2-3 休暇〜迷宮都市へ
翌日。朝食を食べたあと、入念に毛繕いをしながら、ふと思いついたことがある。それは私、リーゼロッテの世界を巡る旅について改めて整理することだ。今後の旅についての考えをまとめるためにも、やっていくことにする。
まず、旅全体の目的は、"世界を見て回り、見聞を広めること"だ。世界といっても、私が今いる大陸…アテリス大陸内のみなのだけど。
現状、この大陸の人々は大陸の外に何があるのか把握していない。それは、大陸の外側には強大な魔物がひしめく大海が横たわっており、さらには生活に必要なもの全てが大陸内で完結しているからだ。
ここで、アテリス大陸内の国々について少し触れる。大陸の中央には広大な森林地帯であるベレドナ大森林が存在し、その周りを6つの国が囲んでいる。
大森林から見て西にある『アーレンス王国』。
北西にある『ハルツェン王国』。
北東にある『ライスター王国』。
東にある『ゼクレス王国』。
南東にある『ヴェルデ王国』。
南西にある『チェルハ王国』。
それぞれの国の特色については今は割愛するけれど、この6ヶ国の間では和平の条約が結ばれており、過去数百年を遡ってみても国家間の戦争などは起こっていないらしい。だからこそ気軽に旅が出来るのだ。もしどこかが戦争中とかだったら、私は世界を巡る旅などには行かなかっただろう。アーレンス王国内での旅行程度で済ませたはずだ。
さて、旅の話に戻るけれど、私の旅はアーレンス王国の東端に位置する街・ネイデンシアから始まった。ひとまずの目的地はアーレンス王国の王都で、そこに向かう途中にある街・"商業都市"ディアマルシェに着いたのが、昨日だ。
ディアマルシェの冒険者ギルドに立ち寄った際、依頼ボードに貼られていた依頼票には、主に4つの街への道中の護衛依頼が多く見受けられた。
一番多かったのが、王都への護衛依頼。次点で"迷宮都市"メルギアナへの依頼で、その次がネイデンシアへの依頼と、チェルハ王国との国境沿いにある街・ハルジュへの依頼だ。冒険者ギルドの壁に掛かっていた簡易な地図によると、王都はディアマルシェの西、メルギアナは北、ネイデンシアは東、ハルジュは南、と見事に方向が分かれている。
「次の街はどこにしようかしら」
とりあえずネイデンシアと、まだアーレンス王国から出るつもりはないのでハルジュは除外するとして。残る2つから選ぶとすると……どちらが良いのかな?
「目的地は王都だけど…メルギアナの周りにある迷宮も気になっているのよね」
"迷宮都市"メルギアナの近郊には、大小数多の迷宮が存在するらしい。中には、少しばかり変わった理が適応されている迷宮などもあるらしく、中々に楽しそ…じゃない、興味深い場所なのだ。"好奇心は猫を殺す"と言うけれど、こちとらハイパーチートな猫(神獣)さんだ。そう易々と殺らせはしない。
…この旅は何にも縛られない自由な旅なんだし、好奇心のままに行き先を決めても何も問題はないよね?
「よし、決めた。メルギアナに行きましょう」
メルギアナでは何日か滞在して、いくつかの迷宮に潜りましょうか。せっかく行くのだから、有名な迷宮とかには潜っておきたいし。
あとは、ディアマルシェでの滞在をどうするか、だけど…正直もう見て回りたい所もないし、今の休暇を終えたらメルギアナ行きの商隊とか乗合い馬車とかを探して、(勝手に)同乗させてもらおうかな。そのためにも、この休暇中に料理を作り貯めておかないとね。
*
この数日間、私はここひと月ほどと比べて、そこそこゆったりと過ごしていた。
『鉱床の迷宮』やベレドナ大森林で狩りや採集をしては、自宅に帰って料理を作る、ということを1〜2日おきにしたりとか。
以前、ネイデンシアの市場で見かけた鮮やかな布を再現したくなって、『鉱床の迷宮』で染料となるものーーなんと"花"だったーーを採集して来ては、《製作》スキルで布を織ったりとか。
魔法薬を《製作》したりとか。
…したことと言えばそれくらいで、あとは基本的には何もせずに、ジャンボクッションの上でダラダラと過ごしていた。日向ぼっこしながら惰眠を貪る時間…プライスレス。
まあ、そんな幸せ怠惰な生活は一旦ここまでだ。《ストレージ》に料理は十分に作り貯めたし、これ以上ダラダラしているとやる気がなくなりそうなので、今日から旅を再開することにした。
ということで、ディアマルシェに《転移ゲート》で向かった私は、さっそくメルギアナ行きの馬車を探し始めた。といっても、街の北門の側にたむろしている人々の話を立ち聞きするだけのお仕事だ。
結果、そう時間をかけずにメルギアナ行きの乗合い馬車を見つけられた。大きめの幌馬車で、利用客の多くは冒険者のようだった。
乗客達が馬車に乗り込むなか、私はいそいそと幌の上に陣取って、《結界》の魔法を発動させた。これで良し、と。
程なくして馬車が動き出した。はてさて、メルギアナまではどのくらいかかるのかな?
