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和紗泰信のSFコラム  作者: 和紗泰信
第3部 宇宙編
11/12

基地を作るなら縦孔の奥だ

なかなか書く余裕が取れませんでした。

不定期掲載とはいえ、もう少し短いスパンで書かないと…

 前回は、月の表面に基地を設置するのはダメだ、という話をしました。でも月に基地を作れないわけではありません。作る場所を考える必要があるということです。実は月の研究者の間では「オススメ」の場所があるのです。

 というわけで、今回はどこに作れば良いのかを考えましょう。



●縦孔の発見


 2007年9月14日に種子島から打ち上げられた「かぐや」こと日本の月周回探査機「SELENE」は、同年10月19日に予定軌道投入が確認され、そこから2009年6月11日の月面硬着陸までの約20ヶ月間に渡って月に関する様々な観測を行いました。

 その成果の1つとして、「縦孔の発見」があります。「かぐや」の地形カメラによる観測データの解析から、月面にクレーターのような凹みではない、縦に真っ直ぐ空いた孔が発見されたのです。

 最初に見つかったのは「嵐の大洋」にあるマリウスマリウスヒルでした。ここに直径約50mのほぼ円形で、深さも50mほどの孔(以下、MHH)が見つかったのです。

 その後、「静かの海」に直径が90~100m、深さ107mもの孔(以下、MTH)が、そして「賢者の海」にも長径118m、短径68mで深さ48mの楕円形の孔(以下、MIH)が見つかりました。


 「かぐや」の発見を受けて、他の探査機もこれらの縦孔の詳細な観測を行うようになりました。実際、アメリカのルナー・リコネサンス・オービター :LRO(Lunar Reconnaissance Orbiter)が3ヶ所の写真撮影を行い、マリウス丘の縦孔には、その底から水平方向に延びる横穴または地下空洞の存在も示唆されました。

 これを受けて、縦孔を発見したJAXAの春山純一氏は「月の縦孔・地下空洞探査計画:UZUME(Unprecedented Zipangu Underworld of the Moon Exploration)」を立ち上げ、宇宙科学技術連合講演会でも毎年オーガナイズドセッションを企画し、研究を続けています。


 そしてその後も縦孔捜索は続き、現在では月だけで200個以上の縦孔が発見されています。また火星でも縦孔は発見されていて、こちらはそこに水が溜まっている可能性も考えられているなど、地球外生命発見の観点からも注目されています。おそらく溶岩の流れたことのある天体であればどの天体でもこの縦孔は存在するのであろうと考えられます。

 


●地下空洞


 ではこの縦孔の正体とは何でしょうか? 発見された当初から最も可能性が高いとされていたのは「溶岩チューブのスカイライト(天窓)」です。これがどの様なものかを説明していきましょう。

 溶岩チューブというのは、火山活動で出来る地形の一種です。有名なものはハワイのキラウエア火山の傍で見ることも出来ますが、大きなモノは韓国の済州島に存在する「万丈窟」が有名です。日本国内でも富士山の傍に「富岳風穴」や「鳴沢氷穴」など複数確認されています。「万丈窟」「富岳風穴」「鳴沢氷穴」は観光地としても有名で、内部に入ることも可能です。

 さて溶岩チューブのでき方を紹介しましょう。一般的なでき方としては、溶岩が斜面を流れて行く際に、空気に触れている表面が先に固まり、内部の熱い部分だけがどんどん麓の方向に向かって流れていくことによって内部が空洞となります。長く、比較的直線的な洞窟というかトンネル(チューブ)のような形になるわけです。そして傾斜がなくなるとそれ以上溶岩は流れなくなります。そこが溶岩チューブの終着点というわけです。

 もちろんこの状態では地下空間は地上と繋がっていません。ですが、地球の場合は長年の雨風による風化などにより、天井の薄い部分が崩れて孔が開くこともあります。これを「スカイライト(天窓)」と呼びます。月の場合はいん石の衝突などが天井に穴を開けます。

 つまり月に見つかった縦孔は、月で発生した火山活動による溶岩が流れてできた溶岩チューブに、いん石が衝突して天井に穴を開けたものだと考えられるわけです。

 では本当に地下空洞はあるのでしょうか? その研究は2017年に発表されました。「かぐや」が搭載していたレーダーサウンダーという観測機器のデータを解析した結果、マリウス丘の縦孔の周辺に全長が数十~50kmにもおよぶ地下空洞が見つかりました。LROの観測データも含めて考えると、長さが最大で50km、天井の厚みが20m、地下空間としては床から天井まで30m、幅は50m以上にもなる空間が存在していることになるわけです。

 もちろん「静かの海」「賢者の海」に発見された縦孔にも同程度か、場合によってはそれ以上の規模の地下空間が存在すると考えられます。


 もう1つ。この地下空洞ですが温度が月の昼夜を通してほぼ一定とされています。月面の温度が昼夜で約280度も差があるのに対し、常に-20度程度で安定していると考えられています。リチウムイオンバッテリーを使うには低い温度ですが、逆に考えればこの温度帯で使えるバッテリーを用意できれば越夜も可能になりますから、常に活動を保証されるわけです。



●地下空洞へのアクセス


 この地下空洞内部へはどの様にしてアクセスすれば良いのでしょう? 実は結構厄介です。例えば最初に見つかったマリウス丘の縦孔は、月面から縦孔の底まで約50m。この高さの絶壁を降りる必要があります。地球であれば地面に杭を打ち込み、そこからケーブルを垂らして少しずつ降りていく方法を採るでしょう。ところが月の場合、表面はレゴリスに覆われているために杭を打ち込む深さがかなり大きくなります。1m程度の杭だとレゴリス層にしか刺さっておらず、縦孔を降りる人や機材の重量を支えられない可能性があります。月の「海」におけるレゴリス層の厚みは2~8mだと考えられていますので、岩盤層にまで杭を打ち込むには、3~10mもの長さの杭を打ち込まなければなりません。この長さの杭をどうやって打ち込むのか。杭打ち機を月に持って行くしかないかも知れません。

