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和紗泰信のSFコラム  作者: 和紗泰信
第1部 生物編
3/10

動物に人間の脳は移植できるか

人間は別の動物に変身したときに、人間の意識を保つのは難しいと思うんですよね…

今回はそういう話です。

 魔法で動物に姿を変えられた登場人物。ファンタジー作品にはよく出てくる設定です。古くはグリム童話の「かえるの王さま」が有名ですが、もっと古くから伝わる世界各地の神話でも似たような話が出て来ます。神様も動物に化けるしね。

 SF作品でも、脳を動物に移植する話が登場します。人間の脳のサイズを収められる動物でなければいけないのに、まれに小型犬に移植する話が出てくるので、それは脳容積的にどうなのよって思うこともあるのですが……。


 このように脳を移植されたり、魔法によって姿を変えられた人物は、一旦はその変化に戸惑います。ですが物語中ではいずれその状態に慣れ、人間の意識を保持したまま、本物の動物さながらの冒険をします。しかしそんなことは本当に可能なのでしょうか。


●「動物への脳移植」は可能なのか?

 まずはSFで出てくる脳移植について考えましょう。


 ミハイル・ブルガーコフの「犬の心臓」などでもテーマとなっていた、人間の脳を犬に移植する場合を例として検証します。本来であれば犬の脳を取り出して、そこに人間の脳を納めたいところですが、これには大きな問題があります。

 人間の脳の容積はだいたい1300cc程度です。一方、犬の脳の容積は犬種に依りますが70~150ccです。この段階でいろいろとアウトです。何しろ犬の脳の代わりに人間の脳を納めようとすると、体積の90%を捨てる必要があるからです。90%を捨てても人間の脳は機能を失わずに済むでしょうか?とてもそうは思えません。ですので、この段階で「犬に人間の脳そのものは移植できない」という結論が出てしまいました。


 でもこれだとあまりにも面白くありませんし、コラムとしてもイマイチです。そこで「人間としての能力を保ったまま犬に脳を移植できた」という前提で話を進めます。


●人間の脳は動物の身体用にはできていない

 しかし、この脳には次々と難題が降りかかります。


 まず周辺を確認するときに使う目、つまり視覚に大きな問題を抱えます。人間は赤・緑・青の3種類の錐体細胞を持っているため、RGBの3原色で世界を識別しています。ところが犬は緑と青の2種類しか持っていないため、GBの2原色でしか世界を認識できません。赤は緑と区別がつかないようです。

 また視力も0.3程度で、世界はぼやけて見えています。この視力では離れた所にいる知り合いを探すというのは難しいでしょう。

 さらにこういう身体に人間の脳を入れるわけですから、人間の脳もぼやけた2原色の世界に慣れる必要があります。ですがあまりにも長い期間この状態が続くと、その間に赤の錐体細胞からの信号を受け取る神経細胞が消えてしまい、いざ人間の身体に戻ったときには色盲を患っている可能性があります。

 逆に鳥類ですと4種類の錐体細胞を持っているため、世界を4原色で見ています。これも苦労しそうです。

 

 次に聴覚です。人間が20~20000Hzの音を聴いているのに対し、犬は65~50000Hzの音を聴いているとされています。可聴域はほぼかぶっていますので、人間が話している内容をそのまま聴き取れるのはメリットかも知れません。ただし、移植された脳が20000~50000Hzの音をどの様にして処理するのかは気になるところです。そんな処理系を脳内に構築しても大丈夫でしょうか。

 これも人間の身体に戻した際、トラブルの元になりそうです。最悪は人間の可聴域外は何らかのフィルターを通すことでカットしてしまうという手もあります。その場合は30000Hzだと言われている犬笛の音が聞こえないなど、他の犬とのやりとりで問題を生じそうです。まぁその前に犬の言葉がわかるのか?という問題もありますが。


 3番目は嗅覚です。犬の嗅覚は人間よりも優れていて、ニンニク臭は2000倍、酸臭ではなんと1億倍も敏感だそうです。こんな信号を脳に放り込まれると、耐えられないんじゃないかな。逆にこの感覚が普通になってしまうと、人間の身体に戻ったときには匂いを感じられなくなるのではないでしょうか。そう、新型コロナウィルス感染の後遺症のような感じですね。これもフィルターで何とかするという手が使えるかも知れません。


 ですが何よりも問題だと思うのは身体コントロールに関する部分です。人間は二足歩行をしていますから、犬のような四足歩行には慣れていません。人間の身体は前肢と後肢の長さが大きく異なり、そもそも四足歩行ができるようになっていません。

 四足歩行に慣れてしまった脳は、無事に二足歩行を行えるのでしょうか。それこそ赤ん坊がつかまり立ちをするところからやるようなリハビリが必要になりそうです。


●魔法なら大丈夫なのか?

