた。

 本来、コンサートの撮影は禁止されているし、ネットにアップするのも違法である。

 でも、ワタシの口から変なモノが出てきた動画は、瞬く間に拡散し、視聴回数を更新し続けた。

 Xでも、ファンだけじゃなく、動画を見たただけの視聴者たちまでが、キモいと話題にした。

 結果、ワタシについて、あることないこと、いろいろと噂されるようになってしまった。


 事務所は対応が大変だったようだけど、ワタシ自身もそれどころじゃなかった。

 なにしろ、声が出なくなったのだ。

 三日ほど休んでから、電話で呼び出され、事務所に行ったら、センターから降りるよう言い渡された。

 ネットで例の動画が拡散し、いろいろと噂になったので、グループのイメージが悪くなったと社長がキレてるらしい。


 でも、ワタシはアイドルをあきらめない。

 ダンスパートだけでも頑張ろうと思っていた。

 だけど、マネージャーが難色を示した。

 冷たい声で言われた。


「まずは声を治しなよ。待ってるから」


 メンバーのみなも、うなずく。

 ワタシを遠巻きにして、ヒソヒソとささやきあうばかりで、ワタシをねぎらうメンバーは誰もいなかった。


 声の出ないワタシに、居場所はなかった。


 お休みを取って、おばあちゃんの家へ行った。

 ちゃぶ台の前に突っ伏し、へこむ。

 そんなワタシに、おばあちゃんは追い打ちをかけた。


「もう木札はないよ」


 ワタシは顔をあげた。

 声は出ないけど、「あんなにあったのに」と口だけ動かす。


「おかしいねえ。盗んだ子には、バチが当たるだろうよ」


 おばあちゃんは無表情なままにそう言うと、台所の方へと姿を消した。


 以来、おばあちゃん家に行くことはなく、ワタシは家に引きこもるようになった。


◆5

 孫娘の声が出なくなってアイドルをやめても、おばあちゃんの日常生活は続いていた。


 その日、おばあちゃんは地元商店街に買い物に出かけた。

 そして、近所に住む、何人もの同年代のおばあさんに会う。

 当然のごとく、井戸端会議が始まった。


 ご近所さんは、ニコニコ微笑ほほえむおばあさんに、口々に言いつのる。


「お孫さん、お元気?」


「アイドルだったんでしょ。スゴイわねえ」


 おばあさんは笑顔を崩さずに答える。


「ええ。でも、最近はおもてにも出なくなって」


 ご近所さんは、わざとらしく大声をあげる。


「病気かしらね。お可哀想に」


 それからしばらくの間、アイドルになった珍しい孫娘の話に花が咲く。

 だけど、すぐに話題が尽きたのか、それぞれの買い物のために、ご近所さんは散り散りになっていった。


 一人残ったご近所さんが、おばあちゃんにお願いする。


「少し買い物に出たいんですけど、この子、見ていてくれませんか?」


「いいですよ。可愛いお孫さんだねえ」


「じゃあ、お願い」


 ご近所さんは商店街を進み、鮮魚店の店主と何やら話し込み始めた。


 おばあさんは、いつも通りニコニコ笑っている。


 だから、子供もなつく。

 子供に出遭うと、おばあちゃんは、いつも飴玉を渡してあやす。


 預かった女の子に話しかけた。


「あら。あなた、可愛いわねえ。アイドルっていうの? なったらどうかしら。

 おばあちゃん、応援するわ」


 女の子はパッと明るい顔になった。


「ホント!? ワタシ、頑張る!」


 おばあちゃんは皺だらけの顔に微笑みを浮かべる。

 その肩に、いつの間にか、黒い蛙が飛び乗っていた。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。

 今後の創作活動の励みになります。


 さらに、以下の作品を連載投稿しておりますので、ホラー作品ではありませんが、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!


【連載版】

東京異世界派遣 ーー現場はいろんな異世界!依頼を受けて、職業、スキル設定して派遣でGO!

https://ncode.syosetu.com/n1930io/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