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第31話 終演の夜

 バニーの尻尾しっぽが顔を出してかわいらしさを演出するようにとママが燕尾服風にしつらえたロングジャケットを羽織ったミエルと、レザーパンツとTシャツに革ジャンと全身黒ずくめの高英夫こうひでおがステージに立つ。いよいよショーが始まる。ミエルがジャケットを脱いで小さな肩を露わにすると、小さなバニーを目当てにしていた客が一人、二人と集まって来た。ミエルは観客たちを見渡しながらルーレットテーブルに目を向けるも、山鯨氏はこちらの様子など気にも留めずにディーラーとの真剣勝負に熱中していた。


「ミエル君、君の気持ちは解るが、だからと言ってヤツのことばかり見てたんじゃバレバレだ。とにかくいつも通りの平常心で頼むぜ」

「はい、わかりました」


 ミエルは山鯨やまくじら氏が興じているルーレットテーブルからステージの前に集まりだした観覧者へと視線を移す。ここにいる全員をしっかり映像に記録してやるのだ。ショーを楽しむ客たちもまたこのカジノの会員だ、彼らの姿も晶子のファブレットを通してママの下に送信してやろうじゃないか。そんなことを考えながらミエルは今夜もまたひたすら責められ役に徹するのだった。



「馬鹿ミエルったら、山鯨の方ばかり見過ぎだし。バレたらヤバいっしょ」


 ビルの外で送られてくるデータをモニタリングしている晶子もまた気が気ではなかった。執拗に見られていることに山鯨氏が気付いてしまったならば計画は台無しになる。せっかくのチャンスが無駄になってしまうのだ。


「あたしだったらもっとうまく……あ――、ダメダメ、あたしがバニーなんて絶対あり得ないし」


 映像を通してモニタリングすることしかできないことにイラ立ちながら、晶子は手にしたファブレットに周囲が気付かぬようにと歩道に背を向けてひたすら画面を見つめるのだった。

 やがてショーが始まる。早速吊り下げられているのだろう、小さな画面の中ではミエル視点で映る客たちの姿が揺れていた。続いて聞こえてくるのがミエルの艶めかしい声、彼のチョーカーに仕込まれたカメラからの映像にあられもないその姿が映し出されることはなかったが、喘ぎ声とともに聞こえる乾いた鞭の響きと揺れる映像から晶子の脳裏にもなんとなくその様子が伝わってくるのだった。


「いつまでもやってればいいし、この変態女装M(おとこ)男子!」


 声に出さずに心の中でそんな言葉を吐きながら、晶子は手にした画面を見つめ続けていた。



 山鯨氏の勝負は一進一退、まさに獲っては取られの繰り返し、しかしここまで来るとまさに腕の見せ所、ディーラーは氏を適度に遊ばせながらも着々とチップを巻き上げていた。

 山鯨氏の惜敗続きが五回に達したときだった、持ち場を離れた高峰たかみね勇次ゆうじに代わって背後で氏を見守る黒服に氏は声をかけた。


「君、さっきから頓狂な声を上げているあの連中はいったい何だ?」

「はっ、あれは週末だけの余興のようなもので、緊縛ショーだそうです。もしお気に召さないようならばすぐにやめさせますが」

「いや、構わん、構わん。ちょうどこっちも場の流れを変えたいと考えていたところだ、よっしゃ、ちょいと見せてもらおうか」


 そう言うと山鯨氏はディーラーの目の前にあいさつ代わりのチップを置いて席を立った。



 テレビでもたびたびお目にかかる与党代議士、山鯨氏からはやはり独特のオーラが発せられているのだろう、彼がやって来るとステージを囲む観客たちが一斉に退く。するとそこはショーを間近で観ることができる特等席となった。

 目の前ではバニーガールに扮したミエルが赤い荒縄で締め上げられていた。山鯨氏は眉ひとつ動かすことなくその様子を観察する。血管や神経を傷つけないように二重にした縄、フックや滑車を使って縛られる者に負担をかけずにダイナミックに体勢を変えていく様など、感心したように頷きながら周囲の客たちとともに淫靡いんびな演目を楽しんでいた。