 しかしそれでは大事になってしまいます。単純に孔の底にアクセスしたいだけであれば、無人機の場合は単純に孔に向かって放り込むだけでも良いでしょう。例えば月で50mの高さを自由落下させる場合、底に到達するまでにかかる時間は8秒弱。最終速度は13m/s弱です。時速だと46kmほどです。もしこれが100mだとしても時速だと65km程度。自動車の衝突試験の速度レベルです。ですから探査機を守るのであればエアバッグか、クラッシャブルゾーンを設定した構造体としてしまうことで、カメラなどの中身を守る方法も採ることができます。

 もちろんこの場合、探査機を月面にまで戻すことは出来ませんし、有人機に採用することもできません。そう考えると、有人で行く場合にはどうしても杭打ち機が必須だと言うことになります。もしくは縦孔の直径よりも長い棒を渡し、その棒からケーブルを垂らして内部に降りるかですね。

 実際、UZUMEプロジェクトでは様々なアクセス方法が検討されています。初期にははしごのようなものを設置し、それを伝って降りる案なども示されていました。またそれなりに重量のある探査機を孔の近くに着陸させ、そこからワイヤーを取り付けた小型探査機を自走させて、ウィンチで孔の中に下りていくという案もありました。

 もし有人探査を行うということであれば、最終的にはエレベーターのようなものを設置しない限り、安全に降りることは難しいでしょう。



●基地の作り方(月面開発初期の案)


 いずれにせよ、無人探査機がウロウロしているだけであれば、隕石が降ろうが放射線がバンバン当たろうが気にする必要はありません。問題となるのは有人探査と、人員の長期滞在が始まってからです。

 ですから、無人機を使って縦孔の底に人間が滞在できるだけの資材を運び込んでおき、人間はその設置がある程度進んだ後に月面へ赴くべきです。それまでは月周回ゲートウェイにいれば良い……と言いたいのですが、ここも放射線レベルについては地球低軌道を周回している国際宇宙ステーションと比較しても高い線量になっていますので、あまり長期間の滞在については否定的であるべきなんだろうなぁ……。

 さて、縦孔から地下空洞に入り、そこに基地を設置するわけですが、現時点で有望なのはインフレータブル構造体によるものです。折りたたんで持って行き、地下空洞に運び入れた後で膨らませるわけです。直径や長さをどの程度にするのかは滞在人数に依ります。でもとりあえず直径が3mあれば1フロアと床下収納エリアを作ることができます。とはいえもう少し大きい方が使い勝手は良さそうです。例えば国際宇宙ステーションに接続している日本の実験棟「きぼう」は直径が4.4mあります。できれば5mくらいあれば、床下と天井裏の2ヶ所に収納スペースを設けることができますし、場合によっては天井裏は実験器具を収納するスペースなどにすることも可能です。

 MHHの場合、地下空洞の床面から天井までは約30mあると考えられていますので、直径5m程度の円筒を膨らませて設置してもまだまだ余裕があります。また幅も50m程度はありそうなので、例えば直径5mで長さ20mのインフレータブル構造体を8個ほど横に並べ、それぞれを連結して設置することも可能でしょう。もちろんMTHだともっと巨大なはずですので、さらに大規模な基地を設置することができるはずです。


 ただしインフレータブル構造体の基地はあくまでも繋ぎのものだと考えるべきです。分厚い天井によって放射線からは守られていますので劣化は少ないと考えられますし、先にも説明したとおり温度もほぼ一定ですので温度変化による劣化も抑えられます。とはいえ素材によっては真空暴露による劣化や、内外気圧差によるテンションで劣化する場合も考えられますので、一定以上の規模にするのであれば国際宇宙ステーションのように金属製の筐体で作る方が良いでしょう。



●どの孔に作るのが良いのか?


 これまではマリウスヒルにあるMHHを前提にいろいろと書いてきましたが、ではMHHが月面基地には最適でしょうか? それとももっと大規模な孔であるMTHの方が良いのでしょうか? 実はUZUMEでは1つの結論めいたものが出ています。「MTHである」です。

 実はこれには大きな理由があります。孔の直径が大きく、地下空洞も広いというのもあるのですが、孔の底から地球が直接見えるのです。シミュレーションした結果、月の秤動を考慮しても、常に地球を直接見ることのできる場所があるため、ここに通信機を設置すれば地球とダイレクトに通信することができます。MHHだとどうしても通信基地を地表に設置せざるを得ませんので、この施設が破損すると地球と月面基地の通信が途絶してしまいます。ですがMTHの孔であればその不安がないわけです。ですからMTHに月面基地を設置するというのが良さそうです。

 とはいえ、現時点で最も探査が進んでいる……というか、地下空洞のサイズをある程度推定できているのはMHHの孔だけです。今後、かぐや(SELENE)のデータを解析する事でMTHの孔についての解析が進むと良いのですが。

 もしくは小さな探査機を中に突入させ、少なくとも入口の近くだけでも様子がわかれば、基地の設置に向くか判断できるだけの情報が得られるのですが。


 あとはかぐや(SELENE)の発見した3ヶ所以外にも小さな孔が数多く発見されています。ですからまずはそういう場所の1つをピックアップして、仮で作ってみるという手もありそうです。特にアクセスしやすそうな孔を幾つかピックアップできれば、小さな基地であれば設置できるでしょう。


あと1つで月面基地シリーズは終了予定なのですが、その前に1本、放り込む予定です。

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