…ディアマルシェ?ああ、良い街だったよ…人にとっては。猫にとっては、まあ微妙だったけれどね。
*
"迷宮都市"メルギアナへと到着したのは、ディアマルシェを出立してから約ひと月ほど経った頃だった。今回、道中の街や村には補給や休憩のために立ち寄る程度だったのだけど、単純にネイデンシア〜ディアマルシェ間よりも距離が長かったようで、このくらいの時間がかかった。
そういえば、メルギアナの外壁が見えて来た辺りで、周囲の風景に分かりやすい変化があった。平原のあちらこちらに大きな門ーーーつまり、迷宮の入り口がポツポツと建っていたのだ。ネイデンシアにはひとつしか迷宮がなかったので、これは実に不思議な光景だった。
「("大小数多の"、って書いてあったけれど、本当に迷宮の数が多いのね…)」
よくよく見ると、迷宮の門の傍には立て看板らしきものが立っている。おそらく、あれにその迷宮の情報が書かれているのだろう。これだけ数があると、どれがどれだか分からなくなりそうだしね。
さて、私が辺りを眺めている内に、乗合い馬車は検問を通り抜けて、メルギアナの街へと入って行った。外から見た感じだと、この街の規模はディアマルシェと同じくらいだったのだけど…街に入ってまず驚いたのが、建物の高さと密集具合だった。
とはいっても、前世の世界ほどに高い建物がある訳ではなく、あくまでネイデンシアやディアマルシェと比べて、だ。窓の位置などから推測するに、建物は基本的に3階建てで、中には4〜6階建てのものもあるようだ。
それと、建物も多いけれど人もかなり多い。意外だったのは、冒険者や商人以外の、一般人らしき人々も多く出歩いていたことだ。なんとなく"冒険者の街"のようなイメージを抱いていたけれど…考えてみれば、供給が多ければ需要も多いのは道理だ。迷宮という無限に資源が得られる場所が多くあるから、この街には人が集まったのだろう。
私は乗合い馬車から降り、歩き始めてーーー数分で、地面を歩くことを諦めて、《飛翔》で人の頭よりも高い位置まで浮かび上がった。なるべく使いたくなかったけれど、今回ばかりは仕方ない…人が多すぎて、踏まれそうなんだもの!
「(痛い思いをするのはイヤ。……ん?あれ?)」
空中から雑踏を見下ろして、気づいた。
「(あれは…子供よね?しかも武具を身につけているってことは、冒険者なの?)」
ちらほらと、明らかに未成年な子供の姿があったのだ。しかも、近くに保護者らしき人はおらず、さらには簡素な武具を身につけている。ちなみにこの世界の成人年齢は15歳だ。
「(んー…ちょっと、冒険者ギルドで調べてみようかしら?そういえば、ここには総本部があるのよね)」
ということで、街の中心部にあった冒険者ギルド総本部へとやって来た。開けっ放しになっている入り口から中へと入り、辺りを見回すと…子供達が集まっている場所があったので、そこへと近づいてみる。
「(なになに…"冒険者見習い用依頼"?)」
冒険者見習い、とは初めて見る単語だ。おそらくは、ここに集まっている子供達のことを指すのだろうけれど。
ちなみに、依頼の内容はというと。
"『味の楽園迷宮』の食材求む!"
これ一択だった。…『味の楽園迷宮』とは?え?もしや食材特化の迷宮なの?
「(気になる……ちょっと、この子達について行ってみようかしら)」
なお、依頼票の横には黒板のようなものが掛かっており、そこには以下のようなことが書かれていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「本日の買取り金額(1袋あたり)」
1階層…1銅貨
2階層…3銅貨
3階層…3銅貨
4階層…2銅貨
5階層…5銅貨
ーーーーーーーーーーーーーーー
どうやら子供達は、これを見ていたようだ。そして見終えた子から受付カウンターへと向かい、受付の人から薄茶色の布袋を受け取っている。袋の隅には冒険者ギルドのマークが入っており、これはおそらく冒険者ギルドで貸し出しているのだろうことが察せられた。
「(黒板に記載されている"1袋あたり"というのは、この袋のことを指しているのね、きっと)」
そういえば、この国の貨幣についてだけど。アテリス大陸内は共通の貨幣が使われており、鉄貨、小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、白金貨の8種類が存在する。
それぞれの価値については、
1鉄貨=約10円
10鉄貨=1小銅貨(約100円)
10小銅貨=1銅貨(約1000円)
10銅貨=1小銀貨(約1万円)
10小銀貨=1銀貨(約10万円)
10銀貨=1小金貨(約100万円)
10小金貨=1金貨(約1000万円)
10金貨=1白金貨(約1億円)
…以上のような感じになっている。まあ、私が実際に見たことがあるのは小銀貨までだけど。ネイデンシアの市場で、魔法薬…ポーション類が小銀貨で取引きされていた。
「(つまり、この子供達の日当?は約1000〜5000円ほどという訳ね)」
子供の稼ぎにしては中々じゃないだろうか?例えばの話、毎日5銅貨を稼いだとして、1ヶ月(30日)で150銅貨…つまり、約15万円相当を稼ぐことができるのだ。子供のお小遣いなんてレベルじゃないよね、これ。
「(それにしても、不思議なシステムね。階層ごとに買取り金額が決まっているだなんて…どうやって成り立っているのかしら?)」
私はそんなことを考えつつ、袋を手にして冒険者ギルドを出てゆく子供達のあとについて行ったのだった。
『味の楽園迷宮』、いったいどんな所なのかしら?