 一方でミエルも高英夫こうひでおも山鯨氏の存在に気付いていない風を装いながら演目をこなしていく。そしてクライマックス、逆さ吊りになったミエルを開脚させての鞭の洗礼だ。いつものように高英夫のバラ鞭が乾いた音を響かせる。その音に合わせてミエルも妖艶な声で鳴く。

 いつしか山鯨氏の顔から笑みが消えていた。やがてそれはイラ立ちへと変わる。ついに山鯨氏はステージへと歩み寄った。


「ぬるいな」


 突然の言葉に高英夫こうひでおも山鯨氏を凝視する。


「ぬるいと言っておるのだ。ここは真剣勝負の場だ、貴様らはそれでいいのだろうが見る者が見ればそんな茶番は一発だ」


 山鯨氏は高英夫こうひでおに歩み寄るとその手から鞭を取り上げて言った。


「責めるってのはな、こうやるんだ」


 言うが早いか山鯨氏はミエルの太股に鞭の一発をお見舞いした。


「あうっ!」


 ミエルの白い肌に赤い筋が浮かぶ。続いて二発、三発と山鯨氏の容赦ない責めがミエルを襲った。


「お客様、ご勘弁ください。それ以上は彼女に傷が残ってしまいます」

「ふん、半端なことをしやがって、それ、鳴け、もっと鳴かんか!」


 山鯨氏は立て続けに鞭を振るう。それは露わになったミエルの股間へも執拗なまでに。


「あ、あう……あ、ああ、ゆ、許してください、あ……ああ」


 拘束された身体からだをよじりながら発せられるその声に観客たちも目を離すことができずに息を飲むどころか生唾を呑み込むほどだった。

 そしてその責め苦がようやっと止んだときだった、山鯨氏は付き人に向けて右手を差し出す。


「おい、俺の杖を寄こせ」


 付き人はステージの袖から山鯨氏愛用の杖を手渡すと、彼はサディスティックな笑みとともにそれを振り上げた。今、ミエルの股間は鉄刀木タガヤサンの一撃を受けようとしていた。自分の股間にはカムフラージュのためにヒデミさん特製のシリコンパットが入っている。しかしあんなもので叩かれたならばどうなることか、これでも彼は男の子なのだ。

 ミエルの顔から血の気が引いていく。誰か山鯨氏を止めてくれ、そんな悲痛な思いで高英夫こうひでおは周囲の黒服たちに目を向けるも、みな一様に視線を逸らすばかりだった。

 仕方ない、オレが割って入るしかないのか。高英夫こうひでおがそう意を決したそのときだった、ステージにひとりの男の声が響いた。


「先生、もう勘弁してやってください。この娘も私どもにとっては大事な商品のひとつなのです」


 にこやかな笑みとともにステージに上がって来たのは大門だいもん啓介けいすけその人だった。彼は山鯨氏に近づくと振り上げた手から杖を受け取って、肩を抱くようにしてステージの外へと彼をエスコートした。そして去り際に高英夫こうひでおの耳元で囁いた。


「今日はこれでもう上がってください。興ざめした先生とお客さまはこちらで対応しますので」


 大門啓介と山鯨氏を護衛するように黒服の何人かがやって来る。それが終演を告げる合図となって観客たちもバラバラと散っていった。


「ミエル君、大丈夫か。すぐに助けることができなくてすまなかった」

「だ、大丈夫です」


 しかしそう答えるミエルの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。その様子を見た高英夫こうひでおもまた安堵の笑みを返す。

 そう、今宵、山鯨やまくじら一直かずなおと大門啓介のツーショットを映像に収めることができたのだ、その上バックヤードでの殺人事件までも。これですべての目的は果たせたようなものだ。それが笑顔の理由だった。


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