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第7話 闇に光る戦輪の刃

 緩やかに蛇行する夜道を歩く初老の男性、その足取りはおぼつかないもののそれでもなんとか家路をたどっていた。男性は行きつけのホルモン屋でしこたま飲んだ後、なおも常連でもっているような小さな居酒屋の小上がりを陣取ってはだらだらと飲み続けていたのだった。


「ほら、ヨネちゃん、いい加減にしなさい。もう帰った方がいいわよ」


 女将おかみにそう促されて店を出たのが午後一〇時半、あたりに人影はなく歩いているのは彼ひとりだけだった。

 やがて男性はトタンの平看板が架かる建物の前に立つ。彼はそれを見上げて吐き捨てるように声を上げた。


「あいつら、俺達を嵌めやがって。なにが貸付金だ、担保だ、偉そうなこと言ってるがな、てめえらがやってることはなんだよ。バクチじゃねぇか、バクチ。いくらカッコつけたってやってることはヤクザ者そのまんまよ。いいか、俺は出るとこ出てやるぞ、そんときは芥野あくたのさんよ、あんたにもしっかりと協力してもらうぜ。なにしろ俺たちを引き込んだのは芥野さん、あんたなんだからな、最後までつき合ってもらうぜ」


 芥野家の前で酔いにまかせて言うだけ言うと男性はその二軒隣に並ぶ小さな家を目指して再び歩き始める。すると彼の目の前に行く手を阻む大きな黒い影が立ちはだかった。


米岡よねおかのおじさん、困りますねぇ」


 男性はその影を見上げると気取ったその態度を前にして吐き捨てるように言い返した。


「ああ? 高峰んとこの勇次か。啓介の腰巾着が何の用だ」

「その言い草は心外です」

「何をカッコつけてんだ、そりゃ啓介の真似か。お前にゃ似合わねぇんだよ、その気取ったしゃべりも小洒落た服もよ。だいたいこちとらお前らが鼻水垂らしてそこいらを駆けずり回ってる頃から知ってるんだ。それが今じゃあ地上げの片棒担ぎ、挙句に俺達を嵌めやがって。いいか、あんなもんは無効だ、無効」


 取り付く島もない米岡を相手に感情を抑えていた勇次の口調もまたに戻る。


「それは困るぜ。おじさんだって楽しんだだろ。いいか、世の中にタダで提供されるサービスなんてないんだよ。その代償はしっかり払ってもらうぜ」

「お――っと、いよいよ本性が現れたか。ハハハ、ひと皮剥けば金、金、金、金の亡者じゃねぇか。引地ひきちのもんにお上品は似合わねぇんだよ」


 高峰勇次は呆れたため息をつくと最後通告とも言える言葉をかけた。


「おじさん、何も身ぐるみ剥がそうってわけじゃない。独り身のあんたが暮らしていける住まいくらいは提供してやるって言ってるんだ。啓ちゃんの温情を受けて素直に権利書を渡してくれよ」

「ふざけんな、俺はこの家で生まれたんだ、これからもずっと俺ん家だ。死んでも渡すもんか」

「そうか、そうまで言うなら一遍死んでみるか」


 勇次はブラックスーツのジャケットを脱ぐと側近にそれを手渡す。シャツの上には黒革のサスペンダーにも似たベルトがあった。続いて背中に両腕を回して腰に装着されたホルスターに収まる得物を手にすると目の前に立つ米岡に向けて構えて見せた。ドーナツ状の円盤は研ぎ澄まされた刃となっている。


「な、なんだいそりゃ、輪投げか何かか」

「さあてね」


 不敵な笑みとともに手にする得物が街路灯の光を反射させる。


「お、おい、勇次、マジかよ……ちょっと待て、金ならなんとかする、なんとかするからよ、ちょっと話そうぜ、なあ、おい……ゆ、ゆう……じ」


 勇次の手にする薄く鋭利な円弧が素早い曲線を描くと米岡の喉笛がぱっくりと割れた。呼吸の術がなくなった彼はただ口をパクパクさせるばかり、間もなく二度と言葉を発することなく冷たいアスファルトの上で息絶えた。

 勇次が手にした得物で空を斬ると刃に付着していた少しばかりの血がきれいさっぱり飛び散って消えた。勇次は得物を再び背中のホルスターに収めると、側近が手にするジャケットに腕を通す。そして身だしなみを整えながら部下たちに命じた。


「米岡は死んだ。これからヤサを探って権利書を手に入れるんだ」

「はい」

「了解っす」


 抑えた声で返事をする部下たちが数メートル先の小さな家に向かう。高峰勇次は動かなくなった米岡に最期の言葉をかけた。


「米岡のおじさん、素直に応じてればよかったものを素人が歯向かうから痛い目に遭うのさ。俺も啓ちゃんも昔の俺達じゃないんだ。そんなこともわからないなんて馬鹿な野郎だ」



 しばらくすると米岡なる男性の家から部下の一人が勇次の下に駆け寄って来た。


「代行、ありました、茶の間のタンスの中に」


 部下は()()()()の小風呂敷に包まれた登記書類の入った封筒を手にしながら声を上げた。


「よし、よくやった。次は金谷かねやのおっさんのとこか。あそこも独り暮らしだ、簡単な仕事だぜ」


 金谷のおっさん、彼もまたこの引地ひきち地区で生まれ育った初老の男性だった。たった今勇次の手で亡き者にされた米岡氏とともに芥野氏に誘われてダイモンのカジノでかりそめの豪遊を味わった仲間だ。


「どいつもこいつも余計な手間をかけさせやがって。黙って出すもん出してりゃそれなりに平和な老後を用意してたのに、バカで強情な連中ばかりだぜ」


 金谷氏宅の土間、そこではくだんの得物でうなじをぱっくりと割られた金谷氏本人の遺体が横たわっていた。それを冷たい目で見下ろす高峰勇次の手には、この家の権利関係書類の一式が握られていた。


「代行、そろそろ時間です」


 高峰勇次は左腕に着けた時計を見る。時刻は午前零時にならんとしていた。


「思ったよりかかっちまったな。よし、引き上げだ」


 深夜の引地道ひきちみちにエンジンをかけたまま停車していた黒いミニバンに次々と若い男たちが乗り込む。最後に勇次が助手席に乗り込むと、車は低い唸り音とともに今まさにみ地と化した引地ひきちの町を後にした。


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