 というわけで、犬を例に挙げましたが、他の動物であっても人間の脳を移植してその動物になりすますのはかなり困難だと考えられます。そもそも脳というのは、その身体を前提にした機能を持っているわけですから、身体のつくりが異なる他の動物に移植しても上手く動くわけがないし、動かせるようになると今度は人間の身体へ戻せなくなります。


 というわけで、科学的というか、医学的に移植することは難しいということが何となくわかったと思います。では魔法でその動物に変えられてしまったという設定の場合はどうでしょう?こちらもそう単純ではありません。


 例えば「かえるの王さま」の王さまはカエルとして生きていたのです。となると当然食事もカエルと同じになるはずですが、カエルの食生活はOKだったのでしょうか。これ、犬とか猫でも同じです。

 人間に対して話しかけようとしても、基本的には喉の構造が異なりますのでほとんどの動物は人間の言葉を話すことはできません。また、喉を振動させて鳴くタイプの生物は呼吸を意識して止めることができる、つまり呼吸のコントロールが可能でないと発声ができません。一部の鳥はこれが可能ですが、カエルは無理です。

 というわけで、コミュニケーション上も、食生活などの面でも、人間が他の生物になるというのはかなり問題があると言えるでしょう。


●人間を他の動物に(見えるように)する方法

 しかしこのコラムはこの難問を科学的に何とかするものです。そこで移植は諦め、魔法を使わずに何とか他の動物の姿になる方法を考えてみます。折角なので犬にしか見えないようにする方法を3つ考えてみました。


1)認知阻害

 これは第三者からは認識阻害によって犬にしか見えないという方法です。催眠術などが当てはまります。対象者は人間の姿のまま活動可能ですが、周りからは犬にしか見えません。触感まで含めて五感すべてが認識阻害できれば完璧です。

 ただし、周囲に新しい人が現れる度にその人物も認識阻害状態に置く必要がありますので、その手間をどうやって自動化するのかというロジックが必要です。また、この方法では機械はごまかせないので、完全とは言えません。

 

2)容姿変換

 これは光学迷彩(透明マント)の応用です。光学迷彩はナノマテリアルなどを使って光の通り道を変化させ、それによってそこにいることがわからないようにする技術です。これを応用し、そこに犬がいるように見えるよう、光学情報を変換してしまうわけです。これであれば認知阻害の時の様な問題は生じません。機械もごまかせます。

 ただし、こちらは触りに来られるとばれますし、重量もごまかせないので、やはり完全ではないと考えるべきです。


3)脳チップ

 移植するというコンセプトは活かしつつ、「人間の脳をそのまま」というのは諦めた方法です。デジタルチップに人間の記憶や思考のクセを移植し、それを動物に埋め込むのです。動物の脳はそのままに、デジタルチップを埋め込むだけにすれば、人間の意識と動物の脳は切り離しができますので、その間の接合部分を上手く処理すれば何とかなりそうです。まぁ人間そのものではなくなりますが……。


●次元を増やせば何とかなるかも

 最後に極めつけのぶっ飛んだアイデアも4つ目として紹介しましょう。


4)4次元空間生命体

 人間も含めすべての生物は4次元空間での生命の一部だと設定する方法です。私たちは3次元の生物ですから、次元を1つ増やすのです。

 4次元空間は超空間と呼ばれます。ちなみに2次元で原点から等距離の図形は円、3次元だと球ですが、4次元では超球といいます。

 このアイデアでは、人間を含めすべての生物は同じ姿をした4次元生物の、ある3次元断空間であるとします。3次元の立体に対する2次元の断面みたいなものです。ある断空間で見ると人間なのですが、少しずらすと犬や猫、カエルや鳥など、別の生物に見えるということにするわけです。魔法や進んだ科学技術はこの断空間の位置をずらす作用をすると設定します。

 こうすると、本体はあくまでも4次元生命体ですから、人間の意識を持ったまま犬になれます。また犬を人間に化けさせても性格や行動は犬のままですので、動物を人間に変化させる系の物語でも使えます。

 ついでに言えば、4次元生命体の意識がリセットされることにすれば、輪廻転生で来世は犬だとか、前世はカエルだったとかという設定にも応用可能です。前世はシリウス星人だったとかいう電波な話にまで対応させるかどうかは、作家次第ですけど。



●参考文献

 ・「色覚を考える展(https://www.color.t-kougei.ac.jp/content/file/collab_g180514.pdf)」 東京工芸大学

 ・「鋭敏なのは嗅覚だけじゃない! 犬たちの超感覚(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140617/403054/)」 ナショナル・ジオグラフィック日本語版

 ・「犬の感覚器官(https://www.policedog.or.jp/chishiki/kankaku.htm)」 公益社団法人 日本警察犬協会

 ・「4次元の不思議な世界を覗いてみよう!!(https://www.tsuyama-ct.ac.jp/matsuda/eBooks/%EF%BC%94jigen.pdf)」 津山高専

 ・「4次元世界の動物の形を考える(https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/0870-19.pdf)」


4次元生命体の話だけで1本にしても良かったのかも知れないとか、書き終えてから思った。

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