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和紗泰信のSFコラム  作者: 和紗泰信
第3部 宇宙編
9/10

我々が観測しているのはあくまでも重力ポテンシャルの形だからね!

重力レンズ現象を研究していて、1997年には共著で本も書いたのですが、当時から重量レンズを研究するときに「ダークマター」が邪魔に思えて仕方がありませんでした。

2007年に発表された「ダークマターの分布」を見て、何かアイデアはないかなぁと考え、2010年頃に思いついたものを紹介します。

 前々から気になっている表現があります。


「ダークマターの分布を観測した」


 この言い方、間違いだと考えています。真実かもしれないけど、事実ではない、というのが筆者の意見です。どういうことか説明していきましょう。



●そもそも「ダークマター」とは


 1920~30年代にかけて、太陽系近傍の恒星の運動を分析した研究が行われていました。ヤコブス・カプタインやヤン・オールト(オールトの雲で有名な天文学者)は、恒星の運動を説明するためには、見えていない物質が大量に必要となることを指摘しました。

 また1930年代には銀河団の観測を行っていたフリッツ・ツヴィッキーも、銀河団中の銀河の軌道速度の研究から、やはり見えていない物質が必要だと考えたのです。これらは当時「ミッシング・マス(行方不明の質量)」と呼ばれていました。


 その後、1960年代になってX線の観測が始まると、1970年代には銀河団にX線を発する高温のガスが存在することも判明し、これを閉じ込めておくには銀河団中に存在する銀河の全質量が作る重力ポテンシャルでは不可能だとわかりました。

 また、多くの銀河の自転速度を調べる研究からも、本来であれば中心から外側に行くほど速度は落ちる(太陽系でも太陽から遠い惑星や天体は公転速度が遅い)はずなのに、どの銀河も外側まで一定の速度で回転していることがわかってきました。これは「銀河の回転曲線問題」として知られるようになりました。

 これらの現象を説明するには、観測で見えている天体の質量ではまったく足りず、10~100倍もの観測されていない質量が必要だとされました。これだけの量が見えていないとなるのであれば、もはや「行方不明」どころではありません。そこで「(暗くて)見えていない物質」ということで「Dark Matterダークマター」という名称が使われるようになったのです。



●「重力ポテンシャル」ってなに?


 さて少し話を戻します。重力がどの様に働いているのかは、天体が作る重力の分布を調べることでわかります。例えばある天体からどれくらい離れた所では、どの程度の強さの重力(引力)が効いているのかを調べていきます。

 例えば太陽系の場合、太陽の重力が圧倒的に強いのですが、それでも太陽のそばからどんどん太陽系の果ての方に離れていくと、太陽からの重力はどんどん弱くなっていきます。太陽からどれくらいの距離であれば、重力の強さがどの程度なのかをグラフ化すると、ニュートンの万有引力の法則で想定されている逆二乗則の曲線となります。これが太陽の重力ポテンシャルというわけです。実際には空間は3次元ですので、グラフには描きづらいのですが、皆さんも天体のある場所が凹んでいる膜のイラストを見たことがあるでしょう。あれが重力ポテンシャルです。

 我々は天体の運動を観測することで、その場所にどれくらいの強さの重力が存在している必要があるかというのはわかります。その強さをマッピングするということは、つまり重力ポテンシャルを観測してマッピングしていると言い換えても良いでしょう。

 ですので「ダークマターの分布を観測」と言われると、個人的には違和感があるわけです。だって観測してマッピングしているのは、あくまでも「重力ポテンシャル」でしかありませんから。これが冒頭に書いた「真実かもしれないけど事実ではない」の意味です。



●「重力ポテンシャル」には物質が必要なのか?


 とはいえ、そこにそれだけの重力がかかっているということは、何らかの原因があるわけです。そして重力というのは物質が作るということになっています。もし物質が存在しなければ、そこには重力を及ぼすものはなく、従って重力ポテンシャルは、先の例で言えばどこにも凹みのない膜です。凹みを作るのは天体、そしてそれを作る物質だというのが現代物理学の基礎です。

 ということは、見えている天体がつくる重力ポテンシャルよりももっと深い、つまりもっと強い重力が存在しているのであれば「見えていない物質ダークマター」が存在するはずだ、というのは自然な流れなのです。

 ですが世の中には「それは本当か?」と考える人たちもいます。そのうちの大きな一派は「MOND」と呼ばれる理論を提唱しています。これは「MOdified Newtonian Dynamics(修正ニュートン力学)」の略です。つまり、天体の質量から重力の強さを求めるニュートンの万有引力の法則が間違っているのではないかという指摘です。もちろん、万有引力の法則は私たちの太陽系内では問題なく使えている理論ですので、大幅に変更する必要はありません。それでも「少し」修正することは可能だろう、というわけです。

 残念ながらこのMONDはなかなか上手く行っていません。相対性理論に対応しているわけではないというのもありますが、こちらについてはTeVeS (Tensor-Vector-Scalar gravity) という理論が提唱されています。

 他にも1990年頃には「銀河の回転曲線問題」には磁場の影響を持ち込んで説明する理論もありました。これは銀河内の物質はプラズマ化されている物が多く、プラズマは磁場の影響で一定の速度で回転するため、「銀河の回転曲線問題」を説明できるという物でした。とはいえ、これだけでは重力レンズ効果による重量ポテンシャルを説明することはできませんので、あまり良い解決方法ではないとみなされています。



●SF的に考えてみよう!


 では他には何か解決方法はないのでしょうか。ちょっとSF的に考えてみましょう。筆者であれば「物質が重力ポテンシャルを作る」という部分を外してしまいます。どういうことかと言えば、次のように考えるのです。


「物質も重力ポテンシャルを作るが、そもそも重力ポテンシャルは物質が存在しない空間でも存在しうる」


 つまり宇宙がビッグバンによって始まったときには既に強い重力ポテンシャルが存在していた。物質はその重力ポテンシャルに引き寄せられて集まり、銀河や銀河団、超銀河団といった天体を作ったと考えるわけです。そうすれば「ダークマターの正体」など考える必要はありません。だって物質が存在しなくても、そもそも空間は歪んでいて、重力ポテンシャルを持っているのですから。

 もっとSF的に考えましょう。万有引力を考えると重力ポテンシャルは凹みしか存在しません。凸部分は存在しないのです。もし凸部分が存在すれば、それは周囲の天体を遠ざける「万有斥力」として働きます。例えば超銀河団の間にはボイドと呼ばれるほとんど物質の存在しない空間があります。ここにもし凸な重力ポテンシャルがあったとしたら……そこに物質がない事の説明になるかも知れません。宇宙は卵パックのような重力ポテンシャルをしていて、出っ張りから凹みのところに物質を移動させているのかも知れません。

 もちろんこれは観測的に証明されたわけでもなければ、既存の観測結果をすべて説明する理論としても成立していません。でも「ダークマターが存在している」として研究されてきた研究結果をかなり転用できるはずだとも考えています。

 いずれにせよ、そういうSF作品を書いて世に出すのも面白いでしょうね。

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